Sランク冒険者
村にSランク冒険者がやってきた!
俺はまだ眠っているフェアを揺り起こした。
「フェア!フェア!Sランクの冒険者がこの村にやってきた!」
「……うー……?」
フェアは寝ぼけ眼で俺を見た。言われていることが理解できていないようだ。赤ん坊だから仕方ないとはいえ、この機会を逃したら後悔じゃ足らない。俺は思いっきりフェアの柔らかい頬を抓った。
「ふぎゃ!?あにふんだてめっ……あ〜……」
素が出るほど痛かったらしい。
「ごめん!でもこの村にSランク冒険者が来ているんだ!」
「ええっ、マジで!?」
フェアは跳ね起きた。目をらんらんと輝かせている。
「マジだよ!昨日の夜、ゴブリンの大群がこの村を襲ったんだけど、そのSランク冒険者がたまたま通りかかって、一太刀でゴブリンの大群を消し飛ばしたらしいよ」
隣りの隣りの青年に聞いた時は驚いたが、Sランク冒険者ならそのくらいは当然のようにやるんだろう。まあ、未だゴブリンとは何か分かってはいないが。いや、ずっと昔に読んだファンタジー小説に出てきたような気もするような、しないような……。
「おお〜、じゃあ、みよ!」
「そうだね、母さんにお願いしてみよう!」
という訳ですでに起きていた母さんがいる居間に入ると、アルが椅子に座っていた。母さんは忙しそうに朝ごはんを作っている。
いつもならアルはもう出かけているはず。何かあったのか?
「パパー?」
フェアも疑問に思ったようで、首を傾げた。
「ん?なんでまだ家にいるのかって?」
アルはそわそわと貧乏ゆすりをしながら答えた。
「今日は休みなんだ、ていうか休まない人なんていないよ。なんてったってこの村にSランク冒険者が来たんだぞ?もてなさないと失礼だろ?肉の貯蔵ならまだ余裕があるし、今日は冒険者を徹底的に歓迎しろって狩人連絡網で回ってきたのさ!」
アルはうっとりした瞳になった。なんだろうな……前世の友人が未発売のゲームを語る時の目にそっくりだ。そのゲームは後でとんだ鬱ゲーだぜっ、愚痴られた。
「ああ、楽しみだな〜!Sランク冒険者か、きっと凄腕なんだろうなー!」
Sランク冒険者は狩人ではないぞ?
と呆れつつ、俺も楽しみな気持ちを抑えきれず、椅子に座ってそわそわとしていた。フェアも同様だ。
「はいはーい、楽しみなのは分かったよ。じゃあ、まず朝ごはんを食べて、みんなで会いに行こっ!私も会ってみたいし」
会話を聞いていた母さんはくすりと笑って、朝食を用意した。
小麦パンに胡椒をまぶしたものと、リンゴと葡萄を潰して牛乳に混ぜたジュースだ。母さんにしてはまともだな。
Sランク冒険者で急いでいてあまり時間をかけられなかったのだろう。ありがとう……冒険者ーー冒険者もこんなことで感謝されるとは思ってなかっただろうな。
朝ごはんを終え、俺たちは冒険者が滞留しているという診療所に向かった。村でまともに人を泊めることができるのがそこしかないからだろうが……それでもボロボロなのに変わりじゃないぞ。大丈夫なのか……?
診療所には、大量に村人が群がっていた。
「うわぁ……これじゃあ入れないね」
「そうね、どうしよっか……」
みんな考えることは同じってことか。押しのけて入るのも大変そうだな。
「まあ、朝だし、仕方ないか。昼ぐらいになったら人も疎らになるんじゃないか?」
「そうだねー」
「あーい……」
アルは仕方ないなという風に肩をすくめ、そう言った。
さて、今日は昼まで暇だな……。
いつもは俺もフェアもおそらく十時かそこらで起きる。母さんは子供は寝るべきと思っているらしく、滅多に起こしに来ないのだ。フェアは毎夜魔法の練習で夜更かしして、俺もそれをずっと見張っているからそれは助かる。
今日はビッグニュースがあったから、いつもよりだいぶ早く起きた。七時ってところだな。
いつもは十時から母さんは食事の準備を始めるから、その隙に魔法の練習などしている。フェアも同様で、二人が二人互いに見つからない場所でこそこそしている。といっても家の庭の表か裏かってだけだけど……。
今日は母さんもアルも暇人だ、断言するーーあいつら絶対絡んでくる……。
「フェアー、フェイー、いつもは俺がいなくて寂しいだろー。今日はパパがたくさん遊んでやるぞー」
「いつもは忙しい母さんで、寂しい思いをしているんでしょう……今日は思い切り遊びましょう!」
ほら、絡んできた……。優しげな笑みが過剰で、むしろ危ない人に見える。
フェアもうわぁ……という顔であとずさっている。
「えーっと、母さん、アル。僕たちなら大丈夫だから、二人とも好きなことしたらいいと思うよ」
「うん、うん!」
にこりと笑いながら手を振る。フェアも付随してぶんぶん頷く。
すると母さんは、眩暈を感じたかのように体をふらつかせた。
「いやだ、子供にこんな気遣いさせるなんて……私、親失格ね……」
「フェミエル……いいんだ、これからやり直していこう……」
アルは優しげな笑みと共に、母さんの頬を撫でた。
「あなた……」
「ああ……」
「え、いや、どういうこと……」
堪らなくなり、思わず突っ込むと、二人はふっと真面目な顔になって言った。
「構って欲しいです」
「一緒に遊びたいです」
「あ、うん……」
なんて言えばいいんだか。フェアが呆れたようにおいおい、と小さく呟くのが聞こえた。
母さんは子供たちのじっとりした目に耐えきれなくなったのか、慌てて、
「あ、じゃあ本!二人とも本好きだったよね!お母さんが読んであげるよ!」
と言って、居間の窓に積んである本から一冊持ってきた。
絵本のようだ。題名は、【勇者物語】?
「これね、すーごく有名なお話なんだよ。魔王っていう悪者を倒した、勇気ある若者のお話!」
「勇者……」
「勇者、やっぱいんのか……」
フェアは腕組みをしながら言った。直後に慌ててそれを解き、母さんとアルの顔を見回した。幸い二人は聞こえていなかったらしく、絵本を見て懐かしいなー、と言って懐古していた。最後に俺の顔を見ようとしていたので、瞬時に頭の向きの回転を試みた。首が犠牲になった。
「ではでは、これより【勇者物語】の読み聞かせを開始しまーす」
「おー」
パチパチパチ……。
三人だけの寂しい拍手が部屋に響く。
「むかーし、昔。あるところに、善良な若者がいました。彼は生まれながらにして、精霊が見えました。どうして人族の自分にこんな力があるのか、彼はいつも考えていました。ある日、世界に稲妻が落ちました。魔王の復活です。その時、若者に神の言葉が聞こえました。彼はやっとわかりました、自分の力は、魔王を倒すためにあるのだと!若者は早速魔王を探す旅に出ました。まずは仲間探しからです」
ここまで読んで、母さんは一旦停止をした。
「ここからすっごく面白いんだよ〜!仲間になる魔法使いさんとか、エルフさんとか、超かっこいいの〜!あ、これ以上言うと楽しみがなくなっちゃうね!」
母さんの目は子供のように輝いていた。そして、ほら見て!と差し出された絵本に描かれていた勇者の挿絵だが、リアルなタッチで物凄くイケメンに描かれていた……。
子供向けじゃないのか?この絵本……。
肝心の勇者の容姿だが、イケメンというほか特徴もないな……。ああ、でも髪の色が赤銅色なのは物凄い偶然だな。母さんと同じ色だ。
「ふふっ……わかってしまったようね……なんと、勇者様と同じ髪色なのでしたーー!」
母さんは得意げに胸を張った。アルはそれにムッとしたように、
「俺だってもうすこーし暗かったらその色だったんだぞ!」
「ふふふ、負け犬の遠吠えだね!」
「こいつ〜!」
アルに拳で頭をぐりぐりされながらも、なおドヤ顔を維持する母さんは少し頭が弱いのかな……。
と、両親が馬鹿をやっていたら、
「ねぇ〜、つづきー」
フェアは待ちくたびれたように、声を上げた。
「はーい、もうっ、アルくんのせいでフェアくんに怒られた〜」
「なんかイラっとした」
「ひどいと思います」
「いや、もういいよ……」
長いよ。
「はーい、では読みまーす。始まりの街にやってきた勇者は、とある噂を聞きました。凄腕の戦士が闘技場にいるというのです。勇者は闘技場に行きました。そこで見た戦士は筋肉隆々で、とても強そうに見えました。勇者は戦士に仲間になってくれ、と言いましたが、戦士は自分に勝てたらついていってやろう、と言いました。勇者は一太刀で戦士を斬り伏せてしまいました。戦士はまいった、とてもかないませんと言い、勇者の仲間になったのでした」
……一太刀で斬り伏せられる仲間なんて必要なのか……?
母さんはまた挿絵を見せてくれた。筋肉ダルマというほか特徴もないな……。禿げてるし……。
「うん、これは読まなくたって構わなかったね」
母さんは真顔で言った。そういえばかっこいいと言っていた人に戦士は入っていなかったな……。格差がひどい。
「次が本番だよ!魔法使いさん!えー、戦士と共に旅をしている勇者は、ある日、綺麗な女性に出会いました。山にいるドラゴンに子供を攫われたので、助けてほしいというのです。勇者は承知しました。しかし、ドラゴンはとても手強い相手です。いくら勇者でも一人で倒すのは難しいでしょう。勇者は、冒険ギルドに行って、仲間を募ることにしました。でも、来るのは口だけのカスだけです。そんな時、勇者はギルドの隅で酒を飲んでいる男が、とても強い魔力を持っているのに気がついたのです」
口だけのカス!?
この世界の作者はみんな口が悪いのか?
というか戦士がカウントされてないんだが……。
「勇者は男に声をかけました。男は、驚いたように、俺に気がついたのはお前が初めてだ、と言いました。なんと、この男はあまりにも強いので、魔王に姿が見えなくなってしまう呪いをかけられてしまったと言うのです。男は、魔王を倒してくれるのなら協力しよう、と言いました。こうして、魔法使いも仲間になりました」
ここまで読み、母さんは絵本をずいと押し出してきた。勇者に負けず劣らずのイケメンが至近距離で俺を見つめていた。
「うわっ、やめてよ母さん……」
思わず仰け反ると、母さんは不満そうに唇を尖らせた。
「かっこいいでしょ?」
「かっこいいけど……」
なんというか、格差社会だなあ……。戦士はゴリラみたいな見た目なのに、他は美形ばかりか。どうせ母さんが言っていたエルフさんも美形なんだろう。
魔法使いは青い髪色だから、勇者と対になっている気がする上に、こんな気合の入った顔面だ。これからの戦士の扱いが手に取るようにわかるな。
「勇者たちは、山のドラゴンのところへ向かいました。ドラゴンは強力なブレスや鋭い爪を持っています。勇者は苦戦を強いられましたが、魔法使いと力を合わせて、ついにドラゴンを倒し、子供を取り戻しました。そして、町人に大変感謝されながら、また旅を始めるのでした」
戦士は?戦士とも力を合わせてやれよ……。
俺はつい戦士に同情してしまった。
「うーんっ、ちょっと疲れちゃったな。続きはまた今度でいい?」
「うん。大丈夫、母さん?」
「大丈夫だよぉ〜」
「じゃあ、続きは俺が読もうか?」
アルは母さんから絵本を取り上げながら言った。母さんは慌ててそれを奪い返して、両手で大事に抱えた。
「さてはアルくん、私が子供たちに懐かれてるからって妬ましくて……読み聞かせの座は譲らないよ!」
「ばれたか……だが、疲れているお前に何ができると言うのかなぁ?ははははは」
「なん……ですって……」
またか……。懲りないな。
俺はフェアに目配せをし、忍び足で居間から出て行った。
そのうち気がついて追いかけてくるだろうが、それまでだいぶ時間がかかるだろう。あの二人は放っておくといつまでもやっているのだ。
ベッドの下に隠した【魔法学】を引っ張り出し、フェアと二人でデコを突き合わす。
「とりあえず、フレイムの魔方陣でも写す?」
「さんせー」
そのためには羊皮紙とインク、もしくは布と水が必要だが……居間にあるから無理だな。
ベッドカバーにでも書き写しているか。
「……にー、これ、むり」
「だよね」
だがこの本……基本知識以外魔方陣しか載っていないぞ。これで猿にも分かるわけないだろ。
思わずため息をつく。
「じゃあフェア、僕は居間に行って羊皮紙とインク持ってくるよ。待っててね」
「に、にー……!」
「僕が五分して帰ってこなかったら、もう捕まったって思って」
「にー!」
フェアは感動したように目を潤ませた。
だめだ、うつってる……。
居間に入ると、母さんとアルはもう言い争ってはいなかった。戸口を見たまま固まっている。
今度はなんだ?時間が止まった世界でも演出しているのか。
俺は呆れながら声をかけた。
「どうしたの?」
「え、えええ、え、えす……」
母さんはガクガクと、口を震わせた。
「ぼ、ぼ、ぼうけっ……」
アルも似たようなものだった。なんなんだ、一体。
さすがに訝しくなってきた時、現れた。
「おや、こんにちわ。私、コルトン・レーベンダルクというものでして」
金の絹糸のような髪、優美な顔立ち。これだけならどこのイケメンだと思ったかもしれない。だが、全身から立ち上るこのーー強さ。まるでかないそうもない、ただただ純粋に強い。
何者だーーいや、こんな村にいるこれほどの強者なんて、一人だけか。
「職業は、Sランク冒険者を、やっています」
これからは、五千文字程度を標準にしようと思っています。
300アクセス突破しました。ありがとうございます。
句点のつけ忘れなどを修正しました。