冬
冬。
2016年1月、今年はやけに暖冬だった。例年だったら1ヶ月以上前に降っていた初雪もまだ降っておらず、どことなく冬の訪れを感じられなかった。大判のマフラーとチェスターコートに身を包んではいるものの、それでもやっぱり寒いなと思いながら、実家が農家の櫻子は今年の夏の心配をした。こんな辺鄙なところの大学でなぜ法学を学んでいるのか、ベンチに座りながら微かに震えていた。
「あ、いたいた。」
ぼんやりとさまざまなことが櫻子の頭の中を巡っていたがその声で現実に引き戻される。目の前には宏樹が立っていた。お疲れ様、と大して労る気持ちもない挨拶がわりのような言葉をかける。どうせ講義も寝ていたくせにと櫻子は思った。彼の顔には教科書のあとがはっきり残っていた。
宏樹と付き合ってもうすぐ半年になる。最初は宏樹なんて視界の隅にもいなかったのに、強引に入り込んでは熱心に口説くものだから負けてしまった。決して派手ではないが、地味でもない、いわゆる普通タイプのこんな人間のどこに惹かれたのかわからないが好かれることに悪い気はしなかった。宏樹はどうだかわからないけど、私には好きかどうかもわからないままお互い付き合っているように思った。
今日の宏樹もバッチリとお洒落をしてきていた。私にはかっこいいのか理解出来ない原宿系のファッションに身を包み、頭には防寒機能があるのかないのかわからない程度にニット帽が乗せられている。
広樹が「ん。」といって左手を差出すとそれを私は右手で振り払う。いつものことだ。その瞬間の広樹の顔が寂しそうだった気がした。
「今日ご飯、なに食べる?」
「寒いから鍋がいいかなー。いや、でもハンバーグの気分かも」
きっと私の気のせいだと思い込むことにした。きっと。