魔王のいない人間界2
続きです。
第一部の人魔戦争終戦をメインとした『奥方様のご帰宅』と、第二部の世界大戦勃発をメインとした『メディア戦略』により、戦争人間はいったん終わります。
勝手な一言
「自分よりも善き人間を人間は『天使』と崇めた」
詠み人 ヒトのアイダ
「自分よりも悪い人間を人間は『悪魔』と蔑んだ」
詠み人 ヒトのアイダ
エピローグ2 魔王のいない人間界2
それに勇者さんが俺のことを恐がっているのも、あながち間違ってもいない。
「そんな勇者さんに凶報です」
勇者さんも俺に聞きたいことは多いでしょうが、訊ねてきたのは俺の方です。
なんの用事もなく勇者さんに会いにくるほど、俺は勇者さんに興味ない。
「龍姫のステラさんを隊長にしたダムシアン王国のドラグナー隊が、聖女のソフィアさんを中心とした教会勢力と武力衝突するそうですよ」
「な――にッ!?」
最新中の最新情報に対し、勇者さんの顔面が一気に蒼白。
「どういうことだ!?」
疲れきっていた勇者さんは、あらん限りの精神を削るように怒鳴った。
「どうもこうも……もともとステラさんはダムシアン王国直属のドラグナーですよ。ダムシアン王国からの命令が出れば、ステラさんは命令に従って異敵と戦います」
ステラさんは傭兵でも義勇兵でもなく、ダムシアン王国の王族で軍人さんだ。
討伐軍に属している間、勇者のパーティーの一員として行動していただけ。
討伐軍が解体されれば、もとの立場に戻るのが普通だ。
「ダムシアン王国は異敵として魔物の討伐に向かい、教会は魔物と判断されているエルフやドワーフなどのそれ以外の人間を匿っています。魔物を匿う教会を、ダムシアン王国が魔物の討伐目的で進軍するだけの話ですよ」
忘れてはいけないのは、人間界はそれ以外の人間を魔物にしているってこと。
エルフ少女が奴隷として虐げられる『ヒトのアイダ』の上映により、それ以外の人間への人権運動が高まり、それ以外の人間を匿う教会は自然と人権運動の中心となる。
一大勢力を築きつつある教会を、各国首脳が警戒するのは時間の問題。これ以上それ以外の人間に対する人権運動が高まれば、それ以外の人間を魔物として扱う国々の国政は揺らぐ。
だから脅威になりえる教会ごと、それ以外の人間への人権運動を潰すのだ。
人間の業によって生まれた悪意が、勇者のパーティーにまで共食いを強制した。
「近いうちに、勇者さんにも援軍要請がくるはずですよ」
「援軍、要請……?」
「はい。ダムシアン王国から龍姫とともに教会に住まう魔物の討伐を願うものと、教会から聖女とともにダムシアン王国から人間を守ってほしいと願うものですね」
勇者さんはここでも板挟みに合う。
龍姫につくか、聖女につくか……勇者ならばもちろん仲間に助成するはずです。
俺の話の信憑性なんて、もはや勇者さんは求めもしない。
信憑性を確認するまでもないことが、世界大戦では当たり前のように起きる。
「うわあぁぁぁぁぁぁ――――――――――――」
錯乱、絶叫、乱心……勇者さんでも、叫びたくなりますよね。
救ったはずの人間たちに、打ちのめされる勇者ってのも、なんとも皮肉ですね。
皮肉ですが、眼を背けることも、絶望すら、戦時中の世界大戦は許さない。
「うわぁぁぁぁぁ……はぁつ……はっ……」
叫び散らして少しは落ち着いた勇者さんだが、それでもなにも好転していない。
「ユーヤが……」
勇者さんが俺に、幼く見えるほど弱々しい視線を向けた。
「復讐で引き起こしてくれたのならば……ボクはきみに、許しを乞う」
先代魔王を討伐したことと、奥方様の公開処刑を止められなかったこと。
勇者さんは先代魔王や奥方様にではなく、今この場にいる俺に許しを求めてきた。
「残念ながら、俺は魔王どころか神様でもなく、ただの人間なんです」
許しを乞われても、俺は許しをどうこうできるほど高尚な存在じゃない。
「もっとも人間の始めた戦争に、魔王や神様が手を出すのは許されません」
そこだけは、世界大戦において譲れるものじゃない。
「人間が始めた世界大戦ならば、人間が終わらせるべきですよ」
ある意味では、人間の勇者さんが人間の俺に乞うのは正しいのかもしれない。
だけど個人の人間がどうこうできるレベルはすでに超えており、それこそすべての人間が始めた世界大戦は、すべての人間が終わらせなければならない。
それすらできないのであれば、人間はどうしようもないぐらい救いがない。
そしてそれすらできないのか、それならできるのか、それは人間が決めること。
「魔王のいない人間界で、勇者さんはどんな選択をしますか?」
大丈夫、どんな選択をしても、勇者さんの選択は人間らしいと俺が断言します。
四年前もそうだった……俺が勇者さんの秤に乗っけるのは人間性だ。
「……魔王のいない人間界……魔王がいないのが、こんなにもつらいっ」
勇者としてあるまじき発言だが、人間のつらさを知ってこその人間ですよ。
勇者だったとしても、人間である以上人間のつらさからは逃げられません。
「ユーヤは……覚えているだろう……勇者を役職と言ったな」
俺から選択を迫られて、勇者さんも四年前を思い出したらしい。
勇者は魔王を討伐する役職であり、復讐の対象にはなりえないと言う話だ。
「その通りだったよ……魔王がいない人間界には、勇者なんて不要だ」
勇者さんは勇者の役職を……レオンハートさんは勇者の役職を自ら降りた。
「人間と戦う人間の勇者なんて、不要だからな」
そう言う勇者……レオンハートさんは、腰にぶら下がっていた聖剣を差し出す。
「なんのつもりです?」
差し出されても困るものを差し出されても、俺はなにもできませんよ。
「この聖剣は、人間を斬るためのものじゃない」
レオンハートさんのその言葉は……俺には分からないが……とても重いはずだ。
先代魔王を討伐した聖剣を俺に渡すのもどうかと思いますが……それも含めて、ですかね。
俺は勇者さんの思いを汲んで、魔王のいない人間界には不要な聖剣を受け取った。
「ならば俺は、これを渡しましょう」
聖剣を受け取った俺は、代わりに懐に忍ばせてあったハンドガンを取り出す。
「このハンドガンは、人間を撃つためのものですから」
俺が人間と戦うために、俺が人間を殺傷させるために作った武器だ。
「本当に、ヤクヅツミ=ユーヤは……嫌いな人間だな」
とても不名誉なことを言われたが、レオンハートさんはハンドガンを受け取る。
レオンハートさんはハンドガンを両手で握り、銃身を自分の額に押しつけた。
「聖剣からハンドガンへ持ち替えた元勇者さんは、これからなにをするのですか?」
精神集中が終わったのを見計らい、レオンハートさんに訊ねてみた。
「ケジメをつける……人間同士の共食いを、やめさせてでもケジメをつける」
レオンハートさんのその発言は、人間は共食いをするものだと認めてのものだ。
人間らしく、世界大戦の悪意に押しつぶされそうな弱々しいレオンハートさんは、それでも人間の善なる可能性を求めて足掻く。
ならばとても重要なことを、激励がわりに伝えておこう。
「先代魔王は人間の奥方様をだれよりも愛していましたよ」
これは激励ではなく、先代魔王と奥方様を殺した人間に対する嫌味か?
いやいや、これ以上ないぐらいの激励ですよ。
「魔王でも人間を愛せるのならば、人間は人間を愛せるはずだな」
俺の激励がレオンハートさんに伝わってくれた。
先代魔王は善なる人間の奥方様を愛した。
それは人間が人間を愛すよりも、はるかに難しい難行だったはずだ。
その難行を先代魔王は奥方様と越えて行き、十五人の娘を結晶として残した。
人間に打ちのめされた元勇者は、最後は先代魔王に励まされてバーから出ていく。
「奥方様……俺は人間の希望にはなれませんが……俺は人間に絶望まではしていません」
俺は先代魔王と奥方様の愛した娘たちと、奥方様と俺の同族をぶつける気はない。
奥方様……どうか娘たちのついででいいですから、魔界と人間界の行く末を見守っていてください。
〈了〉
ここで区切りですし……どうでもいい話……ささやかな、哲学を語りましょう。
『天使』と『悪魔』についてですが、ファンタジーや宗教的な話は抜きにして、この二つのもととなっているのは人間だと考えています。
基本的に人間は自分を平均かそれ以上に評価する生き物だと仮定して、仮に自分よりも素晴らしい人間を見てしまった場合、自分を人間だと証明するために自分よりも素晴らしい人間を、自分が人間でいるために『人間じゃない』と言いはじめ、『あんな素晴らしい存在が人間の訳がない』と発展し、やがて自分より素晴らしい人間を人外の『天使』と呼ぶことにしたのだと思います。
悪魔も同じです。
自分よりも悪い人間を見てしまい、自分が人間でいるために『人間じゃない』と言い始め、『あんなにも悪い存在が人間の訳がない』と発展し、やがて自分より悪い人間を人外の『悪魔』と呼ぶようにしたのだと思います。
ファンタジーとか宗教とか神秘的存在を抜きにして、人間を中心として『天使』や『悪魔』を考えて出した答えがこれでした。
あくまでも独自の意見であり、私の自分勝手な哲学なのですが……そう考えると、いろいろと納得できてしまうのです。
どうでもいい話でしたね。
さて……最後ですし、作品の今後についても少し語りましょう。
頭の中で構想は何となくできていますが、ちょっと嫌な気分になるかもしれません。
例えば、戦争によってできた死体を媒介に病原菌を育てて『疫病』として使用したり、『負傷兵は死人より役に立たない』と言って敵兵の手足をちぎって送り返し、敵兵に介護させて最後は自分たちの手で負傷兵を介錯させたり、ドラグナーのドラゴンに『人間の戦争に付き合わなくていい』と説得してみたりと……まあ、ダークファンタジーな話になっていきます。
ひどい話なのですが……戦争人間のテーマは『ダークファンタジーでも一番ダークなのは人間でした』です。
そんな人間界の世界大戦に魔王の娘たちが何を思うのかと、戦争人間は世界大戦をどのように掻き混ぜるのかと、世界大戦に翻弄されまくっている元勇者さんがどんな決断をするのかと……いろいろと、考えてはいます。
ただ私は相当に頭が固いですから、ハッピーエンドで終わる戦争なんてあるのか? と思わず考えてしまうタイプですから……どこまで続くのかは不明です。
さて……後書きが長くなりましたが、ここまでにしておきましょう。
最後の一言
「しばしのお別れ」
詠み人 鬱気味の私




