〜第3現場〜ファンもブラック(第1部完)
私の名前は五十嵐まりか。20歳。職業は声優アイドルです。
今日は私が所属する声優アイドルユニット【グランドリームス】の定期ライブでした。
昼の部のライブが終わり、今から特典会、ファンの方々と触れ合います。
まずはファンの方々とふたりでチェキタイムです。
「あ、ありがとうございます」
「五十嵐、今日のライブも最高だったよ」
「あ、そうですか。本当にありがとうございます」
「てなわけで五十嵐、今日もチェキ頼むぜ」
「はい。ポーズはどんなのがいいですか?」
「俺が美容室の客やるから、美容師さんやって?」
「は?」
「いや、俺が美容室の客やるから美容師さんやって」
そういって彼は空気イスに座った。
「……あの、これ、即興コントじゃないんですけど?」
「いや、最近髪伸びてるから美容室行きたいなと思っててな。今日のチェキのテーマはこれにしようと思って」
「いや、美容室行けよ!!」
私はついついファンに向けてあるまじき暴言で突っ込んでいた。
「とにかくお願い、五十嵐」
「はい、お客さん、だいぶ伸びてますねえ。髪の短い方ほど頻繁に通ってくれないとダメですよお」
私は、彼の髪の毛をちょいとつまみながらハサミを入れるマネをした。そこでスタッフさんがぱしゃりとチェキを撮ってくれた。
「おう五十嵐、いつもありがとな」
「はは、こちらこそありがとうございまーす」
にこっとスマイルに戻りバイバイした。
そして次のファンの方が来た。
「おお五十嵐、今日もいい笑顔だな」
「ありがとー。で、チェキのポーズ何にする?」
「五十嵐、地球にやってきた宇宙人やって。俺がその宇宙人とコンタクト取ろうとする人やるから」
「なんでお前もコントみたいなシチュエーション要求なんだよ!!って……え?宇宙人?」
「そう、宇宙人、わかるだろ?」
「え……まぁ……なんとかやってみるけど……」
私は少しかがみ、少し変顔しながら、ファンの方に人差し指を差し出した。ファンの方もそれに応えるように人差し指を差し出す。
「五十嵐、声は?」
「は?」
「宇宙人の声」
「声はチェキ関係ねえだろ」
「宇宙人の声出さないと、ほら、スタッフの万永さんチェキ撮れなくて困ってるだろ」
「え、私が悪いのか……。……アナタ……トモダチ……マイフレンド……。これでいいのかな」
「ありがとな五十嵐」
「はは、バイバイ、また来てね」
次のファンの方が来た。
「ありがとー。チェキのポーズ何にする?」
「俺がザンギエフやるから、五十嵐はダルシムのしゃがみ強パンチやってみて」
「だからさっきから何でチェキのポーズ要求が一発芸芸人のネタっぽいんだよ!!」
私は思わず、シュシュを床に叩きつけてしまった。
◇◇◇
私は、全く自分の望まない形でアイドルをやらされて、自分でもこんなにアイドルに向いていないアイドルはこの世の中にいないと思いながらアイドルをやっている。
それに呼応するかのように、ファンも私をアイドル扱いしていない節がある。
そらそうよ。というならばそらそうよなのだが、こんな私にも微妙に乙女心というものがあり、それが傷つけられ、日々疲弊していく。
特典会が終わり、大量の芸人チェキをこの世にばら撒き、私の疲れは絶頂に達した。
「やっぱり明日にもやめよう」
そう、声にならないつぶやきをして、お疲れ様ですとライブ会場を出たときだった。
「「おめでとー!!」」
私の目の前でクラッカーが鳴った。私は面食らって目を丸くした。目の前にはファンの方々がいた。
「おめでとうな五十嵐」
「え?何?今日なんかおめでたいことあったっけ?誕生日は12月だし」
「何言ってんだよ。五十嵐がセキセイインコのマロンくんを飼い始めてから1周年記念じゃないか」
「え、そんなの覚えててくれたの?」
「ああ、五十嵐のツイッターはめちゃくちゃチェックしてるからなあ」
「そうそう、正直五十嵐のツイッターは、俺ら社畜が毎日を生きるための唯一の糧だからな」
「ちゃんと、五十嵐用のプレゼントとマロンくん用のプレゼント用意して来たからな。あ、間違ってマロンくん用のプレゼント食ったらダメだぞ」
「まぁ、それもある意味オイシイけどなあ」
ファンの方々たちは笑いあう。
私は少し涙ぐんだ。私のファンは少し頭のおかしいところもあり、横柄だが、なんというか、変にあたたかい人たちなのだ。
私は「もう少し頑張ろう」という気持ちとともに、でも、これだけは言いたいと思って言った。
「みんな、ありがとう。でも、この場を借りてこれだけは言わせて」
「「なんだよ五十嵐」」
「私は一応アイドルなんだから、頼むから下の名前か、愛称で呼んで」