第1話 無能力者
この世界の人間は、ほぼ全員が何らかの特殊能力を持っている。
未来を予知する能力を持った者、身体の一部を武器に変えられる者、炎を操る者……。
詳しくは知らないが、特殊能力を持った人間たちは1000年以上も前に突如誕生したと言われている。
かつては特異であったその存在は『能力者』と呼ばれた。
歴史の教科書によると、能力者が急に生まれた当初は世界中で多くの騒動、暴動が起こったそうだ。
強い能力を手に入れた者が暴れ、能力を犯罪に利用する者も現れたり……。
そんな中、能力者による犯罪を防ぐ為に生まれた組織が特殊武装部隊。
通称、特隊。
時は流れ、現代。
能力者は時代とともの数を増やし、冒頭の通り人間はほぼ能力者へとすり替わった。
能力者の能力者による社会。それは能力者の犯罪を増やし、また犯罪を制圧する特隊も勢力を広げようとしていた。
その一つが、俺が今から入学試験を希望している特隊高校の存在である。
犯罪者を相手にする特隊は危険を伴うため、また犯罪者に対しての優位を保つためには、圧倒的に人手不足であった。
そのために特隊高校が打ち出した対策の一つが、飛び込み入学である。
要するに、事前準備や学歴を問わず、特隊に相応しい『実力』があれば入学を認められる――。
そうだ。
引っ越してきたばかりで、この辺りの道も知らない俺だが、実力には自信がある。
今日は特隊学校の入学式。いつもより早く家を出た俺は、事前に調べた道を思い出しながら特隊学校へと足を進めていた。
用心深く近道をすることを選んだ俺は、人気の無い廃れた工場の中を通って学校を目指す。
人目を避けるため……というよりは、万が一の事が起こらないための保険だった。
しかし、それが裏目に出た。
その工場の中で、不意に物陰からチェック柄の服を着た男が現れた。
それと同時に、町内放送で使われているであろうスピーカーから緊急速報のアナウンスが響く。
『現在、Aランクの殺人犯が逃亡しております。警戒して下さい。特徴は30代くらいの男性で身長は170cm程、チェック柄の服を着ています。見つけたら至急、特隊に連絡お願いします――――』
朝には似つかわしくない、慌てた声だった。
Aランク――能力者の中でも、千分の一か、あるいは万分の一しか存在しないと言われる希少種。
特例を除き能力者のランクは高い順にAからDの四段階に分けられる。つまり、逃亡している殺人犯というのは、非常に希少かつ、凶悪な能力を持っているということだ。
「…………」
今、俺の前に現れた男。俺は無言のまま男の腕を一瞥した。
この国に住む人間には、自身のランクを示すための腕章を付けることが義務付けられている。
ランクが解れば、それが善良な市民であれ凶悪な犯罪者であれ、その影響力の強さを客観的に推し測ることが出来るからだ。
男の腕章にはAと書かれている。
「はっ、今の聞いちゃったか。悪いが聞いたからには死んでもらわないとなぁ!」
まるでコメディアンのように、おどけた声で男はそう言った。
考えるまでもないな。この男が先ほどの逃亡犯というやつなんだろう。
Aランクの能力者というのは、一流の特隊であっても単独で挑めば返り討ちにあう程の強さ。
はっきりいって、まともに正面から戦ってどうにかなる相手ではない。
「まぁ残念だったな。俺のランクはAランク。一般人が勝てる相手じゃねぇよ! 対するお前は……何ランクかなぁ?」
とても殺人犯とは思えない――いや、ある意味これほど殺人犯らしいやつもいない――真剣さに欠いた態度で、男は俺の腕章を確認した。
そして……盛大に笑い出した。
「無地……お前……まさか無能力者だぁ? はっ、こりゃ笑える!」
その言葉に、出来れば思い出したくもない黒い感情がフラッシュバックする。
――今の世界は一言で言えば、強さ主義の社会。ランクの高い者は就職、教育、衣食住などあらゆる面で有利となる。
逆にランクの低い物は、あらゆる面で不利となる。
特に、俺のような無能力者。能力を持たないから、ランクすら与えられない。
その為に自身のランクを示す腕章は、まるで肩身の狭さをからかうような無地。
無能力者というだけで蔑まれ、罵られる。
この強さ主義の社会では結局、強さが絶対視される。
生まれた時から無能力者だった者は、いくら努力しても絶対に能力は得られない。
それでも、俺は無能力者なりに努力した。
この腐った世界を変える為に……。
だから……。
腹を抱えて笑う男を前に、俺は顔を伏せる。
ここまで無防備に男が笑っているのは、俺が何をしたところで無意味だと思っているからだろう。
当然、俺がすることには微塵の興味も見せなかった。
「お前には」
「あっ? なんだって?」
「お前には俺の踏み台になって貰う。Aランクの殺人犯!」
「はっ、何調子に乗ってるんだよ、無能力者が!」
――およそ20秒後。殺人犯の男は地面に倒れていた。
苦しそうに顔をあげ、無傷の俺を信じられないとでも言いたげに見つめている。
「お前……本当に……無能力者なのかよ……」
男はそう言って気を失った。
「気を失う直前まで、気にするのは能力者かどうかかよ」
当然と言えば当然だ。能力者が無能力者を見下すのは、この世界の常識。
「……っと。まずいな」
身体に起きた異変に意識を取られる前に、俺は急いでその場を離れた。
何事もなく学校に行ければ楽だったのにな。ため息をついてみたが、それを拾う人物はいない。
今日は特隊高校の入学式に参加する、大切な日なんだから。トラブルは避けたかった。
だが、この3時間後。
今度は特隊学校の生徒会長と、俺の入学を賭けて戦うことになってしまった。
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