終戦と開戦3
続きです。
賭け事をするときは勝率を少しでも上げておくタイプです。
勝手な一言
「俺はアリの反乱すら許さない!」
詠み人 南の聖帝
第二章 終戦と開戦3
両手を頭の上にあてたままうつ伏せに並ぶ王族と貴族の七人。
俺はそんな七人を丁寧に拘束して行く。拘束する道具はすでに用意されており、テーピングのように両腕に巻きつけた金具付きバンドがそれだ。片手に七つで、合計十四個。
「こんな場合は手錠よりも拘束バンドのほうが便利なんですよ。手錠なんてごつい物を持ち込めば確実に怪しまれますが、拘束バンドなら自分の腕に巻きつけられる。もちろん手錠よりも強度は劣りますが、それを差し引いても使い勝手が良い」
要人たちの頭の上にあてさせた両手を背中に組み直し、拘束バンドできつく固定。
これだけでは不充分なので、両足の要でもある両膝をぴったりと付けて、筋肉に力が入らず関節も動かせないように、拘束バンドできつく固定。
これで両手は使えないし、逃げるどころか立つことさえ難しい。
「頼む! 金ならやるし、望めば地位だってやる! だから――」
次の相手を拘束しようとしたら、そんなことを言われたのでとりあえず踏みつけた。
「望みはあります。静かにしてくれればそれで結構ですので」
「んぐぅ――」
金も地位もいりませんから、とにかく静かにしてほしい旨を伝える。
しかし俺の望みを聞いてくれたからと言って、そちら側の望みを聞く気がないので、別に俺の望みを聞かなくても構わない。
「ガムテープでも持ってくればよかったのですが……準備不足を反省しましょう」
拘束できればそれで良いと拘束バンドだけで済ませてしまったが、口も塞いでしまった方が円滑に進むだろう。そうなると、ここがテラスで良かったと思う。
高級そうなお酒やら肴やら、いろいろな調度品を俺も使わせてもらう。
うるさい連中の口の中に、拘束ついでにナプキンも詰めておこう。
「やめっ――」
「しー」
俺は静かにしてくださいとアピールしながら、噛まれないようにナプキンを詰める。
三人ほどナプキンを詰めると、四人目から静かになった。理解してくれてなによりだ。
そんなやりとりをしながら、七人全員を拘束完了。
「おまえは、何者だ?」
そして一人だけ……俺がここに乗り込んできてから、心が折れていない人物がいる。
「人間ですよ」
その人物からの質問に、俺は一言だけ答えた。答えている間も、俺は手を止めない。
偶然とは言え俺を助けてくれた、下地に編み込んだワイヤーをほどく。毛糸のように簡単にはほぐれないが、それでも編目を解けば鎖帷子から解放されてもとの姿に戻る。
「我々がだれなのかを、きみは理解しているのだろう?」
「もちろんですとも。特にあなたは尊敬していますよ」
ここにいる七人は王族だったり貴族だったり、人間界の指導者的存在だ。
しかしここにいる七人全員が尊敬に足る人物かと言えば、それはまた別の話。
どれもこれも立派な王様であり貴族でありだが、そのなかで一人だけ別格がいる。
地位や立場が別格と言うわけじゃないが、ここにいる七人の指導者の中でもっとも厳格で知恵があり、なによりも人徳のある名君だ。
「討伐軍を組織する際、あなたは魔王との交渉を提案した。あなたは人間界に宣戦布告してきた魔界の王に、人間界の王として応じたのです。それに宣戦布告は戦争における最低限のルールです。戦闘地域を限定し、非戦闘員を逃がすためのルールであり、魔王はそのルールを順守していました。賢き王は魔王らしからぬ対応に気づいたのでしょう」
戦争だからと言って、攻め込むはずの敵国だからと言って、一般市民を巻き込むような破壊行動なんてしちゃいけない。
そのための宣戦布告であり、それが行われて初めて国と国との戦争になるのだ。
魔王は人間界に宣戦布告をし、無用な破壊と被害を避けてきた。
「戦争をするのであれば、せめて戦域や中立区域の指定、降伏者や捕虜の扱いについての取り決めはするべきでした。しかし他の指導者はそれを拒否しました……あなたは最後までするべきと、訴えていましたけどね」
俺がこの王様を特別視しているのはそんな経緯があるからだ。
魔王は戦争でも最低限のルールを設けようとしていたし、実際に魔王軍は総大将や軍団長を除くすべての降伏者や捕虜を解放し、人間の避難所や病院の類は襲わなかった。
それに攻め込む時は『攻め込む』と、大音量でサイレンを鳴らすほど徹底していた。
しかし人間はそれに気付かないふりをしていた……少なくとも、俺にはそう思えた。
「魔王軍が必要以上の攻撃を控えていたのは明白だった……あるいは話が通じるのではと思った。私は魔王軍に使者を送ろうとしたが――」
「無理だったのでしょう? こともあろうに、人間に邪魔されて」
俺は喋りながらワイヤーを解き、さらに括り縛りを作っていく。
「魔王軍と戦争中の他国軍が、こともあろうにあなたの国の領土に逃げ込んだ。敗走したわけじゃなく、間違いなくあなたの国を巻き込むために入り込みました」
他国軍が自国の領土に入り込んだ場合、それはそれで他国からの侵略とも取れる。
しかしその他国軍はご丁寧に魔王軍まで引き連れてきた。
「邪魔されたとは思っておらん……戦況の見極めを間違えた、私が間抜けだったのだ」
「それは違います。当時のことは良く知りませんが、あなたは他国軍を迎え入れるしかなかった。国民のいる場所で魔王軍と他国軍に戦われるよりも、他国軍を迎え入れて国民の居住区から魔王軍を引き離すしかなかった。戦争そのものの被害はともかくとして、国民の命や生活へのダメージは最小限で済みましたから」
俺がこの王様を名君だと思ったのはむしろそこだった。
国民を第一に考え、国民の居住区のある外側ではなく、あえて自分たちのいる内側へと他国軍と魔王軍を入れ、戦域を広げないように尽力したのだ。
人間の身体で言えば……あえて癌を受け入れて転移を防いだ。
なかなかできることじゃない。
「あなたが討伐軍の創設に加わった理由も、魔王軍を討伐するためよりも多国籍軍の統率を固めるためでした。世界各国から勇士を募り、世界各国の軍隊が集まれば、統率よりも衝突のほうが多いでしょう。あなたはむしろブレーキ役でしたからね」
外から見ると決して目立つことはないだろう。
実際にテラスの外で奥方様の公開処刑をみている民衆たちは、七人の指導者のうちだれが一番の功労者かなんて知らないし、訊ねてもきっと彼の名前は上がらないと思う。
しかし討伐軍の内部深くにまでもぐり込めば、一番の苦労人がだれかは明白。
「俺の中で、あなたに対する期待と評価が下がることはありません」
これだけは断言しても良い。
「あなたは――ファティマ王国現国王アルベルト=バルダ=ファティマは、間違いなく歴史に名を残す賢き王ですよ」
魔王軍を退け、人魔戦争を終戦に導いた善き王だ。
それを認めつつも――
「でもごめんなさい、それでも俺は人間ですから」
ワイヤーでの工作完了。
俺はその工作品を七人の王族と貴族の首に、括り輪を括りつけた。
「奥方様の公開処刑に、アルベルト王は勇者ともども最後まで反対していました。魔王の花嫁だからと言って、母でもある一人の女性が娘を庇うのは当然のこと。魔王の花嫁であることが、魔王の娘であることが、果たして罪なのかと正面から訴えてくれました」
正直言って、俺はそれに救われた気がした。
人間にもちゃんと、俺とは違う人間らしい考えができるものがいるのだと、安心した。
「だけどごめんなさい、それでも俺は人間ですから」
こればかりはどう足掻いても覆らない。
首に取り付けた括り輪は、引っ張れば首をじりじりと締め付ける。
「暗殺での吊るしは偽装自殺に使うものですが、今回はさらし首として吊るしますね」
俺は彼らを一人たりとも逃がす気なんてないし、そもそも生かしておくつもりもない。
「貴様!?」
「やめっ、やめてくれっ!」
「んぐぅ――――――」
ナプキンを口に押し込められていなかった三人も、声を上げ始めた。
叫びたい気持ちも良く分かるけど、ごめんなさい、ちょっと静かにしていてください。
そんな思いを込めて、俺は仕方なくナプキンを口に詰め込む。
それでももがき喘ぐが、拘束バンドは外れません。
「おまえの目的は、われわれの暗殺か?」
アルベルト王は叫んでいるわけじゃなく、喋っているだけなので口は塞がない。
俺としても叫び散らさなければ、それでいいのだ。
「暗殺と言いますか……復讐ですね」
俺は括り輪から伸びるワイヤーを、彼らのイスにそれぞれ滑動するように巻きつけた。
暗殺や密殺にこんな趣向は無粋でしかないのだが、インパクトは必要だ。
「復讐、だと?」
こんな状況であってもまだ、アルベルト王の心は崩れていない。
助かるとは思っていないようだが、絶望はしていないようだ。
「戦争に反対しようが、処刑に反対しようが、それでも人魔戦争で魔王は討伐され、奥方様も処刑されてしまう……あなたがどんなに賢き王でも、あなたがどんなに善き王でも、人間の心に住まう業を取り除くことはできません」
それぞれのイスに巻きつけたワイヤーを、捻じって編み込み一つにまとめる。
一つにまとめたワイヤーを、食事を運ぶための台車に縛り付ける。
「おまえは……魔王軍の者か?」
魔王の討伐と奥方様の処刑の話をすれば、アルベルト王がそう考えるのも当然だ。
だけどそれはちょっと違う。
「俺は人間ですよ……ただ魔王夫妻が大好きだっただけの、人間ですよ」
大好きな魔王夫妻が殺された。
いわゆる魔王軍の残党と言うよりは、個人的な復讐だ。
「個人的な復讐で、ここまで来たと言うのか?」
にわかには信じられないアルベルト王だけど、個人的な復讐で俺はここにきた。
「戦争ですからね……個人的な復讐心に煽られるのは良くないですが……結局のところ魔王軍に奪われた者がいて、人間に奪われた者がいるってことです」
「愚かな行為だと――」
「自覚しているのでご心配なく」
俺はアルベルト王に追及される前に答えを返し、近衛兵のご遺体を台車に乗せていく。
人間を七人吊るし上げるには、それ相応の重りが必要だ。
「やれやれな生き物ですよね、人間は……あなたのような賢き王がいる一方で、奥方様のような魔王や娘を愛する人間がいる一方で、俺のような愚かを通りこす人間もいる。あなたも人間、奥方様も人間、俺も人間……人間って、なんでしょうね?」
個性的と言えばそれまでだが……それでも人間だけが、他の生き物とは違いすぎる。
人間だからこそ、人間に疑問をもってしまうのかもしれない。
「命乞いと思ってくれて構わんが……魔王の花嫁の処刑はまだ回避できよう」
「自分たちの解放とともに、処刑の取りやめを提案するおつもりですか?」
「そうだ……きみが人間であるのなら、まだやりなおせる」
命乞いのつもりはたぶんないだろう。アルベルト王はもともと奥方様の処刑には反対だったし、たぶん俺が復讐のために凶行に及んでいることも嘆いている。
「あなたは賢き王様ですが、奥方様の処刑を回避したとして、俺が投降したとして、あなたたち全員も解放されたとして、その場しのぎでしかないと分かっているでしょう?」
善き王様は人間で、奥方様は人間で、俺も人間で……そこにあるのは人間だけ。
「人間はまだやりなおせるが、また繰り返す」
「む――」
ここに来て初めてアルベルト王の精神が揺らいだ。
賢き王で、善き王は、それがどんな意味かを分かっている。
「あなたも人間、奥方様も人間、俺も人間……人間ってなんなのかはともかくとして、俺たちは極端に違うだけの、それでもどうしようもないぐらい同じ人間なのですよ」
「……私のことを善き王と言っておきながら、善も悪もないと言いたげだな」
「いえいえ。正義の反対は別の正義だっただけの話です。他者にとっての正義は己れにとっての悪であり、己にとっての正義が他者にとっての悪だった……それだけです」
「おまえは自分の行いが正しいとでも思っているのか?」
「まさか。今回に限って言えば、俺は間違いなくだれが見ても悪でしょう」
俺だって自分が正しいなんて、胸を張って言えるようなことはしていない。
だけど、それはお互いさまですよ。
「あなたが奥方様の処刑を正しい行いだと思っていないのと、そこは変わりません」
俺が今やっていることとは違い、奥方様の公開処刑を正義だと言う人間のほうが多いだろうが、少なくともアルベルト王はこの処刑が正義だとは思っておるまい。
「正しい行いだと思っていなくとも、それでもやってしまうのが人間です」
自分が絶対正義の超俺様主義な人間もいるが……大抵の人間はそこまでじゃない。
その最たるものが戦争だろう。
自国も他国も戦争なんてしたくないと統一意思をもっていながらも、それでもいろいろな理由と事情がまとわりつき、正しくないと思っていてもやってしまう。
もしくは自分が正義だと思い込まないと、戦争なんてできやしないのかもしれない。
「自分のやっていることが人間らしいとでも思っているのか?」
「もちろん。人間がやることはすべからく人間らしい。善悪はともかくとして、人間がやるだけで、それはもう人間の所業であり、人間ならやってしまう動かぬ証拠です」
アルベルト王の皮肉だと思うが、それでも俺は律義に答える。
「そうですね……あなたが納得するかどうかは分かりませんが、むしろ魔王が人間を襲う方が正常ですよ。人間が人間を殺すよりも、はるかに正常だと思います」
魔王なのだから、人間を殺したところで当然のことだと思う。
自分とは違う種族であり、自分とは違う世界の住人なのだ。
しかし人間は違った。
「なんと言うことだ……私たちが戦ってきた魔王は人間らしく、私たちを殺す人間のほうがよっぽど魔王らしいとは……この仕打ちは、さすがに応える」
その表現は好きじゃない。
どんなになっても俺は人間だし、どんなになっても魔王になれるのは魔王の娘たちだ。
「認識や解釈の違いってやつですかね……俺は魔王の娘たちに、両親への復讐はするなときつく言っておきました。復讐なんて人間がすることだから、魔王である娘たちがしていいものじゃありません。魔王は魔王らしく、人間を人間として見ていればいいのです」
「だから人間である貴様が、復讐をしにきたわけか」
「まあ、そう言うことです」
魔王の娘たちが復讐するのが筋だろうし、他人の俺が復讐するのは間違っていよう。
でも魔王が復讐なんて、人間らしくて、とてもじゃないが俺は容認できない。
人間らしく復讐するのであれば、むしろなにもしないでほしいし、それでも人間を襲うのであれば魔王らしく侵略を目的として欲しい。
「それに人間界には……いえ、人間には問題だらけですからね」
問題だらけの俺が言うのだから、それは間違いないと思う。
七人の指導者の首と、七つのイスと、七人の近衛兵のご遺体を載せた台車を、きちんとワイヤーでしばりつけておく。滑車があるともっとスムーズだが、持ち込めなかった。
準備は万全に、しかし持ち物は最小限に……両立はなかなか難しい。
そんなことを考えながら、俺はテラスにおいてある豪華な四足テーブルに目をつける。
四足テーブルをガタンっと倒し、側型の二つの足を取り外す。
二足になったテーブルを一生懸命、テラスの前面にある壇へと運ぶ。
壇はイスの前にあり、座ったままでは見えないが、立てば処刑台が良く見えよう。
その壇に二足を引っ掛け、テーブルで即席の斜面を作り上げる。
これで重りとなる台車を、ローラーで楽に運べる。
「人間の問題に、魔王や神様は不要でしょう」
準備完了……後はタイミングを計るだけ。
復讐もあるけれど……人間の背負っている業は、人間が解決しなければならない。
「魔王の娘たちが人間を襲うのは、人間が人間を知ってからでも充分に間に合います」
多少なにかするかもしれないが……それだって、間接的なもので押さえるつもりだ。
「一つ訊かせろ」
「なんですか?」
すべての準備を終えてから、俺はテラスから奥方様の処刑を見つめる。
「おまえの頭の中で描かれているのはどんな未来だ?」
「そうですね……賢王や奥方様がもっとも懸念している、最悪のシナリオでしょうね」
「そこまで分かっていないがら――」
「しー……お喋りはここまでにしましょう」
さすがのアルベルト王もこれ以上は錯乱しかねない。
それに――
「処刑が……奥方様の公開処刑が、始まりますので」
大好きだった奥方様の最後を、ここにはいない娘たちの代わりに見届けましょう。
魔物が人間を食べたところで私は驚きません。
人間が人間を作法にのっとって食べるところを見ると恐怖を感じます。
ついでに一言
「アリの反乱を潰していると世界征服する前に寿命で死にそうだ」
詠み人 南の軍隊参謀