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戦争人間  作者: ジュリー
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メディア戦略4

続きです。

エルフ少女の記憶を夢として取り出す作業に入りましたが、エルフ少女はどんな記憶を持っているのでしょうか?

勝手な一言

     「胸に『北斗七星』こそ無敵だ」

                 詠み人  北の末っ子

 第六章 メディア戦略4



 エルムは俺とオセロをしてトランプをして、一通り遊んだ今は俺の膝の上で上機嫌にお歌を歌う。

 基本的に東洋の童謡を歌うのだが、教えたのは母さんだ。

 これには理由があり、さすがの奥方様も十五人の子守りは難しく、母さんも厄ママとして俺と一緒に姉妹たちの面倒を見ていた。

 そして奥方様は本を読み聞かせることが多く、母さんは歌を歌うことが多い。

 ハンニバルの絵本好きは奥方様の影響であり、エルムの歌好きは母さんの影響だ。

「うぅぅぅ――」

 そして聞こえたのは、エルムの綺麗な歌声ではなく、悲痛なうめき声。

「ん? できたよ」

 その悲痛なうめき声がなにを意味するのか、真っ先に理解したのはエルムだ。

 エルムは俺の膝から降りると、そのまま眠っているエルフ少女へと近づく。

 エルフ少女に群がっていた蝶は飛び立ち、俺の周りをひらひらと舞う。

「ユーヤの欲しい夢はこの()たち綴ってくれたよ」

 エルムの夢遊能力により(ちょう)()の主導権が俺に託されたらしい。

 後はこの蝶夢をシンラにインストールすれば、俺の目的は完了する。

「うわぁうあぁぁぁぁぁぁ……」

 俺の目的は終了するのだが、エルフ少女の方はそうでもない。

 壊れた心とはいえ、夢として記憶が流れ込めば異常は出る。

 もっとも異常が出たところで、これ以上壊れるものもない。

「悲しい事でもあったのか?」

 エルムが横になったままのエルフ少女を覗き込む。

 いつもなら『私を買ってください』と繰り返すのだが、今回は違う。

「い。り、を……け、い、き……い。さ……くだ――」

 うわごとであり、言葉の羅列だが……意味不明な言葉の羅列じゃない。

 耳をすませれば、言葉の順番はかなり雑だが、文になっているのは分かる。

 やがて声にすらならなくなったが、唇は健気に動いている。

 俺は読唇術なんて高度な技術は持っていないが、それでも伝わることもある。

「うあぁう、うぅあぁうぅ……」

 そして再び、小さな悲鳴とともにうなされ始めた。

「ユーヤたちはもう帰るの?」

 理由はともかく、エルムも俺がエルフ少女の夢を取りに来たことは理解している。

 用件がすめばそのまま帰るとでも思っているのだろう。

「いや……俺はエルムと遊びにきたのであって、目的はこっちじゃない」

 エルムの能力を借りにきたのは事実だが、俺はエルムと遊びにきたのだ。

 目的の優先順位を吐き違えるほどふらついてはいない。

「それなら、またお歌を歌うね」

 エルムはにっこりと笑い、歌を歌い出す。

 歌っているのは童謡というより人間賛歌のようであり、それは意味も分からず苦しんでいるエルフ少女を元気づけるためのもの。

 俺は聞いているのかどうか分からないエルフ少女と、エルムの歌を楽しんだ。


 ***


 気がつけば一日中エルムと夢の中で遊びつくし、起きたのは日付が変わる頃だ。

 眠っていたとはいえエルムとぶっ通しで遊んでいたためか、ちょっと疲れた。

 俺は仮眠室の床に転がされた状態で、エルフ少女は布団で手厚く寝かされている。

 エルムはヴィンセントかミヤビに手を引かれるように、自室に戻ったのだろう。

 悪戯はするなと注意はしたから文句もないが、それでも毛布一つかけることなく床に放置されていた事実に、若干悲しみを覚えたが……俺の目的は達した。

 俺の周りにはエルムの夢のからついてきた、エルフ少女の記憶を綴った(ちょう)()が数匹。

「シンラのもとへ行ってくれ」

 エルムの代わりに俺が蝶夢に命じると、蝶夢はひらひらと飛んでいく。

 おっと、窓を開けてやらないと……。

 生物とも言えない夢の産物だが、現実では蝶なので物理障壁は越えられない。

 窓を開けようと思ったが、そんな必要はなかった。

「良い夢は見られた?」

 窓を開けてくれたのは、仮眠室の持ち主でもあるヴィンセントだった。

 こんな時間まで、なにやら作業をしていたらしい。寝る前より汚れていた。

「ミヤビと相談したんだけどね、そのエルフ少女を試験体にして良いかしら?」

 試験体とは……穏やかじゃないことをいきなり言う魔王様だ。

「臨床試験の協力者がなかなか見つからなくてね……それに不謹慎だけど、このエルフ少女は放っておいても死んじゃうわよ。肉体も精神も生きることを望んでおらず、ユーヤくんとしても記憶が取り出せたのであれば、その子は不要でしょう?」

 ヴィンセントやミヤビのような、魔王な学徒らしい意見だ。

 どんなにすごい技術や医薬品も、結局最後は人体での臨床試験。

 他の動物で安全性をどんなに確保できたとしても、人体に影響がないかどうかは使ってみなければ分からない。

 ならば風前の灯でも、生きている相手で臨床試験するほうが今後のためになる。

「いちようユーヤくんに訊くけど、そのエルフ少女をこれからどうするつもり?」

「そうだな……普通に考えれば魔界にいるなんて嫌だろうから、俺は彼女を人間界に帰してやるつもりだ。もちろん、奴隷の身分からも解放する。彼女は自由に生きれば良い」

「一般的な意見ね。でも不可能だって、分かっているのでしょう?」

「もちろん、分かっている。肉体も精神もこんな状態だ。人間界で人攫いに捕まり、奴隷として売っても買い手がつかないから、廃棄されるかばら売りかが妥当だろう」

「人間界のヤンでる具合は、ユーヤくんが一番理解しているものね」

 魔界にいる魔王でも分かるほど、現在の人間界はデレもなくただヤンでいる。

「比較的治安の良い場所にでもお願いするさ……人間界にもそれ以外の人間に対する人権を訴える教会がある。その教会の代表の一人が、聖女様なのが安心の強みだ」

 魔王の娘としては複雑だろうが、聖女様とは勇者のパーティーの一人。

 四年前に俺と戦った、ソフィア=メルティ=フランシスさんだ。

 聖女様は人間を傷つけるための魔法は使わず、世界大戦終結と奴隷解放に尽力中。

「父上の討伐に貢献した聖女様に、かわいそうなエルフ少女を保護してもらうわけね」

「それが一番良心的だよ。人間の恐怖の対象のような魔王が住まう魔王城よりも、奴隷解放に尽力している教会に引き渡すのが人道ってもんだろう」

 エルフ少女にとっても、奴隷解放と教会への保護要請は悪いことじゃない。

「それが良心的で人道的だとしても、エルフ少女のためにならないと知っていてやるのであれば、ユーヤくんって本当に慈悲なんて持ち合わせていないのね」

 ヴィンセントは笑いながら、俺には慈悲がないと言う。

 俺を無慈悲なやつと揶揄した。

「心外――どころか、その通りだ」

 ヴィンセントが俺を無慈悲なやつと揶揄するならば、俺はその通りと頷ける。

「東洋人的に言うとさ、切腹した相手を介錯するのは慈悲か無慈悲かの違いだよ」

 切腹した相手に『死ぬな、生きろ』と激励するのが正しいのか、切腹による痛みと苦しみから解放するために介錯をするのが正しいのか……はて、どちらが慈悲深いのやら。

 だから俺は最終的に自分の判断で行動する。

 正しかろうが間違いだろうが他人の判断で行動されることほど、相手にとって無慈悲な選択なんてありはしない。

「それで? 良心や人道を抜きにした、ユーヤくんの判断はどうなのかしら?」

 俺の心根をある程度察しているヴィンセントは、俺の意見を求めてきた。

 俺の自分勝手な判断を出すとすれば、それはもう決まっている。

「俺の判断を含めて、魔王が人間の都合なんて気にしちゃいけない」

 良心とか人道とかいろいろあるけれど、魔王が気にすることじゃない。

 魔王は人間らしくならないで欲しいが、俺が最初から決めていた最終判断だ。

「決定ね」

 俺はヴィンセントの意見を認め、ヴィンセントはエルフ少女を車いすに乗せた。

 ヴィンセントは車いすに乗ったエルフ少女と一緒に、仮眠室から出ていく。

 仮眠室で一人になった俺は、エルフ少女の最後の声を思い出す。

「生きる権利をください、か」

 驚きはしないが……俺でも胸が痛む願いだな。

 肉体も精神も生きることを望んでいないくせに、それでも生きる権利を求めた。

 そうだな……俺のやり方で良ければ、きみの生きる権利を叫ぼうか。

苦しみからの解放は慈悲ですか?

それとも苦しみながらも生きろと叫ぶのが慈悲ですか?

生きて欲しいと願いたいところですが……簡単に答えなんて出ませんよ。

簡単に答えなんて出ないから、議論しても『この話はここまでにしましょう』とやんわりと周りの方々は話し合うのを拒否します。

 特に小中学校に多いですね。

 道徳の授業で生徒に『安楽死』について議論させるにもかかわらず、時間が来れば先生が見切りをつけます。

 時間が区切られているのだから仕方がないと思いつつも、なんのための授業なのでしょうかと、さらに大人の先生が拒否しているじゃないですかと、子供ながらに思いました。

 どうでもいい人には、本当にどうでもいい話でしたね。

ついでに一言

     「我が『天驚』ここにありっ」

                 詠み人  東の達人

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