約束の酒
世は戦乱の真っ只中。
俺は、某国の一兵卒として、手柄を立てて出世することを夢見ていた。
兵役に志願する前の、隣国の友人との約束を、今でも覚えている。
『どちらがより上までいけるか、勝負だな』
『ああ。この戦が終わったら、負けた方が酒をおごるってのはどうだ?』
『よし、乗った!』
そんな会話をしながら酒を酌み交わしたあの日。再会を期して、俺たちは袂を分かった。
これからは敵同士。戦場で会ったらお互いに容赦はしないと誓い合ってから数年。
俺には才能がなくてあいつにはあった。と気付いた時には、あいつは既に、なくてはならない敵国の将になっていた。
我が国はもはや敗戦濃厚。
賭けも戦も今からひっくり返すには、一発逆転の一手を打ち、英雄にでもなるしかない。
それこそ、このまま終結すれば英雄と呼ばれるであろう、あの勇猛な将を討ち取るくらいしか術はない。
しかし、今となっては戦場で出遭うことすら難しい。俺の力では、あいつにたどり着く前に力尽きてしまうだろう。
ならばと、俺はあの酒場に向かった。あれ以来行くことのなかった、隣国の――あいつの行きつけの酒場。
約束の地で、俺は…………………………
戦争は終結した。あいつと再開したあの日あの時、我が国は降伏していたのだ。
俺は結局ただの兵士で終わり、あいつは後世に名を遺した。最後の最後に戦場の外で命を落とした、唯一無二の英雄として。
賭けにも戦にも負け、自らの手で友人を失った俺は、独り家にこもっていた。
そんな俺の下に、彼の奥さんが訪ねてきたのだ。一本の酒を携えて。
彼女は、
「『俺が勝負に負けた時は、この酒をあいつに』とあの人が言っていました」
と、泣きそうになるのを必死に堪えながら話してくれた。
確かに俺はあの時、あいつに一騎打ちの勝負を挑んだ。しかし、あれは対等な勝負とは言えなかった。
俺は卑怯者だ。ずっとそう思っていた。しかし、尚も奥さんは言う。
「『俺たちの間に、卑怯も国境もない。だから、どんな形であれ、勝負は勝負だ』。それがあの人の遺言です」
その言葉を聞いて、俺の口をついて出たのは、謝罪ではなく感謝の言葉だった。
今なら、あいつの墓前にだって立てる。酒を受け取ってすぐ、あいつの好きな酒を買いに、俺は数日ぶりに外に出た。
その足であいつの墓に向かい、あの日以来の酒を酌み交わす。
墓石に酒を浴びせながら、俺は呟いた。
「俺は勝負に勝ち、お前は賭けに勝った。今回は引き分けってことで、またいつの日か決着をつけよう」