奴隷少女4
続きです。
魔王として成熟していないヴァージルとリノアですが、現代魔王の特徴として能力に極端な偏りが生じております。
ハンニバルが現代魔王十五姉妹の長女でありながらも、戦闘力が並の人間と同レベルであるのが良い例です。
一方でヴァージルのような戦闘タイプの現代魔王は、成熟してなくともそこら辺にいる盗賊はもちろん、わりと強い騎士様相手でも圧勝できます。
勝手な一言
「足の引っ張り合いなら負けませんよ」
詠み人 古株の政治家
第五章 奴隷少女4
ヴァージルとリノアを連れて人間界に来て早十日……収穫なしで落胆中。
俺は柄にもなくがっかりしているのだが、俺のパートナーたちは元気一杯だ。
「それっ」
町外れの空き地の一角で、ヴァージルがぼろぼろのボールを高く蹴り上げた。
「とつげきー」
「まてまてー」
「わぁぁぁぁぁぁっ」
そしてどこから引き連れてきたのか、どこぞの子供たちがそのボールを追っていく。
「たったの数日で、なぜあいつはガキ大将になっているんだ?」
ヴァージルの少女を残しながらもボーイッシュな風貌は受けが良く、活発的な性格とその性格に見合う運動能力は確かに子供たちの心をがっしりと掴むだろう。
子供だけではなく、ヴァージル目当てに大きなお友達と名乗って近づいてくる、人攫いが襲ってくることもあった。
そんな人攫いどもをヴァージルは自主規制が入るような感じで千切って砕いて、頭蓋骨でリフティングをしていた。そんな恐ろしい少女が、なぜか子供たちに大人気。
「ここにいる子供たちは頭のネジが飛んでいるみたいだよ」
リノアはどこで手に入れたのか、熱々のアップルパイを頬張っていた。
そのアップルパイの匂いにつられてか、みすぼらしい子供たちが近づいてくる。
お腹をすかせた子供たちに、リノアはアップルパイを子供たちに配り始めた。
そこだけ見ればリノアのやっていることは素晴らしいのだが、問題なのはアップルパイの入っているバスケットに、生々しい鮮血がこびりついていることだ。
どこで手に入れたのかは分からないが……どうやって手に入れたのかは明白。
「私もヴァージルもハンニバル姉様やミヤビのような頭脳タイプじゃないけれど、この町のどの辺が異常なのかは分かってきた」
リノアはついに、バスケットごとアップルパイを子供たちへと放り渡す。
指についたバターをペロペロと舐めながら、元気のよい子供たちを見て笑う。
「ここにいる子供たちって、みんな逃げだした奴隷みたいだね」
ここは奴隷商の集まる町であり、周りにいるのは人攫いと商人と客と奴隷だけ。
他にもいることはいるが、おおよその住人は限られてくる。
そんな奴隷商の集まる町だが、すべての奴隷を管理できているかと言えば微妙だ。
数多くの奴隷の中には運良く逃げだせたものもいるし、なかには商品価値なしとされる奴隷もいる。
ここにいる子供たちは逃げだした奴隷たちであり、正確に言えばヴァージルとリノアを攫おうとした奴隷商が返り討ちにあい、解放された子供たちだそうだ。
攫いやすい子供をメインとして扱う奴隷商だったらしく、大量の子供たちが必然的にヴァージルとリノアの周りに集まってきたらしい。もっともヴァージルとリノアは、そんな子供たち経緯を知らずに遊び相手にしている。
自分たちが解放したことを自覚していないのは、さすがにどうかと思う。
まあ、それはともかく……ここにいる子供たちのネジが飛んでいる理由も察した。
「若くして、人間が死ぬことを日常化してしまったわけだ」
俺としても若干の憐れみを込めてつぶやいた。
この町は敗戦国にあり、ここの子供たちの大半は戦災孤児だ。
つい最近まで戦争をしており、さらに奴隷として使われてきたのであれば、人間の死体や殺害現場を見ても、それは日常の出来事と処理してしまっている。
ヴァージルが頭蓋骨でリフティングしていようが、リノアが血染めのアップルパイを齧っていようが、ここの子供たちにとってはむしろ憧れの対象であろう。
「人間界の現実ってやつだな」
こんな俺でも心を痛める現実だが、俺になにかできるわけでもない。
「安い奴隷が欲しいのなら、ここにいる子供たちを適当に選べば?」
奴隷商から子供たちを解放したつもりなんてまったくないリノアは、アップルパイを齧っている子供たちをそんな目で見ていた。
「奴隷が欲しいならそれも良いさ……だけど、俺は奴隷が欲しいわけじゃない」
そもそも俺は奴隷制度に反対の立場だ。
人攫いを捕まえて売りさばくし、今でもお目当ての奴隷を探しているが、反対と言う立場なだけで合法化された奴隷商売を利用しないわけじゃない。
感覚的には、船酔いするから船は嫌いだけど海路しかないから船に乗る、程度だ。
俺の求める条件に合う人材が、普通の一般市民なら普通の一般市民を雇う。
人材を探すための手段が、たまたま奴隷の取引になってしまっただけのことだ。
「ここの子供たちの境遇は胸を痛めるほど悲しいものだ……しかし俺から見れば、ここの子供たちはしっかりしている。身体も動くし、精神も生きているし、倫理観や道徳観の欠如なんてここではさほど重要じゃない。まっとうに生きられない環境だ。奴隷として飼われるか、死体から奪うかしない限り、子供がこんなところで生きていけるかよ」
優しい人間がたまたま現れない限り、ここの子供たちの生きる選択肢は限られている。
こんな無法地帯に倫理や道徳を叫んだところで、人攫いは普通に攫って行く。
倫理や道徳を抱いたまま美しく死にたいのであればそれで結構だが、倫理や道徳を捨ててでも無様に生きようとする人間の方がはるかに多い。
多くなかったとしても、美しく死んだ奴が多ければ多いほど、結果として無様に生きる人間が多くなる。
どっちも嫌なら逃げれば良いが、逃げるにしたってそれなりの手引きや金銭が必要。
まともに働ける環境にないこの現状で、金銭を得る方法は媚びるか奪うかだ。
奴隷商や人攫いに媚びると一発で捕まるため、そうならないためにも優しい人間がたまたま現れるのを待つしかない。
もっとも優しい人間がたまたまこんなところに現れる可能性は限りなく低く、そんな優しい人間が現れればそれこそ人攫いの良いカモだ。
倫理や道徳なんて一切関係なく、現実的な方法として選ぶならば奪うしかない。
もちろん、生きるために自分から奴隷になるのも良いだろう。
しかし奴隷の悲惨さを知る元奴隷の子供たちが、奴隷になりたがるかは妖しい。
「それなりの権力と財力と武力のある心優しい人間が手を伸ばさない限り、ここにいる子供たちが生きていくには、媚びるか奪うか奴隷になるかの三択だ。他に子供たちだけで生きていける方法があるのであれば、是非とも教えてほしいね」
心優しき第三者の介入なしで、子供たちがまっとうに生きる方法を見つけ出せたのであれば、世界中の平和賞を総なめにできると思う。
ちなみに俺は、媚びる、奪う、奴隷になる、以外の選択肢が思いつきません。
それと心優しい人間かはともかくとして、俺には奴隷制度を速攻で解決できるだけの権力も財力も武力もありませんから、第三者としての介入もできませんので悪しからず。
「ようするに、勝手に育てってことだね」
どう聞いたらそうなるのかは分からないが、リノアの意見も大きく間違っちゃいない。
義理の母がいるとはいえ、両親のいない俺は多かれ少なかれ勝手に育った。
親がいれば『だれのおかげでここまで大きくなれたと思っているんだ』的な意見も分からんでもないが、前提として親がいなければ勝手に育つしかない。
「俺は母さん思いの厄神信仰で、幸運の神様や運命の神様的な存在を知らないから、いつ現れるかも分からない自分たちの味方になってくれる救世主を待つよりは、自分の境遇は厄災まみれだと受け入れ、厄災を飲み込んで勝手に生きていくほうが堅実的だと思う」
厄災を飲み込んだからと言ってなにが好転するわけでもなく、劇的に強くなるわけでもないが、少なくとも見たこともない善なる神様や救世主を待つよりは、もはや絶対にあると確定している厄災に備えている方が、いざって時に生き残りやすい。
すでに戦争は引き起こされており、ここにいる子供たちはその被害者と言えよう。
被害者だからとうずくまるより、また被害者にならないように備えるべきだ。
「ヴァージルとボールを追っかけまわしたり、腹をすかせてリノアのアップルパイを欲したりするのは、少なからずここにいる子供たちは生きる気力はあるのだろう」
倫理観や道徳観に大きな欠如があるのは認めよう。
しかし人間の死体や殺害現場を見ても、平然としているのは子供たちの罪じゃない。
被害者になるのは嫌だから加害者になる、では本末転倒でありさすがの俺もそこまでは言わないが、また被害者になるのは御免だと気力を持つのはいいことだ。
ここにいる子供たちは形も汚いし目の色も歪んでいるが、絶望まではしていない。
最初は絶望もしていたのかもしれないが……ヴァージルやリノアのような魔王級の存在は、良くも悪くも圧倒的な存在は引力を持っており、不特定多数の他者を引きつける。
ボス猿、ボス猫、ガキ大将は、生物界の引力のもっとも分かりやすい例えだな。
魔王の巨大なエネルギーに引きつけられた小さな子供たちは、魔王の巨大なエネルギーに引っ張られるように自分たちもエネルギーを引き出した。
「おまえたちが近くにいるからこその一時的な気力かもしれないが、気力があろうが無かろうが、前向きだろうが後向きだろうが、死にたくなければ生きなきゃならない」
ここの子供たちがこれからどんな人生を送るのかは知らないが、これからの人生を生きなきゃならないのは事実だ。
ヴァージルとリノアがいなくなり心が折れる連中もいると思うが、そこからがここにいる子供たちの、本当の、壮絶な人生の始まりだ。
それまで一心不乱に遊ぶのも悪くない。
遊ぶだけ遊んでいなくなるのも無責任だが、それも含めて壮絶な人生だ。
「まあ、私たちもずっとここにいる気はないけれど……ユーヤの探し物が終わらないと、私たちも遊び呆けるしかやることないしね」
遊び呆けられても困るのだが、確かに俺もずっとここにいる気はない。
「そうだな……裏通りに露天商が出ているらしいから、そこでなければ次の町へ行こう」
奴隷商のおっさんの話によれば、露天商は不定期な上に粗悪品ばかりらしい。
そこでダメなら、別の町の奴隷商を訊ねよう。ヴァージルもリノアもやっていることは物騒だが、大同を守っていればなにも文句はない。
襲ってきた人攫いや奴隷商を適当に壊滅させて、子供たちと遊んでいる分には子供な魔王として見ればかなり健全だ。
おおむね二人に問題がないことを確認したのなら、俺は空き地から去ろう。
「ヴァージル! ユーヤが裏通り行くって! 一緒にいかない?」
「いくぅー!」
話を聞いていたリノアが声をあげ、子供たちと遊んでいたヴァージルが返事を返す。
「おいおい、付いてくる気か?」
人攫いやら奴隷商やらを適当に壊滅させて、子供たちと大人しく遊んでいてくれたほうが、俺も人材探しに専念できるのだが……どうやら、そうはいかないらしい。
「裏通りはまだ探検してない」
蹴り上げたボールを一等賞で手に入れたヴァージルは、再びボールを蹴り上げて俺の方へとかけてきた。
子供たちは奇声をあげながらボールを追いかけていく。
リノアとヴァージルは自由時間を利用して、町を探検ながら人攫いやら奴隷商やらを壊滅させ、そんな感じでガキ大将になったらしい。
いずれ探検感覚で裏通りに赴き、無自覚で勢力を拡大させるつもりだったようだ。
「さー、れっつごー!」
「おー!」
そしてヴァージルとリノアは意気揚々と俺の手を掴み、裏通りへと引っ張っていく。
俺が連れて行くと言うよりも、俺が連れて行かれる形になってしまった。
他人の話を聞かないやつらは、その延長で他人の都合を考慮しないらしい。
次は奴隷商売のアンダーグランドの話です。
最底辺というのは、もはや強制労働すらありません。
ただの廃棄物です。
ついでに一言
「一位が独占するこの業界で、二位でいいわけがないでしょう」
詠み人 まともな事業主




