選択
休み明けの月曜日。まだ冴えない頭で家を出て、大学に向かう。満員のスクールバスに乗り、手すりにつかまっていると、後ろから肩を叩かれた。木田だった。
「よっ」
金曜のことを特に気にしていない感じで挨拶してきたので、自分も気にしないことにした。
「いつもこの時間に乗ってんの?」
「んだよ。久瀬も?」
「ああ、もしかしたら俺達いつも同じバスに乗ってたかもな」
2人して笑う。同時にもっと周りを確認しておけば良かったと思った。バスが走り出す。景色が次々と変わる中で木田が喋る。
「なんか楽しそうだったな」
「何が?」
「すれ違いに会った時」
「そう?別に普通だと思うけど」
「結構笑ってたよ」
「ああ…あれは、俺とお前の反応が面白くてな」
「え…まじ」
「まじ。ぎこちなかったからな、俺達」
「確かに…」
2人して照れ臭そうに笑った後、木田がぼそりと呟く。
「羨ましい」
「…?俺が?」
「いや、友達」
「友達が欲しい…てこと?」
「違うわ!なんだその悲しい奴」
ですよね。
「んじゃなんだよ」
「お前といる友達が羨ましいってこと」
…あ、察し。
「木田と俺って学部ちがうよな?」
「うん…」
木田が俯く。わかりやすいな。
「んじゃ、講義一緒は無理だけど、昼食一緒に食うか?」
そんな木田に昼食の誘いをしてみた。
すぐに乗るかと思った木田は少し考えた後、
「でも久瀬の友達に迷惑じゃ…」
そんなわけあるかと思った。けれどこれは木田が自分に対して自分の友達とは異なる感情を持っていることへの不安なんだとも思った。だから、そんなことは気にするなとばかりの笑顔で言ってやった。
「俺達、現在友達募集中だから」
田中と新道に昼に友達が1人増えると伝えたら「え、久瀬に友達いたんだ」と言われた。人を勝手にぼっちにするな。
そして昼食の時間となり、食堂で飯を貰い、席を取ったところでラーメンを持った木田が現れた。
「おっす木田」
と木田を自分の隣の席に進める。テーブルを挟んだ向かい側に座っている田中と新道が木田に軽い自己紹介をした後、食べ物が全員ばらばらなことに気づいた。自分はパスタ、田中のはハンバーグやキャベツやらがのっている。多分何とか定食というやつだろう。新道のも唐揚げにキャベツやトマトやらがのっている定食だ。ちなみに自分のパスタは大盛りだ。頼んでないのに大盛りだ。値段はレギュラーの値段だったので文句はないが、こんなに食べきれる自信がない。それから4人で話しながら食べた。木田も田中と新道と沢山話して打ち解けているようだった。
そして、自分以外の3人が食べ終わった頃、自分の皿にはパスタがまだ割と残っていた。もう自分の腹はギブなので3人に食べてもらうことにした。田中と新道は食べてくれているが、木田が食べてくれない。やがて田中と新道もギブアップしてしまった。パスタは後少しなので、木田に残りをお願いしてみる。
「木田、こんだけ食ってくれ」
「いや、俺は…いい。腹一杯だし」
木田は意外と少食だったんだなと思いしょうがなく最後の力を振り絞ってフォークをパスタに突き立てたと同時に木田がそのフォークを持った。
「やっぱ食べる…あと、フォーク…」
そのまま自分のを使っていいか聞いているらしい。箸でも食えるとも思ったけど、
「もう使わないからいいよ」
というと、木田は顔を赤くしながら食べた。
なぜ顔を赤くする?と思ったけれど、少しして自分が安易な考えだったことに気づく。田中と新道が木田を少し引き気味に見ている。そして、木田がパスタを食べ終わると同時に田中が木田に聞いた。
「何で顔そんなに真っ赤にしてんの?」
「いや、その、えと…よ、用事思い出したわ」
そう言うと木田は急いで食器を持って席から立ち上がり、それを返却して食堂から出て行った。木田が出て行った後、新道が自分に言った。
「あのさ、木田ってもしかして…」
自分も無言で席を立ち木田を追った。
このとき、木田を追いたい気持ちと新道の言葉を全部聞きたくない気持ちはあった。けれど、ここで木田を追わなければ、自分は今と変わらないで田中と新道と友達でいれたと思う。それでも木田を追ったことに、自分は友達2人より木田を選んだのだと走りながら気づいた。
木田に追いついたところで肩をつかみ、走っている木田を止めた。木田は涙目な顔をこちらに向けて
「ごめん、赤くして…でも」
次に言われる言葉は分かっていた。
「何で来た!!!」
大声で叫んできた。幸い周囲には誰もいなかった。その思いやりとも呼べる怒りを鎮めるために自分ははっきりと木田に言う。
「お前を選んだから」
木田は目を見開いて、しばしの沈黙の後
「昼食はもう行かない。つかお前の友達とはもう会えない」
きっぱりと言われた。なので、
「俺の友達は今日からお前だけになるかもだけどな」
と苦笑しながら言った。
木田と別れて食堂に戻る途中に既に出て歩いている田中と新道を確認して近寄ったところ、新道から予想していたことが聞かれた。
「お前と木田ってそういう関係?」
「だったらなに?広めでもするの?」
ちょっときつい言い方だったと思う。けど、上手い言い方が見つからずこんな喧嘩口調になってしまった。すると今度は田中が申し訳なさそうな顔で言ってきた。
「いや、そういうつもりは全く無いんだけど、その、俺達ちょっと怖くてさ。もしお前らが俺に好意を向けたりとかしたらさ。怖くて。だから、お前らとはあんまり会いたく無いというか」
田中の言葉は語尾がごにょごにょしていて聞き取れなかったが、言いたいことは分かった。しかしまあ、こんなにすぐに勘付かれて、こんなにもあっさり友達という縁は切れるものなのかと思うと同時に、木田に辛い思いをさせたという罪悪感でいっぱいになった。
「そっか…怖い…か。なんか悪いことしたな。ただ俺はそういう感情抱いて…いや、何でも無い。短い間だけど、今まで楽しかった。アデュー」
気楽に言えた感じがした。あと、使いたかったアデューも使えた。言い終えた後、2人とはわざと別の方向に歩いていく。数歩離れたところで2人が同時に言った。
「「ごめん」」
そんな軽い感情もこもっているか分からない言葉だけれど、崩壊寸前まできている自分の涙腺にとどめを刺すには十分だった。
人間は未知の存在を警戒する。よく知らないものを恐れる。2人からはもう自分は同性愛者というよく知らない存在になった…された?あのとき、自分はそうじゃないと否定できなかったのは、木田を1人にさせたく無かったからだ。それに、言ったところで悪あがきにしかならないとも思った。元はと言えば、自分が木田を友達に会わせたのが発端だし。トイレでひとしきり涙を流した後、そこで木田にメールを打った。
「責任とってくれよ」
返信はすぐにきた。
「何でもするぜ」
誰得なんだろうこの台詞は。しかし、今のこの虚しさからは救って貰えた気がした。
急展開だったと思います。不快に思った方すみません。