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グッドマンの異世界冒険譚 後編

 さて、料理対決だぜ! ツェリ族の皆は朝日も昇る前から出掛けて、沢山の食材を取ってきてくれた。シドは豚の脂の塊をくれたし、丁子クローブっぽいものやローリエっぽいもの、胡椒っぽいものも用意してくれた。相手側もこれなら文句ねぇだろ!


 連れて行くメンバーはコーラちゃん、シド、ララちゃん、ドレミちゃん、レドっておっさん。いいね、男三、女三で。やっぱりパーティメンバーは六人だよな。

 シドとレド、ドレミちゃんが前衛で、俺とコーラちゃん、昨日俺に薬を持ってきてくれたララちゃんが後衞だ。


 他のトカゲの皆は留守番だ。手を振り太鼓を叩き見送ってくれた。こちらもレドのおっさんが太鼓を叩きながら歩いていく。俺はスーツ姿に頭はターバンみたいに布を巻いてだんだん暑くなる荒れ地を踏破していくのだった。





 牛魔王の城までは、領地の境を越えたら牛頭が現れて連行、いや、案内された。だが、着いた場所はどう見てもくり貫かれた崖だった。断崖絶壁を下から見上げて、はるか上の方にテラスというか、見晴台というか、そんなのが見える。何メートルあるかなんて知りたくないわー。


「どうすんの、これ」

かごを下ろしてモゥらう」


 ふざけてんのかてめぇ。

 おっと失礼、口調がちょっとマジ入っちゃった。


「ふざけてなどいない。馬頭とは違う」

「あれ、仲悪いの?」

「良くはない」


 そうなんだ……。出てくる時はペア組んでるからてっきり仲が良いのかと思ってたよ。 ゲームの話だけどさ。


 そうこうしている間に、牛頭が中華風鎧の腹巻きにしてる布から小さなシンバルみたいな物を取り出してちゃんかちゃんか鳴らし出した。吠えたら早いのに……。


 それに応えてか細い笛のが聞こえて、篭とやらが降りてきた。か、ご……?


 それはさしずめブランコに似た何かだった。特大ブランコの前面にだけ棒が打ち付けてあって、背面は壁だからって何の処理もしてねぇの。五メートルくらいか、人間が五、六人横並びに立てるくらいのスペース。牛頭なら三人が限度だ。

 鎖が頑丈そうに見えるけど、足元板じゃん! しかも細いのを五本渡してあって、ってすのこじゃん!! これ、すのこじゃーん!


 いやだ。

 乗りたくない。おうちかえるー!!


「い、イスルギ様……?」


 俺を気遣うように声をかけてきたコーラちゃんの声に、俺は自分を取り戻した。いつのまにやら頭を抱えてしゃがみこんでいたみたいだ。

 立ち上がって仲魔を見てみると、皆、俺を心配そうな無表情で見ている(何考えてるか一晩過ごしてみて分かるようになった俺すげえ)。


「ごめん、コーラちゃん!」

「!」

「こんな所で立ち止まってなんかいられないよな、

 牛魔王を倒すって決めたんだ。この、すの……篭に乗るよ、俺!」

「ああ……、イスルギ様。ありがとうございます、私、てっきり断られるんじゃないかと思って……!」


 コーラちゃんは涙に光る目許を拭った。トカゲって涙出るんだ……びっくり。


「なぁ、これって安全なんすかねぇ」

「さぁなぁ」


 シド、レド、やめろ。


「たまに鎖が切れるがモゥ安全だ」

「いやだーっ!! 絶っっ対乗らん! 帰るー!!」

「イスルギ様ぁ!」





 ギギギッ、ギギギッ、ギギギッ

 リズム感良くすのこが昇っていく。土埃の匂い、足元の軋み、バーを握る感覚だけがあって体をどこかに置いてきたみたいなこの感じ……。

 これはアトラクションなんだ。俺は今、遊園地に来ているんだ。だから絶対安全なんだ。アンゼンナンダ。


「イスルギ様、顔色がよろしくないですよ」

「ウン」

「大丈夫ですかぁ~?」

「ウン」

「ああ~、すっごい高さすなぁ」

「ウン」

「イスルギ様……」

「ウン」


 ぐわんぐわんする……。体をすのこにくくりつけてあるとはいえ、足を踏み外したくない。動いちゃ駄目だ。動いちゃ駄目だ。


「もうすぐ着きますから」


 背中に触れるコーラちゃん? の手がちょっと、ほんのりあったかい。スーツの上着で頭をくるんでるから顔もなんも見えないけど。


 体感で十五分くらい、ずーっとジェットコースターの昇りを経験し、俺は解放された。もう俺の敗けで良いから乗りたくないって何回言ったか分からない。最終的に、重そうな牛頭を乗せずに俺のパーティだけを上に連れて行く事で(勝手に)話がついた。


 革紐で縛って連れてくなんて、シド、レド、お前ら後で覚えとけよ!


「よく来たな、ニンゲン!!」


 割れ鐘のような声がして、空気が震えた。うるせぇんだよ、昨日から! デカブツめ!





 そこは妙な場所だった。岩を削り出して作った広間という感じで、テラスのすぐそばの足元には何十枚もの絨毯が隙間なく敷かれている。絨毯のスペースが幅二十メートル、奥行きが八か九メートルかな。その宴席みたいな空間の向こう側にデカブツが立っていた。


 デカブツの両隣には長机のようなものが……。あれ、これってアレじゃない? クッキングバトルみたいな、調理スペースじゃん?

 で、この絨毯が観覧席と。っざけんな!

 どう見てもあのすのこは正規の入り口じゃなくて緊急手段じゃねえか! 素直に入り口に案内しろや!


「知らんし……」

「部下の不始末はお前の不始末だろーが!」

父様とうさまを責めるな! ひ弱なオマエがワルい!」


 なんかデカブツの脇から小柄な女の子が飛び出してきた。まず目に入るのはその豊満なおっぱいだ。赤い革のビキニで谷間がこれでもかと強調されている。サイズはいくつだ!?

 B子のDカップをはるかに上回る爆乳だ、ホルスタインだ! 是非とも揉ませ…………ハッ、違う!違うだろ、俺!


 ここには料理勝負しに来たんだった。しかし、デカブツの娘にしては可愛い。可愛い顔、可愛い瞳、髪、おっぱい、体、どこも人間みたいだ。……人間じゃね?


「牛魔王、まさか普通の人間拐ってきて娘とか言い張ってるんじゃないよな?」

「そんな訳ないだろーが!!」


 うるせぇ。


「妻の親がニンゲンだったのだ。娘は体はニンゲンだが、魂はラビュ族だ」

「そうだ、ワタシはラビュ族の長の娘! 名はシールスだ!!」


 ここにきてC子だと!? だが、あの闘級おっぱいならFかGだろう。牛だしG子でどうだ?


「さぁ、勇者、ワタシと勝負だ!」

「はは、その顔、泣きっ面に変えてやんよ!」





 それぞれ、調理台に食材を載せていく。全部載せたらシェフと助手一名が反対側の調理台に移動する。そこには今回使う食材と、相手側の審査員が待っているわけだ。

 調理道具に欠けや不足がなければスタンバイ・オーケー。両者納得したら調理スタートだ。


 俺はまずターバンを脱ぎ、カッターシャツの上からツェリ族の用意してくれた綺麗な服を身に付けた。横ではシドが同じようにしている。次に、水のたっぷり入った樽から柄杓で必要な分を掬って、ゴミ用の樽の上で手と顔を洗った。シドも同じようにする。


 相手はというと、G子が頭から何か外している。……角のついたカチューシャか。髪の毛がボサボサだからそんなの着けてたなんて分からんわ!


「さて、やるか!」

「頑張ってくだせぇ」


 まずは材料の確認だ。見事なまでに肉、肉、肉だな。これは鳥、こっちが豚、……これは何だろうな。二足歩行の生物なまものでない事を祈ろう。

 ネギの匂いがするもの、細いけど人参っぽいの、酒も何種類かある。卵に、生姜っぽい辛い根っこ、こっちは酢だな。


「あんさん、それ、腐ってますぜ」

「これは酢だよ、立派な調味料だ」


 シドよ、お前は大陸中を回ってるんじゃないのか? 覚えておけ、酢は保存が利く。腐ってるやつは……腐ってるんだ。


「腐ってても食べるから気にしたことなかったすわなぁ」


 やめろ。

 いいか、やめろ。


「ひ、ひぃあぁぁぁ、む、虫、虫ぃ!」


 G子が叫んでら。活きの良い幼虫だろ、高級品だぜ?


 ラッキー!トマトにニンニク、胡椒がある! これなら何でもいける。俺は鳥肉の骨が無い部位をシドに見繕ってもらってブツ切りにするよう頼んだ。さらに羊……だったらいいなぁと思う肉も、包丁の背で叩いて軟らかくしてからブツ切りにしてもらった。


 さて、ニンニクをたっぷり刻み、半分は生姜と合わせ、半分は別の鍋に入れる。生姜汁は酒を足して、さらに甘味が欲しいのでサボテンの実をすりおろして入れた。辛味に負けないようにたっぷりとな。このソースにシドが切ってくれた鳥肉を漬けておく。


 それから、トマトとネギとニンニクを細かく刻んだ。鍋に羊肉と赤ワイン(味見した)をひたひたになるまで入れて、そこに刻んだ野菜を入れる。炭を休めてあるのを火掻き棒で起こし、五徳っぽいのの上に鍋を置いた。


「焦げないように見ててくれ」

「了解でさぁ」


 俺が作業に戻ろうとした時、G子が叫んだ。


「出来たぞ、サボテンの串焼きだぁ!!」


 …………これは酷い。何が酷いってトゲも取ってないし焦げてるし、何の工夫もない。誰が食べるんだよ、そんなの。


「おぉ、さすがシールスじゃああ!!」


 うるせぇ。


「あんさん、良い匂いがしてきやしたが、まだですかいなぁ」

「ちょっと見せて」


 火が強いな。炭を減らそう。


「調整したからもう少し見ててくれ」

「了解でさぁ」

「仕方ない、三品目の仕込みは諦めてマヨネーズでも作るか」

「まよねぇず、ですかい?」

「ああ」


 マヨネーズは卵と酢と塩胡椒、さらに油と根気があれば簡単に作れるんだ。妥協しなけりゃ滑らかで美味しいマヨネーズが出来上がる。手作りは一人ひとり味が違ってそこが良い。

 幸い、材料はあるのでさっさと作ろう。


「ふふぅん、勇者殿はまだ一品も出来ていないようだなぁ。ワタシが手伝ってやろうか?」

「いらねぇよ。冷めないうちに審査してもらえ」

「うぐっ……」


 審査拒否されてたの聞こえてたぜ!

 俺はこの間、卵と油を混ぜ合わせていた!





 暇になったG子がうろちょろしている。俺は気にしない。気にしてもおっぱいしか見ないし。シドはかなりソワソワしていた。……族長を食われてたんだっけか。


「おい、G子。シドは食べるなよ?」

「はっ、まさかワタシに言っているのか、ニンゲン。ワタシはトカゲなんか食べない!」

「お前も人間だろーが」

「ワタシはラビュ族だ!」


 よし、出来た! 鳥を焼くぞ!


 鍋をどけ、炭を足してガンガンに火を起こす。フライパンで油を熱し、俺は濡れた布を右手に巻いていく。ここからは火加減が大事だが、コンロじゃないから火からの距離で加減するしかない。料理は気合いだぜ!


 フライパンに入れた鳥肉が凄い音を立てる。皮目を下にしてパリパリに焼き上げたい。俺はフライパンを握った。


「酒だ! 女だ! 博打だ! わっしょい!!」

「こ、コイツ、正気じゃない!?」


 熱い! 熱いが、肉を焦がさないよう火から遠ざける。ジュワワワと良い匂いを立てる鳥肉。俺は左手でフライパンをかき回しつつ、シドに炭を半分に減らしてくれるよう頼んだ。これでもう半面に火を通すぞ……。


「あんさん……無茶苦茶ですわぁ」

「いっつつ! 知ってた……」

「イスルギ様ぁ!」


 コーラちゃんが駆け寄ってくる。俺は彼女を手で制して、五徳の上のフライパンに集中した。よく焼けているようだ。調理道具の中の串で刺してみても透明な肉汁が出るだけだ。


「シド、皿に取るから貸してくれ」

「そんなん自分が……」

「良いから」

「へぃ」


 皿に皮目を上にして鳥肉を置く。手作りマヨネーズをかけて漬け込みが浅いのをカバーだ。さらに、香草を揉んで添えて出来上がり。


「俺も出来たぜ。誰が審査する?」





「イスルギ様はお馬鹿さんです」

「痛、痛いって」

「本当に、本当にお馬鹿さんですね」


 コーラちゃんは怒っているようだ。水で冷やした手に軟膏を塗って包帯をしてくれたんだが、どうやら体の前面のあちこち火傷してしまっていて、それも治療してもらっている。


「服に燃え移るほどの料理なんて、聞いたことありませんよ」

「ごめん」

「しかも、すぐに治療させてくださらないから、痕になりますよ!」

「痛っ!」


 そう、料理対決は(当たり前だが)俺の勝ちだった。G子も牛魔王も、誰も異議を唱えなかった。俺の料理はこま切れにされて観客の牛頭たちの腹に消えた。使われなかった赤ワイン煮込みも同様だ。


「完敗だ、勇者よ。我々ラビュ族は二度とツェリ族に危害を加えないし、領土も侵さない」

「コーラ、これで良いか? 他に何か言うだけ言ってみる?」

「いいえ……。勇者イスルギ様、本当にありがとうございました。身を呈して守っていただいた事、ツェリ族の末まで語り継ぎましょう」

「ラビュ族も、この勝負の事は絶対忘れない」

「ははは、好きにして」


 恥ずかしい奴らだな、もう。


「それで、イスルギはこれからどうするんだ? 何ならワタシの婿にならないか?」

「え?」

「イスルギ様は私の勇者様ですよ、ラビュ族には渡しません!! 」

「なんだと!」

「何ですか!」

「えー、嬉しいけど、俺は異世界に嫁がいるんだよね……。嬉しいんだけどさ」


 俺の言葉にコーラちゃんもG子も驚いたようだった。


「イスルギは魂の旅人だったのか!?」

「別の世界ですって……?」


 あれ? 何で俺を呼んだコーラちゃんまで驚くんだ?た、魂の旅人って何?


「私は大陸の外からニンゲンの勇者を呼んだのですが、まさか別の世界からマレビトを連れてきてしまったなんて……」

「魂の旅人は、別の世界の肉体を離れて漂う魂がこちらに来てしまう事だとワタシは聞いた。もしかしたらまだ戻れるのではないか?」

「……可能です。魂が死の衝撃に壊される前にこちらにやってきてこそマレビトと呼ばれるのですから」

「え、戻れるの? 俺は死んだと思ってたよ!」


 G子は残念そうに笑いながら、俺の肩を叩いた。


「戻れるのなら、戻った方が良いぞ」

「そう、ですね。早くしないと手遅れになるやもしれませんし」

「げっ! なら、頼むよ。俺は帰りたい。家族に会いたいんだ」

「はい。それでは、さようなら、イスルギ様。私の勇者様……」

「さらばだ、イスルギ。ワタシの事を忘れるな!」

「ああ、さよならだ。コーラちゃん、シールス……。シド、レド、ララちゃん、ドレミちゃんも。牛魔王も、元気でな!」


 沢山の別れの言葉に送られて、俺は光の中に飲み込まれていった。


「イスルギ様、この上着、記念に貰っても良いでしょうか……?」


 スーツか。忘れてた。良いよ、コーラちゃん、君にあげよう……。





 ……。

 …………。

 痛くないぞ?

 目を開けると、そこは保健室のような天井で、俺は現代日本に戻ってきたと感じた。よく動かない首を回してみると、ベッドの端に両腕と頭を載せて美子よしこが眠っていた。


 化粧してない。ちょっとやつれてないか?


「美子、美子……」

「うーん、善人よしひと……」

「そうだよ、ただいま」

「!」


 美子の頭がバッと跳ね上がる。起きたか。


「善人、善人ぉ! 心配したんだから! ずっと意識が戻んなくて……、それで、それで……っ!」

「ごめんな、心配かけて」


 撫でてやろうにも右手が動かないんでやんの。


「待ってて、先生すぐ来るから。まだ薬が入ってるから、でも、寝ないで待ってて」

「あ……寝る……」

「馬鹿」


 医者と美子の話では事故トラックは俺のすぐ横のガードレールに突っ込み、俺は両足骨折。トラックのガソリン引火の爆発で火傷。右手が特に酷いらしい。それでもリハビリすれば元と同じか少し劣るくらいには回復するらしい。世界を救った代償だな。

 だが、両足骨折は牛魔王のせいだからな!


「なぁ、美子」

「なによ、もうB子って呼ばないの?」

「名前で呼びたい気分なの。ところで、俺が異世界を救った話聞く?」

「何それ、新しいセッションのネタ?」


 俺は石動いするぎ 善人よしひと。あだ名はグッドマン。最近、異世界に行って帰ってきたTRPGプレイヤーだ。

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