第2話 特隊高校
逃亡中の殺人犯を倒した後、俺は急いでその場を離れ、工場の今は使われいなさそうな埃っぽい部屋へと身を隠した。
その後、先ほどから身体が訴えてくる食欲を抑えきれず、鞄から弁当を取り出して貪り尽くす。
一応、食欲は満たしたが次は睡眠欲が体を襲ってくる。
「やはり、朝にこれを使うべきじゃないな……」
言いながら、俺の意識は遠のいてそのまま眠りについた。
目を醒ましたとき、真っ先に時間を確認する。
8時30分。どうやら2時間ほど寝てしまったようだ。
「……これはまずいぞ」
入学式は9時30分。しかし、俺は飛び込み入学をする為、一度生徒会室に行き手続きをしなければならない。
間に合わず入学できないのだけは勘弁だ。
体を起こし、服についた埃を払うこともなく、俺は急いで学校に向かった。
「――――駄目よ。あなたの飛び込み入学は認めないわ」
全力で走ったことで、入学式には何とか間に合いそうな時間に学校に辿り着いた。
その足でまっすぐ特隊高校の生徒会室に向かい、飛び込み入学を希望している旨を伝える。
それに対する回答が、入学拒否だった。
目の前にいる、俺に入学を認めないと告げたのは、この学校の生徒会長。
綺麗な青い長髪に、吸い込まれそうな綺麗な瞳をした、とても容姿の整った少女だった。
「何で? 特別な理由が無ければ、実力さえあれば入れるんじゃなかったんですか?」
「確かにうちの高校は人不足。でも……あなた無能力者なのにうちの高校に入ろうとしてた訳?」
「うっ……」
そう、俺は無能力者。
能力を持っていない。
能力者による犯罪を対処する特隊にとって致命的。
俺みたいな能力を持っていない奴なんて……。
でも……それでも、俺は。
「俺はこの学校に入る為に今まで過ごしてきたんだ! 考え直してくれ!」
「そうは言われても……。私達にもそれなりの責任と言う物があるのよ。能力を持たないあなたをうちの学校に入れて、事件で死なせでもしたら……」
「なら俺は絶対に死にません! 誓います! だから入学を認めて下さい!」
「………………」
生徒会長は引き下がらない俺に困った様子だ。
だがここで引き下がる訳にはいかない。
この学校は生徒主体となっている。つまり、その生徒の中のトップである生徒会長が絶対の権力を持っている。
ここで認めて貰えなければ俺は入学できないのだ。
生徒会長との睨み合いをしていると、コンコンと誰かが生徒会室の扉をノックする。
「失礼します。会長、逃亡したAランクの殺人犯が倒されていたと報告が」
言いながら一人の男が入ってきた。
「Aランクが倒された……? 副会長、誰が倒したかは分かる?」
「それが……殺人犯は無能力者に倒されたと言っているみたいです」
「……無能力者が? 何かの間違いじゃなくて?」
男は生徒会の副会長だったのか。報告をする副会長も、それを聞いた会長も、怪訝な表情をしている。
逃亡していたAクラスの殺人犯、か。
「もしかして、俺が倒したAランクの殺人犯の話ですか?」
「………………え?」
俺があの男を倒してから2時間。そろそろ意識を取り戻していても不思議ではない。
どうやら特隊はあの後、気絶している男を確保してくれたようだな。
連絡が2時間も掛かったということは、殺人犯を仕留めた奴の存在を危険視していたのか。仕方がなかったとはいえ、何かしら情報を残すべきだったんだろうか。
と、俺が考えている間、会長と副会長は黙って俺を見つめていた。会長は随分と驚いた顔して――のんきなことを言うと、その顔もとても美人で――いる。
数秒の沈黙を破ったのは、副会長が大げさなほどに噴出して、そのまま盛大に笑い出した声だった。
「ぷっ、無能力者が、無能力者のお前がAランクを倒しただと? 笑わせてくれる。やっぱり、君みたいなランクすら持たない無能力者には、Aランクの凄さが分からないんだろうな」
「副会長、その辺にしときなさい」
「いやぁ、だってこの身の程知らずの馬鹿が、笑わせるのが悪いんじゃないですか。ぷっ、思い出したらまた笑いが止まらな、あーはっは!」
「えっと……そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」
少し困ったような素振りを見せて会長は言う。
考えてみれば、俺は自分の名前を言ってなかったな。食い気味に入学希望であることを告げ、腕章をみて断られた。
「失礼しました。如月颯太です」
「こちらこそ。それで、颯太さん? 今の話は本当なんですか?」
副会長はまだニヤニヤとした表情をしている。生徒会長も信じられないといった様子だ。
しかし、これが無能力者の現状。何を言っても馬鹿にされ、笑われる。
だから俺は、この現状を変える為に特隊になる事を決めたんだ。その為には特隊学校に入れなくては意味がない。
だったら……。
「信じられないのも無理はありませんよね。なら生徒会長、俺と戦って下さい」
「……戦う? どうして急にそんな事を……?」
「俺と戦えば、この話が本当かどうか分かる筈。どうせ今、本当と言っても信じてくれないでしょ? 俺が勝ったら入学を認めて貰います。負けたら素直に出て行きますよ」
しかし、そこに副会長が割り込んでくる。
「いえいえ、会長。あなたが戦う事はありません。この身の程知らずの馬鹿の相手は、三年生、生徒会副会長Aランクである私にお任せください」
「別に相手はどっちでもいい。勝ったら入学を認めてくれるのなら」
「生意気を……。お前なんて泣かしてやる!」
泣かしてやるって……子供かよ。
どっちが泣く方かはやってみないと分からないけどな。
などと俺が思っていたら、会長が席を立ち、
「いえ、副会長。この戦いは私が引き受けます」
「本当ですか?」
「もちろん。勝負は入学式が行われる模擬戦闘場で、9時25分からでいいわね?」
「はい」
「それでは模擬戦闘場へ向かいましょう。準備があるなら待つわよ」
「大丈夫です。行きましょう」
俺の返事を聞くと、先に生徒会室を出て行った。
その後を追おうとすると、副会長が鼻で笑って嫌味を飛ばしてくる。
「はっ、お前ごときが会長と戦うなんておこがましい。会長は一年生にして生徒会長となっている。ランクもAランクとなっているが特例のSランクになってもおかしくない実力をお持ちになっている。お前ごときが勝てる相手じゃない!」
高校一年生でありながら生徒会長の座を持つ力……か。
特隊高校は中高一貫のため、生徒会長は中学の時から特隊学校に通い、その間に優秀さを認められて入学と同時に生徒会長になることを任されたということか。
さらにランク付けでは特例を除けば最高であるAランク。
この時点で強さなんて一目瞭然だ。
でも……それでも俺は勝たせて貰う。
そう決心しながら、俺は会長の後を追って模擬戦闘場へ向かった。
模擬戦闘場まで辿り着いた後、会長は準備があるからと一旦姿を消した。
次に姿を現したとき、その手には大きな剣が握られていた。
「待たせたわね。それじゃあ、行きましょう」
そして俺は今、模擬戦闘場のど真ん中にある丸いリングに立っている。
目の前には生徒会長。
この模擬戦闘場は東京ドーム程の広さと設計で、ここで入学式が行われる為、周りの観客席には新入生も合わせた全校生徒、約1500人もいる。
『それじゃあ、実況部であるこの私、奈乃夏がこの戦いの審判と実況を務めさせてもらいます。今から我が校の生徒会長と如月颯太さんのバトルが始まります! と言っても如月さんは無能力者だから勝負になるか分かりませんけどねぇ……』
実況の奈乃夏って人も無能力者である俺を馬鹿にしている。
周りで見てる人達からも「早く終わらないかなぁ」とか「何秒で無能力者の方がやられるか賭けようぜ!」などが聞こえてくる。
「悪いわね、無能力者であるあなたを皆、差別してる感じで」
「いえ、大丈夫です」
会長は俺の事を気にかけて、そんな言葉をくれる。
でも、大丈夫だ。
こんな事、もう慣れてる。
それに皆が俺を馬鹿にした状態で、俺が会長に勝てれば大騒ぎになる筈。そうなれば、むしろ好都合だ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、自分の武器である刀を構える。
生徒会長も剣を地面に突き立てている。その剣は会長の美しさと照らし合わせたような、神話に出てきそうな大剣だ。
「あなたは刀で戦うのね。私は氷の能力を持っているけど、お恥ずかしながら力が強すぎて剣を伝ってじゃないと制御できないの。だから大剣を使わせて貰ってるわ」
と会長は言いながら「こんな風にね」と言った感じで剣の先で地面を突く。
その瞬間、リング一面が凍りの世界となった。
とっさにジャンプをしてなければ、俺の足も凍って動けなくなっていただろう。
「これでも戦うと言うの?」
会長はそう言ってくる。
今のは俺を試していたのだろう。
傍から見れば、俺は大馬鹿者に見ていることだろうな。無能力者なのに、こんな化け物みたいな能力者に勝とうと思っているなんて。
普通なら能力を持たない俺に勝ち目なんてない。
能力を持っていると持っていないでは、超えられない壁がある。
でも……俺はその常識を覆す!
この腐った世界を変える為に。
だから。
「会長、あなたには俺の踏み台になってもらいます!」
「……そう。なら早く始めるわよ。5分後には入学式が始まってしまうし」
今のは……俺を5分で倒すって意味か。
それなら逆に俺が5分で終わらせてやる!
『それじゃあ、いきますよー!!』
そして始まる。
見てろよ、Aランクの生徒会長。
無能力者の俺はお前を倒して、無能力者でも特隊になれると証明してやる。
そして俺は日本初の能力を持たない特隊になるんだ。
さぁ、始めよう。
『バトルスタート!!!!』
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