エピローグ 魔王のいない人間界1
続きです。
奥方様のご帰宅と、ショーティアによるメディア戦略。
この二つがここまでの『戦争人間』と言う作品の柱です。
勝手な一言
「人間を愛しているから『食す』のだよ」
詠み人 博愛心理学者
エピローグ 魔王のいない人間界1
ファティマ王国での上映会を皮切りに、俺は世界中でゲリラ上映を繰り返した。
城壁や、山や、湖や、防波堤など、スクリーンになるものならすべて使った。
三ヶ月もすれば、ショーティア=マクレディの五十四年間の人生を題材にした『ヒトのアイダ』は、世界中の人間が知りえるものとなっていた。
いちようティアに配慮し、実名や容姿は修正しておいた。
ショーティアの名前はナデシコに変換し、容姿はエルフでありながらも架空の姿。
それでもエピソードは無修正のノンフィクションであり、ティアことナデシコの境遇は人間の闇そのもの。
人間たちはナデシコを通し、人間の闇を強制的に見せつけられた。
今日はその結果を、とある人物に訊ねるために人間界へ繰り出した。
今回はその人物に配慮する意味も込めて、現代魔王の同席はご遠慮してもらった。
「ずいぶんと、やさぐれていますね」
俺が訪れたのは廃墟のようなバーではなく、バーだった廃墟だ。
この町はとある事件によって、町から人間が消えた。
そんなバーのカウンターに、放置され過ぎて腐ったお酒を飲む男が一人いる。
俺はその男の隣の席に座った。
「ヤクヅツミ……ユーヤ……」
俺を確認する男は、精錬された肉体や滞留する魔力とは裏腹に、完全に疲れていた。
「お久しぶりです、勇者さん」
俺が会いにきたのは、魔王軍の脅威から人間界を救った勇者様。
四年前の奥方様のご帰宅以来の、お久しぶりのリオンハート=ラックフォードさんだ。
「……聞かせてくれないか?」
「なにをですか?」
俺が訊ねにきたのだが、勇者さんが訊きたいのなら答えるつもりだ。
「これは、きみの復讐かい?」
勇者さんは復讐に拘っているようだ。人間らしいですね。
「先代魔王や奥方様を殺した人間に対する復讐だと思うのであれば、それは違います」
復讐なんて、アルベルト王と一緒に終わっている。
「人間が人間を殺しているのは、人間の業によるものですよ」
勇者さんも分かっているはずだ。
仮に四年前、勇者さんが俺を殺していたとしても世界大戦は起きていたと思う。
なぜなら世界大戦を始めた支配者たちが欲したのは、討伐軍が作ってきた権力と利権であり、それ以上の権力と利権を求めて起きたようなものだ。
そこに、戦争人間の俺がかかわる要素はない。
「もしかして勇者さんも、人間でいることに耐えられなくなりましたか?」
「――黙れっ」
はぐらかしたわけじゃないのだが、俺の答えがお気に召さなかったらしい。
現在進行形で世界大戦と一緒に大問題となっているのは、自殺者の大増加だ。
人間の闇を見せつけられた人間たちは、人間でいることが恥ずかしくなり、人間でいることが嫌になり、人間でいることが恐くなり、人間でいることに耐えられなくなった。
そして『ヒトのアイダ』の上映から三ヶ月で、人口の約5%の人間が命を放棄した。
人間の醜悪さを知らずに人間をやっていれば、そのツケは必ず来る。
魔王軍によって隠れていた人間の業が、エルフ少女によって明るみに出た。
「ボクは……ボクたちはこんなつもりで、魔王を討伐したんじゃない!」
勇者さんは純粋に魔王軍から人間界を救いたかっただけだろう。
ところが、いざ魔王を討伐して人間界を救ってみたら人間たちが世界大戦を始めた。
しかも人間に対する人間の扱いが、勇者さんが思っていた以上に凄惨だった。
どれぐらい凄惨だったかも、『ヒトのアイダ』で知ることができる。
「善なる人間も悪なる人間も人間ですから、勇者さんは人間を救っただけですよ」
慰めにもなっていないが、ようするにそう言うことだ。
人間がどんな生物なのかはともかく、人間の勇者さんが人間を救うのは当然ですよ。
「……きみのことだらから、ボクがここにいる理由を知っているのだろう?」
「もちろん、知っています。だから勇者さんの居所も分かりました」
いくら俺でも、人間界の大勢の人間から勇者さん一人を探しだすのは不可能だ。
だけど世界中で戦争やら争い事が起きていても、勇者さんが大量虐殺をしたなんて情報が入れば気づきます。
そして勇者さんがそんなことをしてしまったのは、俺が上映した映画が原因だ。
「はっきり言って、奴隷の強制解放なんて浅はかですよ」
この町で奴隷取引があったわけじゃない。
ただ勇者さんが見かねて解放した奴隷たちが、この町に逃げ込んだのだ。
勇者さんが奴隷を解放したのは、人間に対する人間の扱いに耐えられなかったから。
『ヒトのアイダ』は一切の過大評価のないノンフィクションの現実だと、勇者さんは現場で思い知った。
奴隷たちの現実を見かねた勇者さんは、奴隷解放のために剣をふるったのだ。
しかし勇者さんが解放した奴隷たちは、積年の怨みとして奴隷商たちを殺害した。
奴隷商を殺害した奴隷たちがこの町に逃げ込むと、町の住人は奴隷たちを殺人罪で捌き始め、奴隷たちを死刑とした。奴隷商は多くの奴隷を酷虐させて殺しておきながら、解放された奴隷は奴隷商を殺せば死罪だ。それを解放奴隷が納得するわけがなく、奴隷として扱いを受けてきた人間と、本来なら罪のない町の人間による凄惨な衝突が始まった。
勇者さんは奴隷と住人たちの殺し合いを止めようとしたが、そもそも奴隷を解放したのは勇者さんであり、そもそも勇者さんは罪のない住人の味方だ。
どちらの味方にもならなければならず、どちらの敵にもなってはならない。
解放した奴隷たちは奴隷商を襲い解放奴隷を増やし、町の住人は自分たちの身を守るために兵士を募り、勇者さんの板挟みは悪循環となり、もはや収集のつけようなんてない。
悪循環は他の村や町にまで広がり……止めなければならないと、勇者さんは決意した。
「元凶はボクだった、解放奴隷も善良な住民もなく、拡散を防ぐために町を壊した」
勇者さんの罪の告白。
大量虐殺……解放奴隷と善良な住民の悪循環の拡散を防ぐため、その両方を殺した。
それが勇者さんの大量虐殺だが、それで話は終わらない。
「だから浅はかなんですよ。勇者さんは拡散を防いだつもりでしょうが、この町にいた解放奴隷や住人たちは他の土地へと逃げました。解放奴隷や争っていた住人たちが他の土地へ逃げても、彼らはまた同じことをしますよ。むしろ悪かったところを反省して、より潔癖になります。解放奴隷が犯した奴隷商への罪は消えず、善良な住人たちも同じことを繰り返したくないから、罪を犯した解放奴隷への対応はさらにきついものになります」
勇者さんは大量虐殺をしたと言っても、基本的に町を壊しただけ。
結果として、勇者さんは拡散を防ぐつもりが小規模ながら拡散を速めてしまったのだ。
そして勇者さんに残ったのは、解放奴隷と善良な住人を殺して町を空にした事実のみ。
勇者さんの心が疲れきってしまうのは、むしろ自業自得と言えよう。
「人間の戦争に終焉はない……きみの言葉が、ボクの脳裏に何度も反響しているよ」
四年前の俺との一戦から、勇者さんが学んだことはそれらしい。
すべてが味方ですべてが敵で、どちらも正義でどちらも悪で、それでも全部が人間で。
怨みや悪意は当然あるが、時には怨みや悪意がなくとも人間は争う。
町でこれなら、国となればもっとでかく、世界レベルになると手に負えない。
だから、人間の戦争に終戦はない。
「人間はその種が滅び去るまで、戦争と向き合い続けなければなりません。先代魔王は人魔戦争にケジメをつけました……奥方様も一緒に逝ってしまいましたが……今度は人間が人間の戦争にケジメをつける番ですよ」
人魔戦争の終戦で魔界は先代魔王と奥方様を失ったが、現代魔王により安定した。
人魔戦争の終戦で人間界は討伐軍と指導者を失ったあげく、世界大戦に突入した。
俺の復讐劇で少々複雑化したが、結果だけを見ればチャンスは平等だった。
そして魔族や魔物は共食いを望まず、しかし人間は共食いを始めた。
正確には共食いは始まっていましたね……ティアたちは人魔戦争以前からの被害者なのですから。
人魔戦争以前からのケジメも付けさせる……そんな意味を込めての映画上映だな。
人魔戦争と言うか、先代魔王の存在で自分たちの悪意を隠していた。
先代魔王がいなくなり、俺は隠されていた悪意を表にさらしてみただけだ。
「ユーヤ……きみにそんな気はなくとも、ボクはきみの復讐が――恐い」
勇者さんが震えを隠すためか、腐ったお酒を一気に飲み干す。
不思議だ……先代魔王に弄られていた俺が、先代魔王を討伐した勇者に恐がられた。
人間が本気で恐れるのは、人間だったってことでしょう。
ミサイルを撃ちこむよりも、国民の不満をあおるチラシをばらまく方が、経済的にも安上がりであり、相手へのダメージは大きいです。
例えば守っているはずの国民から、指導者への不満がつのればどうなりますか?
国民は指導者に不信感を抱き、指導者の言うことを聞かなくなります。
しかも国民と指導者は、地位も遠ければ実際に住んでいる場所も遠く、結局その不満を一身に受けるのは現場にいる兵士たちです。
兵士たちは守るはずの国民から『税金泥棒』と激しく非難されますし、石や瓶や小動物の死骸や汚物などが投げつけられることもあります。
守るはずの国民からそんな扱いを受ける兵士は、果たして国民を守りますか?
国と国民の不協和音は、敵国と戦う国家に対してはこれ以上ない大敵です。
国外では敵国と戦い、国内では守るはずの国民に責められるわけです。
しかも国民相手に兵士が武力行使なんてすれば、余計に国家と国民との溝が深まる負の連鎖へと陥ります。
軍事力のぶつけ合いしかしてこなかった国家にとって、戦争人間のメディア戦略は世界大戦を大きくかき混ぜるものです。
そうでなければ、魔王よりも強い勇者がここまで戦争人間を恐れません。
ついでに一言
「本当の『絶望』とは絶望している暇すらない」
詠み人 沈黙をやめた羊




