一日目其の一「出会いに始まる旅」
車窓から見える景色は田んぼ、民間、そして山々。これらは数年前汚い、ださい…と思われていたあの田舎である。いつからこれらは美しい。趣。日本の本来の姿。なんて思われるようになったのだろう。日本人という民族は常に自分にないものに憧れる。
考えてみれば俺自身も自分にない自由を求めて旅に出たのかもしれない。事実俺は今ウンディーネ鉄道に乗り、母国「エーデルランド」から飛び出した。
乗ってからこの鉄道がどこに行くか見なかったことに気付き、路線図を見たがどこもピンと来るような国はなかったので、適当な町で降りることにした。
ところでこの鉄道の名前は「ウンディーネ」これは神話で水の神を表す名だが、果たしてこの鉄道は海沿いの町、又は湖にでも行くのだろうか?それがわかった所で降りようと決意した。
が、決意は長続きせず、昼頃に腹が減ってきてどうにもならなかったため「アルデンロ商業区」という名の町で降りることにした。路線図を見てわかったがもう俺がいる場所は15年育ってきたあの国では無かったのだ。こんな時速40キロ程の鈍い鉄道にたった4時間乗るだけであの広かった「エーデルランド」を抜けたのか。そう思うと心にぽっかりと穴が空いたような気がした。それでも家に帰りたいと思わないのが広がる希望に胸が高鳴っているからだろう。
予定到着時刻まで10分を切った頃、俺は荷物(と言っても小さなリュックだけだが)を持ち、降り口がある連結部分へと向かった。そこには青髪の少女が凛と立っていた。
「あなたもこの町で降りるの?」
まさか喋りかけられると思っていなかった俺は戸惑いながら
「まぁな、腹が減ったし」と、低い声で反応した。
「あいにくこの町においしいレストランなんてないわよ。あなたも見て分かるでしょ。この周りは農村ばかり。ここは農作物しか売ってない田舎商業区よ。」
「丁寧にありがとう。でもそんなに農作物が好きなら野菜食堂くらいあるだろう」
すると青髪の少女はこちらに振り向き
「ええ。あるわよ。ほとんどのレストランは不味いけど」
「君、おいしい店知ってるだろ」
表情から不思議とわかった。本当の狙いは勿論、案内してもらうことだ。
「君ってのは気に入らないわね。私の名前は菊川夏希。菊川さんってお呼びなさい。」
「わかったよ菊川。その代わり俺に一番上手い店を教えてくれないか?」
「何の代わりか分からないけど良いわ。どうせ私も行くつもりだったし」
「ほんとにか?」
「嘘は好きじゃないわ」
「ありがたい。感謝するよ」
「あなた随分と堅苦しいのね。もしかしてお坊ちゃん?」
「それは菊川も同じじゃないか。お嬢様感が出てるぞ」
さりげなく菊川と呼び捨てにしてみたが彼女は怒らなかった。
「そうかしら。これが私よ。」
全く固いというか礼儀正しいと言うか…
そんなことを考えていると車窓の外は石と木で造られた家々が並んだ町並みに変わっていた。そして沈黙が続く数十秒のうちに駅に電車が止まった。
「迷わずついてきなさいよ」
「ああわかった」
駅員さん以外俺たちしかいないこの駅でどう迷うんだ。そう思ったけど言わないことにした。
駅を出ると一本の大通りを挟んで市場が続いた。しばらく歩いたのち、菊川はチラりとこちらを見た後右の小道へと曲がっていった。
「あなたなんで旅なんかしているの?」
菊川が突然と聞いてきて驚いたが俺は冷静に反応した
「そっちこそ、なんでだよ。」
「なんで私が旅人だって分かったの?あなたと違い軽装だしこの町も慣れている。どう知恵を絞ったって確証は得れないわよ」
「菊川は多分、いつもこの町におつかいか何かで来てるんだろ。旅人って思った証拠は鉄道内で俺に話しかけたことだ。普通の人間なら見知らぬ異性にいきなり話しかけたりしないさ。どうせちょっと不安だったんだろ」
菊川は急に笑いだし笑いながらこう言った。
「あなたって本当に面白い人ね。でも名推理だわ。相当頭が良いのね。」
「まあ、頭には多少自信がある」
本当はこれっぽっちもないのだが言ってみた。何より菊川の笑顔を初めて見た気がした。いや、実際初めてだ。
そうこうしてるうちに目的地?らしきレストランについていた。古い木の板で「ファーマーハウス」と書いてあった。
「ここが私の行きつけのレストランよ。メニューは野菜しかないけどね」
あれ?気のせいだろうか?少し菊川の口調が変わった気がする。
「ああ、案内ありがとう。とりあえず中に入ろうぜ」
中は昼間にも関わらずほとんど客がいなかった。俺と菊川と、それから謎の老人くらい。
「おお、若いカップルが珍しいのー」
どうやら俺は今日ついてるらしい。会う人、会う人からこんなに声をかけられるなんて初めてだ。
「カップルなんかじゃありませんよ、ただの提携関係です」
俺はちょっとふざけてそう言った。てか提携関係ってなんだ厨二病入ってるだろ。自分が恥ずかしいわ
「おいおいそんな難しい言葉使わなさんな。老人にはついていけんわ」
先程から黙っていた菊川が急に口を開いた。
「店長、ボケ老人のふりをするのもいい加減にしてください。野菜定食2人前早く頼みますよ」
「へっへっ、ばれたか夏希ちゃん。久しぶりだからいけるかと思ったんだけど」
どうやらこの老人はこの店の店主だったようだ。全く俺は菊川とこの老人に踊らされたのか。
席についた俺たちは少し語り始める。
「なー菊川。お金はいくらくらいあるんだ?」
「そうね、大体一ヶ月は不自由なく暮らせるくらいかしら?それを越えたら働きながら旅をしようかしらね」
「俺と似たようなものか」
大嘘だがそう言っておいた。
「じゃあ一ヶ月放浪したらどこか労働が出来る場所に行かないとな」
「そうね、良ければしばらく一緒に冒険しない?どうせあなたもボッチの旅なんかつまらないでしょ」
「ああそうだな。」
こんな軽い返事で、これから旅をともにする人が決まって良いのだろうか?疑問を問うが答えは勿論返ってこない。
まぁ菊川は頭脳明晰、運動神経も良さそうだし旅のパートナーとしては申し分ないだろう。あれ?なんで俺が評価しているんだろう?
「ところであなたは何て言う名前なの?」
「赤崎雫。気軽に雫って呼んでくれ」
それは完全な偽名だ。しかし、これからは赤崎雫が本当の俺になるのだ。俺は家が嫌いだから…