メディア戦略2
続きです。
十一女のミヤビが再登場し、名前だけ出ていた五女のヴィンセントと十三女のエルムが登場します。
勝手な一言
「最弱の能力などこの世にありはしない」
詠み人 停止世界の友人
第六章 メディア戦略2
ハンニバルが言うには、エルムは機械工学研究所の仮眠室にいるらしい。
そこはミヤビの生まれた部屋でもあり、そんな経緯もあってか、ミヤビとこの仮眠室の持ち主のヴィンセントは仲が良い。
さらにミヤビとヴィンセントは医学と機械工学で違いはあるが、学徒としてお互いの研究について意見交換をしている。
今回もそれが目的のようで、意見交換中にエルムを保護したらしい。
エルフ少女を連れて仮眠室に入ると、ミヤビがエルフ少女の診察を始めた。
医者の習性というものか……弱った生き物をみると診察したくなるようだ。
「ひどいものね。傷が多いのもそうだけど、傷に対する処置がされていない。傷薬をぶっかけた程度で、傷が化膿しても切り取っただけで放置されている。切り取ったのも医者じゃなくて素人ね。たぶん、痛むから自分で切り取ったんじゃないかしら」
そしてミヤビの診察中も、エルフ少女は『私を買ってください』を繰り返す。
「肉体どころか精神も壊れているわね」
医者じゃなくとも分かってしまうことを、ヴィンセントは改めて指摘した。
本当なら艶と光沢を帯びた長い金髪は、オイルで汚れている。十五姉妹でもトップクラスのけしからんスタイルを誇りながらも、着ているのは薄汚れた作業着。美顔には煤付きのゴーグル。強烈な金属とオイルの臭いもする。美しいのに残念な発明魔王様だ。
「ハンニバル姉さんから話は聞いたけど、手当てを受けてからの方がいいわね」
ヴィンセントの意見にミヤビも賛成なようで、回復魔法と点滴注射での治療を始めた。
俺もいきなりだとエルフ少女の身体が持たないと思うので、ミヤビ先生に任せる。
「治療が終わるまで、桜餅でもいかがかしら?」
仮眠室には冷蔵庫も完備されており、ヴィンセントはお茶とお菓子を用意した。
俺はヴィンセントの好意に甘えて、ちゃぶ台の前に正座する。
ヴィンセントの仮眠室はまさかの和風作り。畳と襖とちゃぶ台だ。
「ハンニバルから話を聞いたって……俺はすぐにここにきたのだが?」
ハンニバルが仮眠室の二人と話をするのは、通信魔法でも使わないと無理だ。
「先週から魔王城の各施設に内線を引いたの。魔界全体に通信回線を繋ぐためには衛星でもうち上げないとだけど、それはまだできないから電波塔を建てて広げていく予定よ」
そう言いながら、ヴィンセントは仮眠室の隅に設置された通信機を指さす。
「魔界の文明改革は凄まじいな……通信機なんて、科学に疎い人間界には存在しない」
ヴィンセントと軽くじゃれ合いながら桜餅に齧りつくが、ふと背中から気配を感じた。
ミヤビかと思って振り返ると――くぱっ。
大きく口を開けた少女が俺の齧っていた桜餅に、逆側から齧りつく。
そのまま半分以上もっていかれ、結局俺は桜餅をそんなに食えなかった。
「むぐむぐむぐ……んっぐん」
桜餅を咀嚼して飲み込むこの少女こそ、魔王十五姉妹十三女のエルム。
クリーム色の髪はナイトキャップに納められ、凹凸の少ない身体とすべすべの手足はピンク色のナイトドレスが包んでいる。幼い顔にはぷにぷにのほっぺたとふにふにの唇。
小動物形の可愛さのあるエルムは、ふらふらとちゃぶ台周りを徘徊する。
徘徊して近づいてきたエルムを、ヴィンセントはそっと抱きとめた。
「相変わらずの、夢遊病か」
十三女のエルムは、眠気と夢を司る夢遊魔王。
一年のうち大半を眠った状態で過ごすエルムは、眠った状態で行動する。
自室で眠っていることがほとんどだが、不定期に動きだすため油断ならない。
エルムも就寝前に内側からカギを閉めるが、夢遊病でもカギを開けてしまう。
そのまま魔王城を徘徊し飲食もするが、転んだり壁にぶつかったりと危険も多い。
「最近行動範囲が広がってきたけれど、束縛はしたくないのよね」
ヴィンセントたちも、夢遊病が激しくても外側からカギを閉めて閉じ込めない。
それに厳密に言えばエルムの夢遊病は病気じゃなく、眠気と夢を司る能力の一部。
「それで、魔王城の眠り姫になにをさせたいのかしら?」
眠りながら甘えてくる妹姫をあやしながら、ヴィンセントが訊ねてきた。
「エルフ少女の過去を取り出し、シンラにデータとして保存する」
「過去を取り出して、シンラくんに?」
ヴィンセントが首をかしげるが、説明するよりも速くミヤビの治療が終了した。
「なにをしたいのかは知らないけど、この子の精神がもつかしら?」
治療をしたからと言ってエルフ少女の身体や精神が完治するわけもなく、さすがのミヤビ先生も完全に失ってしまった肉体や心は治せない。
しかし肉体はともかく、心がここまで壊れてしまっているからこそできると思う。
「夢は脳にある情報や願望が見せているものだ。ようするに記憶であり、エルムの能力を使えば眠っている相手から記憶を取り出すことができる。本人も忘れている記憶がよみがえるため錯乱しかねないが、錯乱するほどの心がこのエルフ少女にはない」
確実とは言わないが、悪い賭けではない。
夢見におちいった無防備状態の脳から、夢となりえる記憶を抜きだす。
取り出した夢は記憶の塊であり、その記憶をシンラで保存や編集もできる。
「エルムなら可能だけど、そこまでして欲しい記憶をこのエルフ少女が持っているの?」
ミヤビはエルフ少女を治療したが、診察と治療では記憶に価値を見いだせない。
記憶の価値については俺も賭けに出るしかない。
宝箱の中身は分からないのが普通だ。
「ダメもともアリだ……ヴィンセント、奥の布団を借りるぞ」
ある程度動けるようになったエルフ少女を奥の部屋に連れて、布団を敷いて寝かせる。
すでに布団が敷かれていたが、これは徘徊中に保護されたエルムがさっきまで使っていたものだろう。
いきなり寝ろと言っても無理だろうから、そこは薬の力に頼ろう。
前に使った香水の入っていない香水スプレーを、エルフ少女の顔に吹きかける。
「ユーヤくん、あなたまた私の薬棚からクロロホルムを持ち出したわね?」
ミヤビ先生がかなり不機嫌だが、少々訂正したい部分がある。
「正確には薬棚じゃなくて、ミヤビ先生の薬の仕入れ先からクロロホルムを若干多めに送ってもらっただけですよ。もちろん、その分の上乗せ料は払っておきました」
俺が使う分もまとめて仕入れただけ。
ミヤビ先生の薬棚からくすめたわけじゃない。
「さすがに意識のない女の子と一緒に寝る気はないから、俺は床で良い」
一緒に寝ていいのならそうするが、精神崩壊と夢遊病が相手では意思確認もできない。
「あとで叱ってくれて構わないけど、寝ている間の悪戯はやめてくれよ」
性的な悪戯も困るが、寝ている間の落書きはいろいろとがっくりとくる。
俺が寝ている間に、ヴァージルとリノアがやってくればそれこそ良い玩具だ。
それだけ注意を残し、俺は自分でクロロホルムを吸い込む。
眠ると言うよりは意識が薄くなるものだが、脳が無防備になるって意味では同じ。
俺はクロロホルムの効果に逆らうことなく、自ら深々と意識を沈めていった。
現代魔王の名前でピンときたあなた、たぶん正解。
ピンとこなかったあなたは……某ゲームでマッドサイエンティストに改造された銃使いと、某ホラー映画で夢の世界で殺人を繰り返す鉤爪の怪人が住んでいた町が、五女と十三女の名前の由来です。
ついでに一言
「無抵抗は世界を一変させる超暴力になることもある」
詠み人 超無抵抗暴力主義者




