メディア戦略9
続きです。
ようやくメディア戦略らしいことをします。
勝手な一言
「悪魔の呪文のリリカルは飾りで『マジ狩る』が本命だよ」
詠み人 いずれ魔王の魔法少女
第六章 メディア戦略9
ショーティアの記憶から映画を作り、人間界での活動を始めて一ヶ月が経過した。
シンラで人間界の主だった都市を回り、映写機を設置して行く簡単なお仕事。
ヴァージルとリノアも当然のようについてきたが、ハンニバルの統括決定された大同を守り、人間界で大はしゃぎして遊び回るものの問題は起こしていない。
世界大戦中なので人攫いや賊に絡まれることも多いが、基本的に負けません。
少々呆れたのは、討伐軍で誇り高き騎士だった連中が賊軍をやっていたことだ。
討伐軍の英雄たちも世界大戦で国や生活を失えば、忠誠も騎士道もなく賊になる。
人間の戦争とは本当に醜悪だが、醜悪のままならば潔く滅んでもらおう。
そのための下準備も、ここで終わりだ。
最後の場として選んだのは、人間界でももっとも賢き王が治めていた国の王都。
アルベルト=バルダ=ファティマ前国王が治めていた、ファティマ王国だ。
しかし俺は、アルベルト王への当てつけのためにこの国を選んだわけじゃない。
現国王も優秀だが、前国王の人徳はいまだ健在であり、ファティマ王国は戦時中の人間界でも屈指の治安の良さを誇っている。
もっともアルベルト王が務めていた討伐軍の後任指導者が、醜い利権争いをしたあげく討伐軍を分断させてしまった。
その責任の一端をなすりつけられたファティア王国は、世界大戦の戦火の一部だ。
世界大戦の戦火の一部でありながらも治安を保てるからこそ、俺には好都合。
そしてファティマ王国王城上空……スカイランナーよりも、ドラグナーよりも、人間界の飛行船でも届かないほどはるか上空で、シンラとともに最終確認を行う。
世界各国に設置した映写機とシンラを電波で繋ぎ、映写機の操作環境を整える。
人間界は電波らしい電波がなく、映写機とシンラの周波数は簡単につながる。
「ユーヤってさ、死んでもだれかのためなんて言わないよね」
「ヤシャお姉ちゃんが言うには、ユーヤは恥ずかしがり屋さんなんだってさ」
俺がせっせと準備をしている最中での雑談は構わないが、なぜ俺に話をふる?
「なんのことだ?」
ヴァージルとリノアの話に、心当たりがあるのかないのか……
とりあえず、とぼける。
「ティアの保護責任者になったんだって?」
ヴァージルがにこにこしながら訊いてきた。
ティアとはショーティアのことであり、愛称をつけたのはリノアだ。
俺と一緒にティアを連れてきたリノアとヴァージルは、なにかと気にかけている。
「魔王城で働くにしても、身元も住所も不明の相手は雇えないだろうから、ユーヤがティアの保護責任者になって身元と住所を与えたって、ハンニバル姉様が言っていたよ」
リノアはくすくすと笑いながらことの顛末をまとめていた。
「俺がティアを魔界へ連れて行ったんだ……ならば、身元と住所の保証ぐらいするのが責任だ。それに雇うかどうかはハンニバル次第だし、続くかどうかはティア次第だ」
ティアに対する危険性がないのは明白だが、雇うのであれば問題がある。
魔王城はブラック企業じゃないので、身元不明の住所不定では雇わない。
「そのために、厄ママに必死になって頼み込んだんだよね」
「ユーヤは厄神の子供だからね、保護責任者になるとしても厄神の許可は必要だもの」
ヴァージルとリノアが上機嫌に笑う。
情報の出所はヤシャだな……厄介な連中に厄介なことを吹き込みやがって。
俺が保護責任者であれば、必然的にティアの仮の身柄は厄災の海となる。
厄災の海を仮の身柄とするならば、厄災の海の管理者に許しを乞うのは当然だ。
ヤシャが感染源の『他人の話を聞かない病』によって、その当然の流れを俺がティアのために母さんに頼み込んだと、こいつらは間違った認識をしてしまった。
俺がやったのは当然の――『自分に対する言い訳がないとなにもできない』――ふん。
「そんなんじゃねーよ」
不貞腐れた態度をとってしまい、ヴァージルとリノアは『はいはい』とニヤつく。
こいつら相手に否定しても、きっと『他人の話を聞かない病』で通じない。
「この話は打ち切りだ……ヴァージル、おまえの方は準備できているんだろう?」
不自然な話のそらし方だが、ヴァージルは『はいはい』とニヤつきながら頷く。
「とーぜん。ボクはいつでも準備オーケーだよ」
人間界へ連れて行くのであれば、お手伝いぐらいはしてくれる。
これはヴァージルもリノアも納得しており、今回はヴァージルにお願いする。
シンラをホストコンピューターとして、すべての映写機と無線回線を繋ぎ終えた。
これでシンラが上映を始めると、すべての映写機が連動して上映を始める。
世界各国に設置した映写機には、モニターになりそうな自然物や人工物を使っているが、ファティマ王国はメインなのでここだけは特別仕様だ。
「なら、やってくれ」
ヴァージルにお願いすると、ヴァージルは『えへっ』と笑ってシンラから飛び出す。
シンラのコックピットはシャボン玉のような膜で包まれており、当然シャボン玉のように簡単に割れる代物じゃないが、シンラや俺の意思一つで出入り自由だ。
ここは上空中の上空であり、まさに大気圏ギリギリの範囲。
生身で飛び出せばただではすまないが、魔王様は大気圏ぐらいじゃへこたれない。
シンラから飛び出したヴァージルは俺とリノアに軽く手を振り、自分をアピール。
「いいぞ、ヴァージル! やっちゃえ、やっちゃえ!」
リノアは声援を送り、俺は軽く手を振る。
そしてヴァージルが、台風魔王専用の魔法を唱えた。
『いっくぞー! 爆雲〈グランドクラウド〉』
ヴァージルの魔法によって作られたのは、台風を生み出すための雲。
ヴァージルの雲は渦を作り出し、周りの雲を取り込み巨大になって行く。
巨大な雲を作りだしたヴァージルは、シンラのコックピットへと戻ってきた。
「あと三時間もすれば台風になって雲は全部消えちゃうよ」
ヴァージルは台風魔王であり、風と雨と雲を一つの能力としてしか操れない。
雲だけを作ることはできず、雲は大きくなれば風と雨を伴い台風となって消滅する。
「三時間もあれば充分だよ」
ティアの記憶から作りだした映画は約二時間。上映可能だ。
上映可能とはいえ、地上の様子を確認するためにシンラのモニターで映す。
さすがに大気圏から地上の様子を細かく見ることはできないが、分厚い雲が王都を覆い大勢の人間たちが外に出てきているのは分かる。
それから五分もすれば、広範囲の空が曇ってしまったことを、王都の人間たちは充分に確認できたはずだ。
「良し、俺もシンラも準備はオーケー」
ファティマ王国に用意したスクリーンは、空を覆う巨大雲そのもの。
雲だって台風並みに分厚くなれば映像だって映せる。
もちろん雲に映すための特殊映写機が必要だし、どうしても解像度は下がってしまう。解像度を上げるために上映範囲が狭くなってしまうが、そこは数で対抗する。
世界中に複数台の映写機を、いろいろな角度で設置させてもらった。
ファティマ王国の王都各所にも、シンラ以外の映写機も設置してある。
「では、上映開始だ」
シンラの映写機が発動すると、ファティマ王国を含めた世界中の映写機も連動。
ファティマ王国王都上空に映るのは、臨場感を出すためのカウントダウン。
⑤――
「上映前にお手洗いは済ませましたか?」
④――
「ポップコーンとお飲み物は事前に購入しておいてください」
③――
「お座席はお間違いのないようにご注意ください」
②――
「上映中のお喋りは他のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮ください」
①――
「それでは、ごゆるりとお楽しみください」
題名
『ヒトのアイダ』
作 ニンゲンさん
ようやくメディア戦略らしいことをしましたが、まさかまさかの第六章はここまでです。
ほぼ何もやっていない感は否めませんが、メディア戦略は報じるよりも媒体を作るまでが難しいのです。
それと、次の章はエピローグであり、この作品はいったん終わります。
理由は簡単……書き溜めていたものが尽きたから、です。
ある程度長い作品になったとは思いますが、しっかりと終っていないのでは、見切り発車もいいところでしたね。
ついでに一言
「今でも『ビデオ』の向こうからきっと来る」
詠み人 井戸の底に潜むもの




