act 1
こかの街の駅。
その閑散とした待ち合い室の壁には、大きな鏡が有る。
そこへ黒いコートを着た女がやってくる。
彼女は手にナイフを持っている。
彼女、激しく息を切らせているが、やがて鏡にもたれて座り込む。
「さようなら、幸恵」
そのまま気を失う彼女。
* * *
ボーっという汽笛の音で、目をあける彼女。
ナイフを手に立ち上がる。
…私の名前は恭子。今、姉を殺して来たところです。これが、姉を刺したナイフです。この、赤いのは彼女の血です。私に刺された時、姉は信じられないといった瞳で、私の事を見つめました。それから、真っ赤な血をほとばしらせ、その場に倒れました。その美しかった事…姉の名は幸恵と言います。同じ日、同じ時に生まれた、私達は双子でした。ですから、同じ顔はしていたのですが、性格はまったく逆でした。私は、どちらかと言えば明るくて、積極的で、友人も多くて、毎日を楽しく過ごす事ができるタイプでした。でも、幸恵は…
トゥルルル…トゥルルルと携帯が鳴る
「はい、もしもし。恭子です。…ああ、母さん…どうしたの? 私は恭子よ。
落ち着いて…ああ、幸恵の死が信じられなくて混乱してるのね…え? ここがどこかって? 分からないわ。どこかの駅。正面に大きな鏡が有る。帰って来いって? 嫌よ。だって…」
携帯切れる
…あら? 切れてしまった。電波が悪いみたい。それにしても、あの鏡本当に大きいわね。ああ、私ったらなんてひどい恰好。髪はボサボサだし、それになんて暗い顔! …そう言えば幸恵は、いつもこんな暗い瞳で私の事を見ていたわ。私は、あの目が大嫌いだった。幸恵は、私と違って暗くて不器用で孤独だった。中学の時に、いじめられて登校拒否になり、一日中部屋に籠って出てこなくなった。たまに出てくると、両親にひどい暴力をふるった。それでもなんとか高校を卒業して、その後は職を転々とした。でも、どこへいっても上手く行かず、結局、今はやりの引きこもりになってしまった。そんな彼女の存在が、許せないくらいに鬱陶しかった。
トゥルルル…トゥルルルと携帯が鳴る
「はい、もしもし恭子です。ああ、ケンジ。え? お葬式? 幸恵の? そう、じゃあ帰らなくっちゃね。…あなたが帰ってこいというなら、帰るわ。大丈夫。ここは駅だから、やって来た電車に乗って帰るわ」
携帯を切る
…ケンジとは大学の頃からの付き合いで、この春に結婚が決まっている。ずいぶん待たされたけど、やっと幸せになれる。幸恵も彼に恋をしていた。私が家にケンジを連れていくと、いつも私達の事を盗み見ていたのを私は知っている。
ああ、嫌だ!! 気持ちが悪い。あんな人が姉だなんて!! …でも、それは私があの人を殺した理由の全てではない。
汽笛の音。電車が入ってくる音。
そして電車が停まる。
電車に乗り椅子に座る彼女。
ベルの音が鳴り、電車が発車する。
窓の外を流れていく景色を眺める彼女。
…小さい頃、家族で電車に乗ってよく小旅行をした。私と幸恵はいつもどっちが窓際に座るかで大げんかをした。そして、結局いつも勝つのは私だった。最後には必ず幸恵が譲るのだ。理由は姉だから。それだけじゃない。幸恵が弱いからだ。私達は憎しみあっていた。その確執は、幼い頃に聞いた父の一言からはじまっていた。
『お前達はまったく同じ人間なんだから、どっちか一人いれば良かったんだ…』
父は、軽い冗談のつもりでいったのかもしれない。しかしその日から私と幸恵は、家族という小さな社会の中での生存競争のライバルになった。そして、幸恵は負けた。敗者となった幸恵を家族が、学校が、友人が寄ってたかって踏みつけにした。幸恵はされるがままになっていたが、やがて行き場の無い怒りを私に向かってぶつけて来た。中学生の時、私は通り魔に襲われた事が有る。幸い命に別状はなかった。いまだに犯人は捕まっていない。が、私は知っている。犯人は幸恵だ…私が幸恵を殺さなければ、いつか私が幸恵に殺されていた。だから、殺される前に殺した。別に罪の意識はない。生き
ていったって仕方の無い人だったんだから…。さようなら、幸恵。幸せになりたかった姉さん。誰にも愛されなかった可哀想な人…




