メディア戦略8
続きです。
ショーティアは『人間は嫌だ』と強く拒絶しました。
いったいなぜなのかは、話の流れで想像がつきますね。
勝手な一言
「可愛いだけが『正義の味方』なのよ」
詠み人 あなたが決めるヒロイン
第六章 メディア戦略8
ショーティアの強い拒絶は、強い否定から始まった。
「私は、人間に、なりたく、ありま、せん」
「人間は人間にしかなれんよ」
どう足掻いてもそこは変わらない。
だけど会話らしい会話ができているのは、なんとも喜ばしい兆候だ。
「人間には変な習性があってな……自分以外は人間じゃないと思い込むやつがいる。奴隷制度なんてまさにその象徴だ。奴隷に使っているのは人間じゃないのだから、人間である自分たちが使うのは当然だと考える連中だ。人間が人間を自分より下に置くタイプ」
「うぅ……」
いろいろと思い出してしまったショーティアは、美顔を苦痛にゆがめた。
「それともう一つ、自分は人間よりも上等だと思い込むやつもいる。そう言ったタイプの人間は、自分を王だの神だのと言い始める。王様はまだいいとして、人間のくせして神様を名乗るのは滑稽だ。人間が自分を人間よりも上に置くタイプ」
こっちの方は人間界の支配者たちに多い傾向だ。
「人間は人間の下に人間を作り、人間は人間の上に人間を作る」
人間とは、見ていて残酷なほど愉快な動物たちだ。
「上も下もあるかよ、人間は人間だ。どう足掻いても、人の間にいるのが人間だ」
これは漢字を使う東洋の考え方だ。
人間とは、人の間に存在する生き物であり、上と下に人はいない。
その理を、人間は自分たちの手で壊している。
「それでも!」
人間にしかなれないと俺は説くが、ショーティアは声を荒げて拒絶した。
「人間は嫌です……人間は、人間界は……」
これは人間が意図的に作り上げた、上と下に巻き込まれた人間の悲痛な叫びだ。
「人間界は、魔界よりも恐いところです!」
ぽろぽろぽろぽろと、ショーティアは右目から大粒の涙を流す。
「ここに、魔界にいさせてください! 試験体で良いですから! 魔物のエサでも良いですから! 人間じゃなくても良いですから! 人間界に、連れて行かないでください!」
堰を切ったように……いや、ショーティアの感情爆発はまるでダムの決壊だな。
それにしても……。
「魔界よりも恐い世界『人間界』か」
それは人間にとって強烈な皮肉だが、俺が一番恐いのはショーティアのような人間だ。
「人間が生きる権利を求めて魔界を侵略にくる……そんなシナリオが目に浮かぶんだよな」
俺が最悪の中の最悪として想定している、最大級のバットエンドがそれだ。
人間が人間に愛想をつかせて魔界へ逃げ込んでくる……冗談ではない。
しかも人間は、自分たちのために原住民を追い出す習性をもっている。
金脈のありかを知った時の人間たちの行動を見れば、それこそ明らかな事実だ。
「まったく、人間が人間の業によって潰れるのであれば、綺麗さっぱり消え去れ」
間違っても魔界に逃げ込もうなんて考えちゃいけない。
仮に人間の世界が人間の責任で滅ぶのであれば、人間はしっかりと最後まで人間界と一緒に逝かなければならない。
それが自分たちの世界に対する最低限の礼儀だ。
「ユーヤくんって、ホント人間嫌いだよね」
ミヤビにそう言われたが、この手の問答はハンニバル相手にしつくした。
「好きな人間もいれば嫌いな人間もいる、しかし俺は人間に絶望はしていない」
俺自身の話はともかくとして、大好きだった奥方様は人間なのだ。
希望を託せるほど期待はしていないが、あっさり見放すほど絶望もしていない。
「俺は世界大戦を、人間の人間による人間のための戦争にしておきたい。人間は滅んでも良いし救われても良いが、その大前提に杭を打ちたい。大前提に杭を打っておかないと、ショーティアみたいな思想が生まれてしまう。それは魔界のためにならないことだ」
人間界がダメなのであれば、人間は魔界に目をつけずに人間界で滅んで欲しい。
人間界が救われるのであれば、人間はそのまま人間界で繁栄して欲しい。
どっちになるかは、それはやってみなければ分からない。
だから俺は、ショーティアの記憶を使ってやってみるのだ。
どっちに転んだとしても、魔界はなにも失わない。
俺はその状況を真っ先に作り上げておきたい。
「魔界のためね……私たちのためだなんて、ユーヤくんは死んでも言わないわよね」
「ユーヤくんは自分に言い訳を作っておかないと、なにもできない捻くれ者ですよ」
発明魔王と医学魔王が、いつぞやの長女と次女のようなことを言いだす。
「そんなんじゃねーよ」
俺は否定するのだが、ヴィンセントもミヤビも軽く笑うだけで『はいはい』と流す。
「それで、ユーヤくんは……魔界よりも恐い人間界にショーティアちゃんを放り出すと」
ヴィンセントは人聞きの悪いことを言う。
「人間が人間界で暮らすのはむしろ正常だろう? 俺や奥方様みたいな希少な一例に振り回されて、一般例を捨て去ってしまうのは、それこそ危険な行為だ」
魔界とか厄災の海とかで、まともな人間が暮らしていいわけがない。
「それは確かにそうですけど……ふーむ」
ミヤビも俺や奥方様が稀少な一例だと理解しており、ある程度納得もしている。
母親が人間だからと言って、人間を魔界においておく理由にはならない。
むしろ人間は人間界で暮らすのが好ましい。
なぜなら、人間の世界が人間界なのだ。
「それでも、ショーティアさんの心の傷を広げることにもなるわよ」
ミヤビが先生らしい苦言を呈する。
ミヤビはショーティアを治療した主治医なのだから、魔王としてはともかく、医者として言いたいことは山ほどあるだろう。
「人間が人間につけた傷だ。奥方様のように近くにいた人間ならともかく、俺は遠い人間界の人間を特別視する人間じゃない。俺はすべての人間をすべての人間として見ている」
ショーティアにはそれなりに同情もするし、それなりの思い入れはある。
しかし同情や思い入れはあるが、ショーティアはすべての人間の中のすべての人間の一人でしかない。
「言い方は悪いが……俺は超がつくほど偏っている、超がつくほどの平等主義者だよ」
人間は人間であり、すべての人間はすべての人間であると、俺は考えている。
「裕福だろうが貧困だろうが、王様だろうが奴隷だろうが、身分とか立場とか格差や差別はもちろんあるが、どんなになっても人間の土台は人間だ。平等だろう?」
俺みたいなやつばかりだと大問題だが、俺みたいなやつはどこにでもいる。
「戦争が始まると人間はその土台を見失う場合がある。世界大戦なんてことになれば、それこそ足場を失い不安定だ。足場を見失ったのであれば、俺が土台に叩きつけてやる」
少し話がそれてしまったか……確か、ショーティアの心の傷が広がるだっけ?
「人間のショーティアを傷つけたのが人間ならば、ショーティアの傷は人間の傷であり、被害者も加害者も人間であれば、人間の自業自得だよ」
「――――――っ!?」
それが決定打となった。
ショーティアは心がえぐり取られ、目から光が消えた。
そうは言ったものの……奥方様が大好きだった俺にも、ショーティアのような人間にはいろいろと思うところはある。
「さてと――」
俺は残酷なのか、甘いのか、それを決めるのは俺じゃない。
そんなことを思いつつ、俺は軽く左手を振りかぶり、ショーティアにビンタ。
「ちょっと――!?」
さすがにビンタはダメだと、ミヤビが先生として止めに入ろうとしたが、俺は右手で制止させた。
「おい、ショーティア。ハンニバルがエルムの付き人を募集している。エルムは夢遊病が激しくてな……俺も危なっかしくて見てられん。まずは人間の俺を通させたが、その俺に見放されたのならば仕方がない、神様にでも魔王にでもすがりつけば良い。人間は追いつめられると藁にもすがる生き物だ。少なくとも、現代魔王は藁より頑丈だ」
ビンタの衝撃と、付き人募集の報告を聞き、ショーティアの目に光が戻る。
それに、エルムに対しては俺も本気で心配している。
夢遊病での行動範囲が広くなると、姉妹や魔王城の住人ですら保護できなくなる可能性もあるのだ。
一日中とまでは言わないが、それでも専属の付き人は必要だと思う。
「ここは魔界の魔王城。統括魔王ハンニバルの決定には、部外者の俺は口を挟まない」
ショーティアは順番を守ったよ。
魔王城唯一の人間の俺に見放されたのであれば、次は魔界の住人にすがるのが順番だ。
「ハんに、バル……?」
ショーティアの目に光が戻り、意識も戻ってきたのを確認し、俺は定位置に戻る。
「ハンニバル姉さんに丸投げ?」
ヴィンセントがため息交じりにつぶやく。
そう思われても良いけど……ここが魔界の魔王城であれば、最終決定は魔王が下す。
俺は俺の意思をショーティアに伝え、そのついでにハンニバルの悩みを伝えた。
それに、俺は『人間界は魔界よりも恐いところ』発言に人間として傷ついてもいる。
「人間界が恐くないところになったのであれば、ショーティアも帰れるか?」
「……え?」
たぶん初めて、ショーティアは俺の言葉に怯えなかった。
「俺は歪んじゃいるが、人間界が優しい世界になって欲しいと、その願いを捨てるほど腐っちゃいない。人間が人間の業を直視し、ショーティアに『人間界は優しいところ』言わせるぐらい本気で人間界を生きるのならば、俺はそっちを支持する」
これは優しさなんかじゃなくて、愛のこもった皮肉だよ。
人間が人間であるショーティアをここまで追い詰めてしまったのだから、人間が人間であるショーティアを救わなければならない。
「俺はいつだって、すべての人間を救ってくれるすべての人間を望んでいる。これも一つの超がつくほど偏っている、超がつくほどの平等主義者の意見だよ」
俺は世界を滅ぼす気もなければ、世界を救う気もない。
なぜなら人間の俺も、すべての人間のすべての人間のだからだ。
俺は世界を滅ぼす気も救う気もないが、どちらかに転ぶのであれば、そのどちらかに人間としてその気になる。
ただ人間の選択肢の中から、魔界への侵略を消し去りたいだけだ。
そして俺は、どちらかに転ぶのであれば、救われてほしいと考えている。
これでも俺は人間だし、人間が対象じゃなくとも滅ぶよりも救われた方が良い。
自分でも偏っているとは思うが、それが俺のすべての人間の中にいる一人の人間としての答えだ。
「人間が綺麗さっぱり滅んでしまえば人間のいない人間界は恐くないし、人間が綺麗さっぱり救われるのであれば人間がいても人間界は恐くなくなる……『人間界は魔界よりも恐いところ』の前提を消してやれば、ショーティアは人間界へ帰れるか?」
人間が『人間界は魔界よりも恐いところ』を理由に魔界に住みつくのは、魔界を守ることにはならない。
だから俺はショーティアを見放す。
しかしショーティアが人間界に帰ることを前提に魔界にいるのであれば、譲歩する。
もっとも、人間界が優しくなるのはいつになるやら……それは人間次第だな。
人間が人間界で自分の人生を切り開けないのが、人間界の現状でもある。
そんな現状は、人間に人生を壊されたショーティアの方が理解していよう。
「ユー、ヤ……さま……?」
始めて俺の名前を呼んでくれたわけだが……ちょっと、むずがゆいな。
「様はないだろう。どう考えても、俺は敬える対象じゃない」
むしろ人間にとっては目の上のたんこぶであり、不本意ながら世界大戦の元凶だとか人間界では濡れ衣をかけられている。
宣言をしただけで、始めたのは人間たちだ。
「義理とは言え、ユーヤくんは神様の子供でしょう。厄ママが最上級だけど、ユーヤくんの立場は魔界でも上賓客……ユーヤくんと対等以上なのは現代魔王だけよ」
ミヤビ先生のちょっとした小言だ。
魔界でも厄神は魔王と同格であり、厄神の子供は魔王の子供と同格だ。
魔界の住人は母さんのことを『厄神様』と敬い、俺のことを『厄子様』と呼ぶ。
呼び方や礼節は、本人の資質にはほとんど関係なく決まって行くものだ。
「ふむ……でも、ショーティアは人間だしな」
基本的に魔界や厄災の海とも無関係な人間だ。
「別に厄子や魔王に対する敬いや礼節はいらな――くもないか。ショーティアがエルムの付き人になれば、人前だけでもそう呼ばないとダメだな」
無礼講と無礼はまったく違うものであり、私的時間はともかく、仕事中はしっかりと言葉使いや態度などの基本礼節がなければただの無礼者。主人が恥をかく。
ショーティアがエルムの付き人になるのであれば、それ相応の礼節や教養は必要だな。
もっとも、それを決めるのは俺じゃない。
「さてと、ショーティアの答えを聞こうか?」
即決できるものじゃないと思うが、世界大戦はまってくれない。
「やり、ます」
ショーティアはまだ怯えが残りながらも、それでもしっかりと意思を伝えた。
「やらせてください! わたし、頑張りますから、おねがい、します!」
人間界に帰る気はないが、生きる気はあるようだ。
あえて語る気はありませんが、ショーティアの『人間界は魔界よりも恐いところ』と言うセリフには元ネタがあります。
なんて言いますか……場所が問題なのではなく、住人が問題なのだと思います。
ついでに一言
「いつでもどこで『天元突破』」
詠み人 熱血ドリルマニア




