メディア戦略6
続きです。
ユーヤがショーティアのことでヴィンセントの仮眠室を尋ねます。
どうでもいい話ですが、ヴィンセントの仮眠室は和風作りとなっており、日本伝統の茶室にしようか、古き良き昭和時代の家族団らんの畳部屋にしようか悩みましたが、やっぱり大家族なので昭和臭漂う畳部屋にしました。
ちゃぶ台に、座布団に、お茶やオカキなんて、まさに見たこともないのになぜか懐かしいと思ってしまう光景です。
どうでもいい話ですね。
勝手な一言
「だれも『怪獣王』を殺せない」
詠み人 巨大生物研究家
第六章 メディア戦略6
仮眠室にいたのはヴィンセントと夢遊中のエルムの二人だけ。
エルムは眠りながら徘徊し、壁にぶつかりそうになるとヴィンセントが止める。
徘徊しなくなるとエルムはゆっくりと横になり、その場で寝てしまう。
寝ている状態で動きまわり、動き終わると夢游が解消され、そのまま普通に寝てしまう、エルムの困った体質だ。
「夢遊魔王の特性とはいえ、姉としては心配極まりないな」
エルムを悪く言っているわけじゃないが、それでも大変なのは俺でも分かる。
ただふらふらしているだけじゃなく、眠った状態でふらふらとしてしまう。
そこにエルムの意思はなく、自分でもコントロールできない。
「そうだけど……心配だけなら、ヴァージルもリノアも、妹たちはみんな心配よ」
「姉はいつでも妹を心配しているってやつだな……ハンニバルやヤシャもそうだ」
先代魔王や奥方様が亡くなってしまえば、姉はどうしても妹を気にかける。
ヴィンセントも十五姉妹の五女であり、姉よりも妹の数は多い。
普段はオイル臭くてだらしのないヴィンセントだが、それでもちゃんと姉として妹たちのことを案じている。
ミヤビのように大人びていても、それでもヴィンセントにとって妹はいつまでも大切な妹だ。
「その上、手のかかる兄弟みたいな厄子くんのやんちゃが激しくてね……四年前に大怪我して帰って来た時なんて、血の気が引いたわよ」
「それは……大変だな」
他人事みたいに言っているわけじゃないが、ヴィンセントの心労は深刻だった。
先代魔王と奥方様が亡くなったあげく、俺までいなくなるなとハンニバルから何度も忠告を受けた。今にして思えば、ハンニバルから忠告を受けるってことは、姉妹全員の統括意見と判断しても間違っていない。
さらにヴィンセントは発明魔王として、俺の分身でもあるシンラのダメージを知ることで、ミヤビとは違う視点から俺のダメージが分かる。
ミヤビと同じぐらい、俺に対して言いたいことは多かろう。
「いっそうのこと、その厄子くんを思い切って改造しちゃおうかしらって、本気で考えたぐらいよ。ハンニバル姉さんに相談して、姉妹全員での統括意見を出してもらおうかと、それぐらい本気よ」
ハンニバルの統括意見は姉妹全員の決定でもあり、大同で俺の改造が決まる。
「まあ、あれだ、ハンニバルの統括決定はともかく……改造って……いよいよ生物と機械の融合にまで着手したか?」
「着手と言うか、現在進行形で研究中よ」
俺はヴィンセントがマジでハンニバルのもとへ行く前に、軽く受け流すつもりで聞いたのだが……冗談じゃなくて?
「ユーヤくん、私はね……私たち現代魔王はね、魔王に比べて一瞬の寿命しかない人間の友人に、せめて自分たちと同じぐらい生きて欲しいのよ」
「おいおい、魔王の尺度で人間の寿命を計るなよ」
寿命が定まっていない魔王と、百年も生きられない人間の寿命差なんて、嘆いても仕方のないことだ。
しかしそれで納得できるほど、魔王は聞き分けが良くない。
人間を含めた生物界の絶対的法則に対し、魔王は簡単にケンカを吹っ掛ける。
「人間なんて滅んでくれても一向に構わないけれど、ユーヤくんだけは人間を捨てさせてでも残すつもり。だけど父上が母上を人間のまま娶ったように、ユーヤくんを魔族にする気は私たちにもないのよ。厄神になってもらえると嬉しいけれど……人間はどうやっても神様になれないことは、ユーヤくんが一番良く分かっているはずよ」
ヴィンセントもずいぶんと分かりにくいことを言っている。
リノアやヴァージルはもちろん、そこにいるエルムでは頭が爆発するだろう。
だが、不老長寿の話なら……だれかを不老長寿にしたいと思う気持ちは分かる。
「だれだって若いまま長く生きたいし、しかし自分だけ若いまま長く生きても楽しくないし、ならば相手を自分と同じレベルに押し上げる……俺を魔族にしたくないのは、魔族以外の価値観を有しているからこその俺だから……そんなところか」
価値観の違いで仲違いする場合が多いが、本来は価値観が違うからこそ楽しいのだ。
同じ価値観を共有するのは大事だけど、価値観が違わないとお互いに惹かれることはなく、友人や恋人とも言えない気の合う相手で終わってしまう。
「ユーヤくんは私たちに人間らしくならないで欲しいと言っているけど、私たちもユーヤくんには魔族らしくなって欲しくないんだよ。逆に言えば、人間のユーヤくんに固執しているわけじゃない。魔王でも魔族でもないユーヤくんに固執しているのよ」
なんとも……俺が言えた義理じゃないが、なんとも不思議な価値観の持ち主だ。
俺が言えた義理じゃないから、ヴィンセントの価値観になにも言えやしない。
俺が言えた義理じゃないから、むしろ人間らしい考え……なのかもしれない。
人間らしくは困るが……この手の考え方ができるのは、奥方様が人間だからだ。
「悪いけど、それでも俺は改造人間になる気はないよ」
人間として生まれたのであれば、俺はしっかりと人間として死んでいくつもりだ。
若い考えかもしれないが、とりあえず今はそのつもりだ。
「発想を変えましょう。改造されても改造人間は人間だと考えてみましょう」
「なるほど! なんて、なるわけがない……ヴィンセントの改造は、機械のメンテナンスに近いものだろう。さすがの俺もそこまで踏み込む度胸はないよ」
ものは言いよう、なんてレベルじゃないことぐらい分かっている。
下手にヴィンセントの改造を受け入れると、左手にサイコガンとか、足をキャタピラにされたとか、頭部が分離して飛びまわるとか……もはやなにこれ? って、感じになる。
さすがにそれはきつい、と言うか、なにかが痛い。
「カッコいいと思うんだけどな……せっかく臨床試験も進んでいるわけだしね」
ヴィンセントが、聞き捨てならないことを、軽くつぶやいた。
ちょっとまて……臨床試験も進んだ?
「おい……まさかとは思うが、ショーティアを使った臨床試験って」
ものすごく、いやな予感がしてきた。
そして、ピンポン――っと、なんともありがちな仮眠室のインターフォンが響く。
『ヴィンセント姉様、ショーティアさんを連れてきました』
仮眠室の出入り口から聞こえてくるミヤビの声。
「あいているわよ」
ヴィンセントがミヤビに入室を許可すると、スライド式の扉が開く。
あのエルフ少女に……サイコガンか? キャタピラか? 頭部分離か?
俺は恐る恐る、ミヤビと一緒に入室してきたショーティアに視線を送った。
「な――にっ?」
ショーティアの変わり果てた姿を見て、俺は驚愕した。
発明魔王ヴィンセントと医学魔王ミヤビが、臨床試験の結果を俺に見せつけた。
戦争人間により悲惨な過去を取り出され、映画をつくられたショーティア。
魔王により臨床試験の試験体にされてしまったショーティア。
奴隷少女の底辺からのさらに行き着く先がこの状況ですが……半分ネタバレをしてしまえば、私の考えるダークファンタジーでもっともダークなのは人間です。
ついでに一言
「本物の悪鬼は金棒ではなく『拳』で決める」
詠み人 拳を極めし者




