楽しいスキル選び
「えっ、何でスキル選びも知らないの!?異世界転生とかに疎い子は少しだけどいたよ?でもスキルも知らないって君……。いつの時代だよ」
ブブッ……とノイズは怒ったように唸った。
「スキルの意味はもちろん知っています!ですがそれを選ぶという行為が理解できないのです。スキルとは自ら努力して磨き上げるものだと存じ上げておりますが……」
それを選ぶ……?まさか選んだスキルを自由自在に操ることが可能になるのか……?
いや、まさか。そんな努力を踏みにじむようなものであるはずがない。
とすれば選んだスキルの才能を身につけられるのか……?だが、こんなズルがまかり通っていいものか?
「えーっとー……、なんか深刻に悩んでるところ悪いんだけど……、スキルっていうのは……あー、見てもらった方が早いかな。ちょっとステータスオープン!って言ってみて」
「……?」
意図がわからず、とりあえず唱えてみた。
「ステータスオープン!」
すると、前触れなく虚空から薄く光る何かが出現した。
「な、なんだ!?」
恐る恐る近づき、見ると、それは空中に浮かぶ立体映像のようなものだった。
横は三十、縦は十五センチ程度の長方形だった。不思議なことに、横から見たら厚さがなかった。
画面には何かが書いてある……。
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Name
Age
Level / 1
MP
HP
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……ほぼ何も書かれていないな。
俺が唱えたら出てきたのだから、当然俺のステータスが書かれているのだと思ったのだが……——こんな思考に至るあたり、俺も毒されつつあるな。
しかし、名前ぐらいは書かれていてもよさそうだが……。
俺の名前は葵公平、父さんがつけたというこの名前は俺の誇りだ。
「ファザコン……。言ったでしょー?今の君は魂だけの存在だって。これから転生するんだよ、だから生前の名前や顔は全部一掃なの。本当は記憶も消えるはずなんだけど、それじゃあわざわざ異世界より進んでる地球から転生させる意味ないし」
「なるほどな……」
これが友人が言っていた知識チート……ん?チーターだったか?
チートというのは不正行為のことだから、ここは人よりも早く進むことのできるチーターに違いない。
「ちゃうよぉー……。……もういいや……疲れたし……。で、君に与えるのは三種類のチー……ター。まず、その世界で選ばれたものだけが持つことのできる固有スキル……え、なんだよもぉ!」
ノイズは苛ついたように強く音を纏った。
どうでもいいことで悩んでしまった俺の心の声が聞こえたのだろう。
チーターを人に与えるという言葉のイメージが俺に、チーターが人を襲っている光景を思い浮かべることしか許してくれないのだ。
「もぉー!もぉー!チーター並みの力が与えられるってイメージしとけ!!」
……想像の中の俺は、四つん這いになって野ウサギを息を潜めて狙っていた。
「そ、そうですか、すみませんでした。どうぞ話を続けてください」
「もう中断しないでね?しないでね?……で、一つ目が固有スキル、二つ目が普通スキル。魔法って知ってるよね?」
「はい、さすがにそれぐらいは」
西洋のファンタジー系は、中学生の頃、よく読んだものだった。時間が経つにつれ、推理ものや哲学書など人間の心理を描いたものにのめり込んでいったが、主人公の冒険にワクワクした気持ちは今でも覚えている。
そういえばこの神が言っていたエルフや獣人なんかも時々出てきたな。他にもドワーフや妖精も登場していた。異世界に転生すれば本物に会えるのだろうか。
「よかった……。君が読書家でわたしは感激だよ……。そうだよ、異世界はそんなファンタジーの世界だ。君が読んだ本でイメージすれば大体相違ないよ。で、なんの話だっけ……そうそう、普通スキル。それはね、異世界で魔法が使えるようになるためのものなんだよ。例えば、水魔法のスキルを習得すれば水の魔法が使えるようになる。アクアボール打ったり、アクアビーム撃ったりね」
「なるほど……」
つまり、水を固めて投げたり、水を使って相手を貫通したりするのか……。前者は、あまり使えなさそうだが、後者は中々破壊力がありそうだ。水の威力は侮れないからなーーそう考えると、前者も俺の腕力次第というわけか……。
「いや、違うよ?なんで投げるの……?普通に水を噴出するんだよ?」
「なんだと……!?で、ではその水はどこからくるんだ?」
まさか無から作るわけではあるまいし……。
「無から作るけど……」
「は……」
そんな物理法則を無視するような……。さすが異世界、というわけか。
「ちなみにレベル、て知ってる?」
「はい、友人がよくゲームのレベルが上がらない、と愚痴をこぼしていました」
「あ、敬語に戻った……まあ、レベルっていうのは上がれば上がるほど必要経験値が多くなっていくからねーーーーレベルの上げ方は知ってる?」
「はい、モンスターを倒すんですよね……先ほどは、失礼しました」
「えっ、君がレベルの上げ方知ってたとかわたしびっくりー……。ていうかわたしが心の中読めるのわかってるよね、敬語使う意味なくない?」
……実は割と前から思ってはいた。しかし仮にも神ではあるし、表面上だけでも取り繕った方がいいと思ったのだ。
「表面上だけとか神悲しい……」
ノイズはザーッ、ザーッと売れ残ったテレビのようなもの悲しい音を立てた。
「ほらわたしの心の雨ざーざー……」
「……わかったよ」
渋々、そう答えると、ノイズの音はシャーッに成り代わった。違いはよくわからない。
「うむ。そして最後。三つ目のチー……ターはね、常人とは比べ物にならないぐらい膨大な魔力」
「……?」
「あれ、これに特に疑問に思う点とかないと思うけど……」
「いや、どういう意味だ?」
「えっ、どういう意味ってそういう意味だけど……。何が疑問なの?」
「だから……それは……それは、転生させた俺に与えるんだよな」
「当たり前じゃん」
「他の人も持ってるのか?」
「そりゃ転生者には与えてるけど、現地人が持ってるわけないじゃん。スキルだってそうだよ、転生者には十個ぐらい与えてるけど、現地人は三個も持ってたら天才レベルだよ」
「……俺は何もしていないのに、そんな力を受け取るのか?」
「これから魔王倒すでしょ」
それを聞いて、俺はダメだ、と思った。
ノイズをーーいや、俺をここに呼んだ神を見据えて口を開く。
「……それはーーーーその、不公平ではないだろうか……。聞けばその世界は魔王に脅かされているのだろう。ならば、きっとそれに対抗するために日々、力を磨いている人々がいるだろう。それなのに、ただ選ばれただけの俺が、別の世界から来た俺が、なんの苦労もせずに手に入れた力を振るうのか?それは、不公平だ……。俺は、なんの努力もせずに力を手に入れたくない……」
「……いやいやいや」
神は信じられないといった声色になった。
俺はそれに疚しさと罪悪感を感じたが、それでも引く気はなかった。
「……これが我儘なのは知っている。俺はただ、この名前に恥じたくないだけなんだ。父さんの期待を裏切りたくない……」
公平。父さんがこの名前にこめた願いは一つだけだ。
公平であれ。
自分にできることはするべきだ。……自分にも、他人にも恥じないように。
「客観的に見れば俺はチーターを受け取るべきだ。それによって、沢山の人々が救われるだろうから……。でも、俺はそうするたびに疚しさを募らせるんだ」
「……」
神は何も言わなかった。
それはそうだ。手段は強引だが、神は本当に俺に世界を救って欲しかったんだろう。
そのためにこんなに時間をかけてまで俺に説明してくれたのだ……。だが、俺はその期待を裏切った。
相手は神だ、魂を消滅させられても文句は言えないな。
そう思って、覚悟を決めていた時だった。神は、
「……まあ、いっか」
と言った。
「いいのか……?」
驚きと安堵が身を包んだ。
「うん、そこまで嫌がられちゃね。五年ぶりの訪問者だし、その心意気は別に責めるようなものでもないしね。それに、別に転生者は君だけじゃないしね」
「そうか。我儘を言って済まない」
「大丈夫だよ〜。でも、固有スキルぐらいは選んでくれるよね」
「確か限られた人だけが持つというスキルか」
「う、うん……」
神は心なしか怯えたように縮こまった。
「いや、いくら俺が無謀でも、流石にこれがないとまずいだろうなとわかる。固有スキルというのはどうやって選ぶんだ?」
これすらも受け取らなかったら俺はたった十六歳ぽっちの記憶を持っただけの一般人だ。地球の記憶があり、神と対話したからといってそれで魔王を倒せるはずもない。いや、倒すのは俺の我儘という自業自得でおそらく不可能だろうが、サポートすることぐらいは可能なはずだ。
自分に恥じなく、やり遂げようーー今固有スキルを受け取ろうとしていることには、目を瞑りたい。
持っていない方々には申し訳ないが、その分努力をするということで、見逃してほしい。
「おおお……!よかった……!これも受け取らなかったらどうしようかと思った。……固有スキルはね、その人の気質によって違うんだ。この世には誰一人として同じ人間がいないからね、同じ固有スキルは一つもないんだ。たとえどんなにそっくりな双子でも、全く同じ性格で、全く同じ経験をしているっていうのはありえないからね」
「ほお……!」
俄然興味が湧いてきた。借り物だが、自分の気質を反映しているというのはなんとも心踊る話だ。
「やっと男の子っぽい顔になったね〜。じゃあ、固有スキルはつけるでいいね。あ、でも固有スキルについてもう一点。さっき話した黒猫が見える条件があるって言ったじゃん」
「そうだな」
すっかり忘れていた。
「あれってね、魂の容量に関係があるんだよ。魂にまだスペースがあるなら、力を与えられるから選出するために、黒猫が見えるようにする。もうすでにぎちぎちのパンパンの人は、力を与えられないから黒猫が見えないようにする……どうやって調節してるかって、まあ、そこは神の力としか……」
「そうか……。……もうスキル選びは終わった。まだ何かあるか?」
スキル選びをここまでやったんだ。
もう残っているのは転生する作業だけだろう。この神と会うことはもうないのだと思うと、少し寂しい気もする。
「そうだね〜。最初はいい子だなーって思ってたらめんどくさい子で、でも君と過ごした時間は結構楽しかったよ」
「言い返せないな……」
「あ、そうだ、君って自分の顔にこだわりある?あるんならこの顔のまま転生させてあげるよ」
「まあ、十六年間付き合ってきた顔だから、ないわけではもちろんないが、子は親に似るのが道理だ。俺は俺を産んでくれる親が産む子供の顔であるべきだ」
「ややこしっ……。……あーっ!じゃあ、例えば親の遺伝で魔力が強かったりしたら何も言わない!?」
「あ、ああ……。境遇は一種の才能だからな……だが、神の力で操作したりするなよ。俺は才能を乗っ取りたくない」
こいつならやりかねないんじゃないか、と思い釘をさす。
「頑固だなー……。まあ、君がそういうんなら祈るだけにしておくよ」
神の祈りは操作って言わないか……?
「……じゃあ、そろそろお別れかな」
「ああ」
ほのかな寂しさを感じつつ、これから来ることに身構える。
「じゃあね〜」
「ああ、さようなら」
そう言ってノイズの形をした神を見つめると、なぜだかノイズの音がどんどん大きくなっていく。重なるノイズに眉をひそめるていると、いつの間にか俺の周りはノイズで埋め尽くされていた。どんどん、どんどん俺は埋め尽くされていく…………。
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