グッドマンの異世界冒険譚 前編
この作品はギャグです。虫を料理する描写があるので苦手な方はそっと閉じて下さい。
あっ、と思ったときにはトラックが目の前だった。眩しい、と感じたのが最後の記憶だ。
そして俺が目覚めたのは、なんと、戦国時代の合戦場だった! …………ら、俺も楽しめたんだけどな。
ビバ、荒れ地。未開のワイルド・ワンダーランドだったんだな、これが。
呆気に取られてスーツ姿のまま辺りを見回す俺。ここがどこだかなんてどうでも良いが、どうやら俺は死んだらしいね。だてにオタクやってません、異世界ですよね分かります、だ。
「あ~~~! こんな事なら3.5のセッション最後まで終わらせときゃ良かった~! マスターいなくてどうすんだーっ!」
ああ、無理言って集めた面子だったのに、あいつらも尻切れトンボじゃガックリだよなぁ。
…………俺が死んで悲しんでくれてるだろうか。
悪辣なダンジョントラップでPKし過ぎた罰なんだろーか。
未練と言えばB子だ。俺の奥さん。
B子ってのは勿論あだ名なんだが、そう呼ばれるのはあまり好きじゃないみたいだ。「まるで二番目みたいじゃないの」だそうだ。
お前、勘が鋭いよ。俺の元カノ、栄子だもの。A子にB子。死んでも言えねぇ。
って俺、死んでた!!
それにしても暑い…………。灼けつくような暑さだ。確か、スーツは砂漠でも合理的なんだったな。とりあえずカバンで頭を隠しつつ日陰に移動だ。木はどこだ?
キョロキョロしていると、ズンドコズンドコ太古の、いや太鼓のリズムに乗ってやってくる一団が見えた。七、八人いるかな。
まさかの! お出迎え?
やった、俺、勝ち組~!
現れたのは女の子だった。シャラシャラとシロメのアクセサリを鳴らして、ひらひらとストールを靡かせて。
だがトカゲだ!
可愛い声で彼女は話しかけてきた。
「お出迎えに上がりました、勇者様。突然のことに驚かれたと思います。でも、どうか私たちを助けていただきたいんです!」
悲哀のこもった声で訴えてくる。潤んだ瞳が、俺を見つめてくる。
だがトカゲだ! 二足歩行だ!
いくら二足歩行してエジプシャンな格好をしていても、人間の言葉が話せても、アタマ良さそうだけど、トカゲだ!
肌が岩みたいだからロックリザードじゃね?
これがゲームの世界ならシュルシュル舌を鳴らして会話を試みてくるはずなんだが…………。やはり異世界なのか、ここは。
「俺が勇者かどうかはわからないが、涼しいところで水をくれないか?」
「俺の名前は石動。君の名前も教えてくれないか?」
「コーラ、と申します」
そうか。俺は断然赤い缶派だな。
「あなた様をお招きしたのは、私です。勇者であるあなた様に、牛魔王を倒していただきたくて少し無理を通しました」
牛魔王をたおせ? 何蔵法師なんだ、それは。
三蔵の次で四蔵ってのはどうだ? 仲魔にしてやるからエロ猿とエロ豚とエロ河童連れてこいや。
それはさておき。まずはインフォメーション・ギャザリングだろ。情報収集だろ。うなれ、俺の二十面!
「君が皆の代表、ということかな。それとも交渉役かい?」
「私は…………このツェリ族の長の娘です。族長は攻めてきた牛魔王に食い殺されました」
そりゃまた物騒な。
しかし、俺の脳みそが勝手に翻訳しているだけで、そいつは『牛のごとき角持てる何者か』であって、みんな大好きミノたんロースじゃないんじゃないかな。
だって牛なら草食なんだし。
「牛魔王が攻めてきた、と」
「はい。この辺りは竜王の眠る墓所で、私たちはその眠りを邪魔する者を排除する番人です」
にゃるほど。
上司はいるが、上司には頼れない。だから勇者が必要なわけね。しかもこのひと(?)たち、逃げられなさそう。
「竜王って目覚めたら駄目なものなのか?」
「竜王は、大地が氷に閉ざされしときに眠りから醒め、全ての魔物を灰燼に帰してからまた眠ります」
「へー…………」
なにその悪の権化? みたいな?
竜王って水を司ってたり、願いを叶えてくれる神様なんじゃないの? …………そりゃ竜神か。
「俺の知ってる竜とは違うなぁ…………」
「人間に知恵を与えるという“輝く鱗”もいると言いますが…………」
「竜王は違うんだ?」
「人間にとって竜王とは、“大いなる災厄”“地獄の顕現”です。“始まりの竜”であり、火を吹く化け物なんです」
二つ名どころじゃない!
これじゃキリスト教におけるドラゴンじゃないか。誰か~、ゲオルギオスさん連れてきて~。
「じゃあ、何とか牛魔王を退けないといかんね」
「はい、イスルギ様。どうかお力をお貸しください。私に出来ることなら、何なりとお申し付けくださいませ」
コーラちゃんはまたも潤んだ目で俺を見てきた。…………俺は、嫁一筋だからごめんね(震え声
「けど、俺はこっちに来てからも自分が変わった気がしないんだよね。言語チート以外にも何かあるかな?」
「はぁ…………?」
コーラちゃんには分からないよね、ごめんね!
俺は力を試すべく、近くにいた戦士に盾を構えてもらい、パンチしてみることにした。
「行くぞ!」
ガァン、とすごい音がして、砕け散った! 俺の拳がな!
「ってぇぇぇ~!」
「イスルギ様! 大丈夫ですか?」
心配そうに俺の側に跪くコーラちゃん。
うん、大丈夫。ちょっと怖くて本気では打ってないから。皮膚が破けたくらいだから。
「攻撃力とかは強化されてないみたいだな。痛っつつ!」
「冷たいお薬を塗りますね。ララ、用意を!」
ナチュラルに薬って言ったね、今。
ってことは回復魔法とかも存在しないんですかね?
せめて二レベルになったら覚えられる世界でありますように。
薬を塗ってもらい、左手は包帯でぎこちなくなった。良かった、利き手で殴らなくて。
しっかし、回復手段がないと、どうやって牛魔王を倒すかね。
無敵の防御力も、ループ能力も、確かな事が分からないのに試す気にならないよな。……逃げるか?
そんな事を考えていたら、銅鑼の音が遠くから響いてきた。敵襲ですか、もしかして?
「イスルギ様、牛魔王です!」
この世界の奴らは、何かを鳴らしながらやって来るんだな。魔物避けかな。示威行為なのかな。
どうでも良いことを考えながら、こちらに近づく山みたいな影を見て、俺は逃げられないことを悟った。
「トカゲどもよ、ここを明け渡せと言ったはずだ。なぜまだうろちょろしている」
割れ鐘のような大声で牛魔王(らしきデカブツ)が吠えた。
「族長の血はまだ絶えていません。あなた方を竜王の墓所に通すことは許されない!」
「ほぅ、ならば死ね!」
牛魔王の右手が大地にめり込み、石ころがはね飛ばされて俺の両足に当たった。痛い! こりゃ青アザ確実だ!
もうもうとした土煙が晴れた後には、勝ち誇った顔のデカブツがぬぅっと立っていた。
これも威嚇……。
デカブツと十名の手下vsコーラ、俺、三十人のトカゲ戦士。いささか無理と言わざるを得ない。
ごめんな、B子。転生先でもすぐ死ぬっぽいよ。
俺の中のB子が憮然とした表情で言う。
「こんなとき、何したら良いか考えられないなら、TRPGしてる意味なくない?」
そうか、そうだな。
俺の得意は口先だった!
「おい、牛魔王! 俺は勇者、石動だ。俺と勝負しようぜ。お前が負けたら竜王の墓所とツェリ族には手を出すな!」
「イスルギ様……!」
「ニンゲン~? 何故ニンゲンがここにいる!」
「言ったろ、俺は勇者だ!」
「ふ、ふははは、はははは!!」
こいつ、うるせぇ!
鼓膜が破れる!!
「良かろう! どんな勝負でも受けて立とう!」
かかったなアホが!
「なら、料理で勝負だ!」
「な、ぬ?」
「料理で勝負」そう言った俺に対し、 目に見えて動揺する牛魔王。手先の器用さは絶望的に見えるもんな、お前。
「そんなの勝負としておかしい」とか何とかぐちゃぐちゃ言ってたが、「嘘つくのか?」と言うと反論を引っ込めた。
その代わり、俺がツェリ族の代理人になるように、牛魔王も娘を代理に立てることを認めさせられた。勝負は明日に仕切り直しだ。食材は自分たちが用意したものを相手と交換するやり方にした。食材が悪くなってて倒れる奴が出たら失格だ。
お題は「相手の料理を食べて旨かったら旨いと認めること。嘘はなし。三回まで勝負する」という、基準がはっきりしないが明確に負けがないため口八丁で言い負かす前提の試合だ。
だが、酒飲みの俺は料理に関してはなかなかの腕前を持っている。勝負にならない、なんて事はないはずだ。この世界の食材でどの程度腕前が発揮されるか分からないが、他の試合方法じゃ十中八九死ぬ。
婆さんも言っていた、「勝負に出るなら自分の土俵で。情けは無用」ってな。俺の婆さんいないけどさ。
俺はコーラちゃんにお願いして、食材を集めてもらった。何か良いものありますよーに。
「ん~、見たことあるのもあるけど……。正直に言えば俺には合わないかな~って」
目の前に置かれているのは、サボテンと、サボテンと、サボテンの実と花、苔みたいなやつ、沢蟹っぽいの、あと虫の幼虫。
「イスルギ様のために、遠い森の倒木から幼虫を集めさせました。滅多にないご馳走なので、是非使ってください」
「あ……、はい、ありがとう」
勝てなくね?
取り合えず、調理用具の中にフライパンに似たものがあったので僅かな森の土を集めてフライパンで煎って、水で湿らせて幼虫を放り込んだ。間に合うといいけど。
森の土にはカビがあるかんね。皆もカブトムシの幼虫取ってきても、土が悪いと幼虫死んじゃうからね、気をつけようね。
ああ、今は皆店で買うのかな……。
そんな現実逃避をしつつ……。
「いつもはどうやって食べてるの、これ」
「はい、生でいただきます」
ハードル高ぇぇぇ!
ハッ、よく考えたら俺が作るのは向こう側の料理であって、トカゲのごはんじゃなくね?
よしっ、助かったかも。
あ、でも、トカゲ側の料理も一応マスターしとかないと説得力ないか。
んじゃ、まずはコーラちゃんに食べてもらおうかね。あ、俺の分はいいんで。気にしないで。あ、でも、沢蟹はもらおうかな。魚とかも獲ってきてくんない?
さて。いつも生食ってことは素材の味を活かしつつ彩りと盛り付けにこだわってみようかな。あ、サボテンの実は人間が食べても甘いけど、桃の産毛みたいなトゲがびっしり生えてるから食べる時は気をつけてな!
俺はウチワサボテンを一口大にカットしていき、表面のトゲをこそぎ落とした。何度もトゲにやられたが、段々とコツを掴んでいく。幼虫はフライパンで炒めて半生に仕上げ、実は両端を切ってから皮をむきカットした。最後に花をあしらってサボテンサラダボゥルの完成だ! ドレッシング欲しい!
「さぁ、コーラちゃん、イスルギ流サボテンサラダだ。ちょっと食べてみてくれ」
「ふぁあ! すごくキレイです、食べるのが勿体ないくらい!」
コーラちゃんは歓声を上げてはしゃいでいる。可愛いよな。だが、トカゲだ!
コーラちゃんは目で楽しんだ後、何人か集まってきたトカゲだち、子どもが多いな、そいつらと一緒にサラダを摘まんだ。
「美味しい! トゲを取るだけでこんなに口当たりが違うんですね」
「食べやすいな」
「虫がね、カリッとしてるのにトロッとしてるの」
おい馬鹿やめろ。
口々に褒めてくれるのはいいけど、料理批評みたいなんやめてくれ。……やめてくれ。大事なことなんで二回言いました。
今気づいたんだけど、沢蟹もカリカリにしてパラパラってかけたらフレークに似て美味しかったんじゃないか?
まあ、俺の夕飯だし、しないけどさ。
ちなみに、俺もサボテンの実をかじらせてもらったら、薄甘い何とも言えない味だった。昔、ホトケノザの蜜を吸ったときの事を思い出した。サヤ姉とよくそうやって遊んだんだよな。
いけね。感傷に浸るより明日の勝負に向けての特訓だろ。俺はコーラちゃんに牛魔王の好む料理に詳しい奴を紹介してくれるよう頼んだ。
トカゲ男はシドと名乗った。ひょろひょろした奴で、どう見ても戦士階級には見えない。俺がそう言うと、シドは肩をすくめて笑った。
「自分は商売人なんでさぁ。ここの女たちが作ったビーズ細工やら御守りを持って色んなところに行くんでさぁ。あんさんみたいな猿の上位種やら狼の上位種やら、およそ人間のいる場所ならどこにでも行って、儀式のための香辛料を手に入れてくる、それが自分の仕事でさぁ」
お、おう……。
俺たちは猿の上位種族なわけね。で、こいつらはトカゲの上位種、牛魔王は牛の上位種ってことか。ダーウィン知らなかったら憤慨してるな。
「ん、まぁ、俺の勝利はお前にかかってる。よろしく頼むな、シド!」
「あんさん……勘弁してぇな」
いやいや、ほんと、頼りにしてるからさ。
シドに話によると、牛魔王たちは何でも食べる雑食性で特に肉が好きだとか。酒呑みで、辛い料理ばっかり食べているらしい。酒もかなり強くて濁り酒をがぶがぶとまるで水みたいに飲むそうだ。これは……! 俺の料理スキルが唸るぜ!
呑んべぇ相手なら勝ったも同然、は言い過ぎかもしんないが大学時代に数々の家飲みで鳴らした腕前は今も健在だ。
後はあれだな、調味料と肉の種類だな。俺は魚も好きなんだけどな、美味いぞ、白身魚のフリッター。俺はキスが好き。鯖の竜田揚げにピリ辛あんをかけたりな。
「肉は何がある?」
「肉といやぁ、この辺りじゃワニとか、鳥とかじゃあないすかねぇ」
「ワニ……」
「あとはオーク肉すかねぇ」
「オークぅ!? 二足歩行の豚を食べても良いのか?」
オークっていや、ゲームに出てくる割りと有名なモンスターじゃねえか! エルフや人間の女の子の天敵だぜ! 勿論Hな意味でな!!
「あんさんが何を言ってるのかさっぱり分からんすが……。豚の上位種はオークとは違いますぜ」
「え?」
「オークと言やぁ、移動も出来る木の化け物でさぁ。奴ら、自分らの養分にするために豚を飼ってるんでさぁ。木の実を勢い良くぶつけてくるんで捕獲は命懸けすが、実も食えるし、良い獲物でさぁ」
「オーク違いか!」
そりゃ中世ドイツでも豚は森のどんぐり食べさせに放してた挿し絵は見たけどさぁ! 日本の原始人もどんぐり潰してビスケットみたいなん作ってたけとさぁ! そのネタここにぶっこむの!?
俺の自作TRPGにそのモンスター入れて良い?
そんなこんなで俺の情報収集の夜は更けていったのだった。ちなみに、トカゲのごはんも雑食らしい。サボテンや虫以外にも豆やら小魚やらが夕飯には出てきた。まともな食材は早めにね? 頼むね?
小魚は頭と腹を取り除いて、沢蟹と一緒に豆と煮てスープにしたら喜ばれた。デザートはサボテンの実だった。慣れたらスイカくらいは甘く感じる。食感は枇杷かな。
あー、米と卵と醤油が欲しい。
後編は書き終え次第アップします。