奴隷少女5
続きです。
第五章はここまでです。
二千万の男と結婚したい女性のどうでもいい話を、後書きで語ります。
スルーしてくれて構いません。
勝手な一言
「俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない――」
詠み人 某ゲーム会社のプロデューサー
第五章 奴隷少女5
生臭さと鉄臭さの異臭漂う奴隷市の裏通りは、さらに気分が悪くなるぐらい醜悪。
虫や小動物の死骸や汚物が平然と転がり、人間はいるにはいるが、人間の中にゴミがあると言うよりもゴミの中に人間がいる状態。
ゴキブリやネズミたちをライバルに、激しいゴミあさりをしている連中もいた。
「こんなになっても人間生きていけるって、ある意味すごいよね」
「山奥とかジャングルの方がまだ希望がありそうだものね」
ヴァージルとリノアは的外れな感想を述べているが、確かにそうだ。
町の中にいるのも関わらず人間の中で孤立するよりも、大自然に放り出された方がまだ精神的には楽かもしれない。
人間なのに人間にゴミ扱いされるよりマシだろう。
それでも生きているのだから、ここにいる人間たちは悲しい意味でたくましい。
それにしても……奴隷商のおっさんの言う通り、ここの露天商は粗悪品が多い。
売っているのはすでに奴隷ですらなく、人間だったものの肉片の一部。
頭、腕、足、胸、骨、内臓、血液……余すことなくばら売りされている。
こんなものを買うのは死体収集癖のある変人か、家畜のエサ用に仕入れる変人か、畑を作るための動物性肥料として使う変人か……変人ばかりだな。
「話は変わるけど、リリィが食用動物の解体はもっと広く知るべきだってさ」
リノアがばら売りされている肉片を見て、食材の話を始めた。
リリィとは味覚と調理を司る料理魔王。十五姉妹の十四番目の娘だ。
勝手に野菜が育つわけでもなく、肉や魚が勝手に食卓に並ぶこともなく、野菜を育てるための苦労や、肉や魚からはまさしく命をもらっているのだと、熱く語っていた。
賛否両論いろいろあるのは事実だが、生き物から命をもらっていると理解するには、やっぱり生きた食用動物の解体から加工までを見てもらうのが一番だ。
それらを理解しての『いただきます』が、食材に対する最低限の礼儀だそうだ。
その意見には賛成だけど、いきなり生きた食用動物の解体ショーを見せられると、さすがに『いただきます』どころか『いただけません』となりかねない。
難しい問題だが、そういう問題にも直視するからこその料理魔王なのだろう。
「リリィの手料理が食べたくなってきた」
ヴァージルがもの欲しそうにつぶやく。
魔王一家の食卓を担うのもリリィであり、姉妹にとってリリィの料理は家庭の味。
もっともリリィがただの料理人なら問題ないが、リリィの料理は魔王の料理。
異常なほどうまいリリィの料理は、強烈なまでの依存力を持っていた。下手な麻薬やアルコールなどとは比べ物にならず、リリィの料理以外なにも食べられなくなってしまうほど依存してしまう。
リリィ料理依存症やリリィ中毒と呼ばれ、もはや病気扱いだ。
俺もリリィ料理依存症になり、治すためにミヤビは俺の味覚を遮断した。
うますぎるのは逆に危険と理解したリリィは、うま味を調整する技術を身に付けた。
リリィから学んだのは、極端な能力は手料理一つが強力な武力になるってこと。
人間にはきついリノアとヴァージルの料理雑談を聞きながら、俺は露天商の品定め。
ほとんどばら売りだが、なかには動いているものもいる。
動いていると言っても、がりがりに痩せていたり、大きな火傷や傷があったり、蛆が湧いているものもいた。なるほど、中古どころか粗悪品だ。
「表の奴隷市でも思ったけど……売られている人間たちって、傷害が多くない?」
リリィの料理雑談を終えたヴァージルが、路地裏の奴隷と人間の俺を見比べた。
体格や性別の違いは当然であり、栄養失調や衛生面も育った環境の違いによるものだが、ここにいる奴隷は人間としての身体機能を果たしていないものが多い。
目や腕や足がなく、一人で立ち上がれないものもいる。
「見せしめでやられたのかな?」
リノアの言う見せしめとは、ほかの奴隷たちに恐怖を植え付けて支配するために、一人の奴隷を拷問するやり方だ。
原始的な方法だが、実行しやすく効果もある。
リノアの答えは正しいけれど、それだけが答えじゃない。
「見せしめもあるが……それ以外の人間たちは、自分で傷をつける場合が多い」
人間の奴隷は見せしめや懲罰のために傷物にされることが多いが、魔物にされてしまったそれ以外の人間たちは他にも理由がある。
「どんな場合?」
リノアが訊いてきたが、説明するほど難しいものじゃない。
「人間に紛れ込む場合だ。耳の長いエルフは耳を斬りおとし、鼻と髭が特徴のドワーフは鼻を砕き髭もそり、スカイランナーはその翼を自分でへし折る……人間に捕まらないための、まさに身を斬る苦肉の策さ。それでも捕まる時は捕まるし、商品価値の下がった奴隷に対する扱いは悲惨なものだ。傷物からさらに傷物へと、どこまでも落ちて行く」
自傷行為に及ばなければならないほど、それ以外の人間は追い込まれ、それで捕まれば商品価値の低い傷物として取引され、どうせ傷物ならば傷をつけても問題ないとされる。
傷物となり中古で売り出され、中古として買われて、さらなる傷をつけられて、使い物にならなくなったら傷物の傷物として再び中古として売り出され、傷物の傷物として買われ、傷物の傷物にさらなる傷をつけて……地獄のような繰り返しが横行していく。
裏通りの露天商ともなれば、繰り返しの繰り返しによる底辺と言えよう。
「奴隷に厳しいリサイクルってやつだね」
ヴァージルにその気はないだろうが、なかなかの皮肉が込められた現状理解だ。
繰り返しの繰り返しの最終地点が、血肉のばら売りなのは人間のエコロジーだ。
それでも穴場には違いなく、二人を連れて裏通りの奥へと進んでいく。
裏通りでも人攫いはいるらしく、物陰から俺たちを襲ってきた連中もいた。
そんな連中は丁寧にご退場願い、彼らにとって不要となった現金は市場に流すためにもらっておき、彼らにとって不要となった衣服や物品は裏通りの住人が回収し、彼らにとって不要となった肉体は路地裏の商人たちが引き取って行く。
ふむ……ここでのご退場は、魂以外は全部持って行かれることらしい。
さて、取り立てて説明することのない襲撃を何度か受けてから、たどり着いた。
そこは二十にも満たないであろう、若い男性店主が構える露天商。
売っているのはばら売りの血肉と、ギリギリ生きている奴隷が数名。
それだけなら他の露天商と変わらないのだが、この店には目玉商品があった。
「お兄さんどうです? うちは逸品があるよ」
若い店主は不衛生な悪臭と頭垢を放ちながら、焦げた顔に笑顔を張りつけていた。
「多少傷がついちゃいますが、エルフですよ」
若い店主が差し出したのはぼろい布を包帯のように纏った少女。手入れのされていないちりちりの髪に、左目をぼろい包帯で覆い、手足は枯れ木のように細く、身体全体はなんとも薄っぺらい。顔の輪郭はエルフ特有に整っているが、顔貌は泥と傷で見る影もない。
さらにこのエルフ……両耳が千切れていた。
商品価値を求める奴隷商がエルフの耳を切るとは考え難い……自分でやったな。
人間に紛れるために両耳を千切り、それでも捕まって傷物にされた典型だ。
「エルフって、こんなんだっけ?」
ヴァージルがイメージと違うエルフ少女の顔を覗き込むが、少女に反応は皆無。
「――さぃ――」
反応のない少女だが、なにやらぼそぼそと言っている。
俺はヴァージルを下がらせ、少女の口元に近づいて耳をすませた。
「わたし、を。かって、くだ、さぃ」
よく聞き取れないが……『私を買ってください』って言っているな。
「どうです。この子もお兄さんのことが気に入ったようですよ」
店主がここ一番に売り込んでいるが、お客にウソをついてはいけない。
「このエルフ少女はそれしか言えませんね?」
「いえ……あの、そんなことは」
俺の指摘を否定する店主だが、今度はリノアが少女の顔を覗き込む。
「わたし、を、かって。くだ、さ、い」
さっきと呂律が違うが、間違いなく『私を買ってください』と言っている。
どうやらこのエルフ少女は、顔を見られるとそう言うようになっているらしい。
「これってどんな感じ?」
リノアが少女についての説明を、店主ではなく俺に求めてきた。
「転売に転売を繰り返された結果だな。買われて売られて買われて売られて……どこで狂ったかは分からないが、こいつは売られることが前提で生きてきたのだろう。買われてもすぐに売られてしまうが、買ってもらわないと生きることもできず、買われてもすぐに売られるから『私を買ってください』以外の生き方を忘れた。そんなところだろう」
俺が説明したところで分かるものじゃないが、おおむね間違っちゃいないと思う。
しかしリノアとヴァージルは首をかしげてしまう。
もっと分かりやすく説明するとすれば……。
「おもちゃにだって壊れ方がある。スイッチを入れても動かないおもちゃは完全に廃品だけど、スイッチを入れると遊べないが動くおもちゃがガラクタだ。このエルフ少女はガラクタのほう……まともに動かないが、スイッチは入る」
奴隷としては使えないが、顔を覗けば『私を買ってください』と繰り返す。
完全に壊れて動かないわけじゃなく、壊れてまともに動かないのだ。
「ガラクタでは奴隷にもならず、傷物では飾りにもならない。前の主人がガラクタを廃品として捨てたものを、あなたが拾ったってところでしょうか?」
「あっぅ……」
図星だったらしい。
廃品として捨てられた奴隷は捌いてばら売りするのが主な流れだが、傷物でもまだ動くエルフなら売れるかもしれないと、商品として並べたのだろう。
「拾ったガラクタを……銅貨十枚?」
エルフとして見れば超お買い得だが、こんなガラクタではぼったくりだ。
「まあ良いですよ……せっかくここまで来たのですから、銅貨二枚で買いますよ」
「え? 買うの?」
ヴァージルがエルフ少女を人形のように擦りながら首をかしげた。
もっとも店主の反応はもっと愉快だ。
「いや、銅貨十枚です! エルフですよ、エルフ!」
エルフであることを強調するが、このエルフにどれだけの価値があるって?
「銅貨一枚でも良いんですよ?」
「はい?」
俺の提案にさらに困惑する店主さん。
「こんなところでこんなエルフを買う人間が、世界中に何人いますかね?」
「それは、そうかもしれませんが――」
「ばら売りするにしたってそれなりの労力は必要ですし、魔物の一種でもあるエルフの臓器や血液を欲する人間に当てがありますか?」
「いえ……それは……」
意気消沈する店主さんだが……これで終わりだな。
「銅貨一枚にされたくなければ、銅貨二枚で売る気はありませんか?」
最後通告……ってわけじゃないが、とりあえずそんな感じで提案してみた。
すると若い店主は数秒悩んだ後、大きく肩を落として取引に応じた。
銅貨二枚を若い店主に手渡し、俺はエルフ少女の手を引く。
しかし歩くだけの余力もないらしく、立てはするが完全に引きずられている。
俺は仕方なくエルフ少女を背負う。
「ユーヤの目的って、この子?」
ヴァージルは俺の右隣りに立ち、改めてエルフ少女を観察する。
「相手が交渉上手だったら、高値でも買う気だったでしょう?」
リノアは俺の左隣に立ち、なんとなくそのことを察していた。
「俺はきっかけを作るだけ……どう転ぶかは人間次第だ」
ヴァージルとリノアはそろって首をかしげるが、俺にだって確証はない。
だが状況によっては、俺の背中にいる少女は世界大戦を揺るがすカギとなる。
そして宿に戻り一泊し、俺は厄塚に待機させていたシンラを呼び寄せた。
ヴァージルとリノアは初めての人間界視察を終え、俺は世界大戦のカギとなるかもしれないエルフ少女を手に入れ魔界へと戻った。
次から新章へと入りますが……その前に本編とは全く関係ない話をします。
何ヶ月か前『年収は最低でも二千万の男』としか結婚しないと言う女性がテレビに出ていました。
企画としてはそんな女性を相手に男が論破するような企画でしたが……男は「男は金だけじゃない」とか云々を語っていましたが……それはまあ、それとして正しいですよ。
ただ私はその女性の立場に立ってこう思いました。
「年収二千万の男と結婚したいのであれば、応援します」と前書きを置き「ですから、年収一千万の女になりましょう」と思いました。
年収二千万の男と結婚したいのであれば、少なくとも年収一千万の女性じゃなければ無理ですよ。
年収二千万の男がドラマのように突然出てくるわけがないのですから、まずは年収二千万の男が集まる世界へ飛び込みましょう。
そのためには年収二千万とは言いません。せめてその半分の一千万の女にならなければ、二千万の男と出合うことすら難しいでしょう。
これは簡単な確率の問題です。
二千万の男と結婚する確率を上げるには、二千万の男と出合う必要があり、出会う確率を上げるには自分もそれ相応の年収が必要です。
知り合いに二千万の男がいるとか、そんな男と知り合いの友達がいるとか、それなりの当てがあるならともかく……少なくとも普通のお見合いや婚活パーティーや、ましてや町中の合コンに二千万の男が表れるのを待つよりも、一千万の女になって探しに行く方がはるかに二千万の男と結婚できる確率は高いです。
そんなことを私は考えていたのですが……残念ながら、その企画でそんな現実的なアドバイスをしてくれる男の人がいませんでした。
二千万の男と結婚できるような話をせずに、いきなり「男は金だけじゃない」とありきたりな否定から入っては、女性としても退屈でしょう。
二千万の男と結婚したい女性の意見を尊重した私の意見ですが……もちろん、尊重したうえでの皮肉です。
二千万の男と結婚したいって……要するにお金目当ての女性です。
自分で一千万稼げれば、あえて二千万の男と結婚したいなんて言わないと思います。
それでも、テレビのバラエティー企画で現実的な方法を私は考えていたわけですが……心底、どうでもいい話でした。
ついでに一言
「経緯を説明してほしいだけだから、怒らないから出ておいで」
詠み人 ただのゲーマー




