潜入2
続きです。
盾は鈍器、液体も危険物が現代常識です。
勝手に一言
「仕事終わりの一杯は、最大の落とし穴」
詠み人 人間界新婚サラリーマン
第一章 潜入2
俺は剣と盾を騎士さんたちに預け、お酒を積んだ荷車を引いてキッチンへと向かう。
キッチンは移動式の小規模なものだが質は良い。パンやピザなどを焼く釜、山脈から汲んできたであろう澄んだ水瓶、牛や豚や鳥肉の部位に生きた魚と生野菜が多数。
そしてそれらを相手に奮起している給仕さんたち。
大量のお酒を荷車に乗せて入ってきた俺を見て、少年コックさんが駆け寄ってきた。
「なにかご用ですか?」
忙しいなかで対応をさせられる若手のコックさんは、雑用の新人さんの場合が多い。
「騎士様から、お酒を保管させてもらえないかと頼まれまして……」
俺は入り口の騎士さんたちとは、まったく違う理由を述べた。
騎士さんにはキッチンから注文されたと報告し、キッチンには騎士さんから頼まれたと報告する。もちろん、どちらも偽り。
しかし少年コックさんにそれを判断できるだけの情報はない。
「ここにお酒を、ですか?」
予想外の報告に眉をひそめる少年コックだが、俺はさらに言葉を続ける。
「はい。お恥ずかしい話ですが……私の仕えている騎士様が、仕事終わりに仲間たちと一杯やりたいそうです。仕事が終わってないのに不謹慎ですが、処刑が終われば我々もお役御免です。しかし、終業時には町中のお酒が飲み尽くされてしまいます」
大きな仕事が終わってからのドンチャン騒ぎは、少なからずどこの国にもある風習。
しかし公開処刑にもかかわらず、民衆はお祭り騒ぎで浮かれまくっている。
そうなると騎士や兵士の仕事が終わる頃には、どこのお店も売り切れ閉店がほぼ確定。
だからそうなる前に自分たちのお酒を確保する……ってのは、少々強引か?
だけどそれを押し込むためのお喋りだ。
「それに組み立て式のテラスもキッチンも、処刑が終われば即撤去です。だから王族や貴族様が帰った後、撤去前に自分たちの宴会場に使おうって話です。撤去するのも俺たちですし、それなら大目に見ようって、労いの意味も込めて騎士様たちも了解済みです」
やっぱり少々強引だが、まったくありえない話でもない。
騎士や正規兵士はともかくとして、一般市民の警備に当たっている雑用兵は兼業農家や猟師がほとんどであり、人手が欲しい時にたまたま駆り出された民兵にすぎない。
たまたま駆り出された民兵に対する金銭とは違う報酬が、仕事終わりの飲み放題。
「話は分かりましたが……ここに保管するんですか?」
渋る少年コックさんだが、ここに保管するほうがなにかと便利なことを説明しておく。
「テラスを会場に使いますからね。キッチンはテラスにも近いですし、氷室でお酒を冷やしておきたいんですよ。昼食も過ぎましたし、氷室にも余裕ができたと思いますが……」
移動式の氷室はそんなに大きくないだろうが、今日一日分の食料しか準備はしない。
食材を多めに氷室に詰めても八割程度出が妥当であり、昼食が過ぎれば余裕もできる。
鮮度を保たなければならない生物が厨房に出ているとなれば、それこそスカスカだ。
「氷室の隅におかせてもらうだけで結構ですし……持ち運びも、当然私がやります」
氷室の中の状態を予想した上での、再度のお願い。
空きの多い氷室にお酒を入れておくだけなら、給仕さんの仕事の邪魔にもなるまい。
俺がこの少年コックにしてほしいのは、氷室への案内と入室許可のみ。
さらに氷室にも監視がいる可能性もあり、給仕の人物が一緒の方が俺も侵入しやすい。
「もしあなたの上司になにか言われたのであれば、騎士様から……私は騎士様じゃありませんね……騎士様の使いからの直訴と言ってもらえれば、こちらから説明に行きます」
これには二つの意味がある。
ひとつは騎士様からの命令だとやんわりと伝えることであり、ひとつはあなたの行動に対する責任についてちゃんとこちらで弁明すると伝えること。騎士様からの命令と、上司へ弁明をしてくれるのであれば、この少年コックに対する責任は皆無だ。
「それでしたら……こちらへどうぞ」
少年コックは安心したように会釈をし、俺を案内してくれる。
嘘八百を並べても、兵士の変装と、騎士に通されてここにきた現実と、対応者に対する責任転嫁への道筋を作ってやれば……十人に六人は信用してしまう。悪い賭けじゃない。
少年コックに案内されてたどり着いたのは、監視はいないがカギのついた扉の前。
氷室の多くは部屋に氷を詰め込み、外気に触れないように密閉して作られている。
「隅におかせてもらいますが……どのあたりなら邪魔にならないでしょうか?」
キッチンを管理している給仕さんの仕事を邪魔してはいけないため、お酒の置く場所にも気を使わなければならない。
「もうほとんど空きばかりですから、どこでも構いませんよ」
少年コックさんの言う通り、氷室の中はほぼ空だった。
これなら俺も少年コックさんも、場所を気にする心配はない。
「あとはこちらでやっておきますので、あなたはお仕事に戻ってくれて構いませんよ」
「そうですか?」
「はい。こちらからも伺いますが、事前に料理長さんへの報告をお願いしたいので……」
「あ、はい。分かりました」
少年コックさんは素直にうなずいてくれた。
お酒の整理を手伝ってくれるような雰囲気だったが、少年コックさんには今すぐ料理長へ報告に行って欲しい。氷室のお酒を使われてしまうのも困るし、少年コックさんとしても責任の所在を確定させるためにも、上司への報告を優先した方がいいだろう。
少年コックさんはそのことに気付き、俺に会釈をして氷室から出ていく。
「さてと……生マスクも、もういらないかな」
少年コックさんが出て行くのを確認し、生マスクを外してから氷室の扉も閉めておく。
そして両腋、両内股、両膝、両肘、両足首にサポーターとして擬態していた鉄器を外し、その鉄器をさらに解体して組み立て直すと出来上がる。
本来の姿に戻ったそれは、仕込みやすいように改造してあるが自動式拳銃……いわゆるハンドガンであり、弾倉の弾は全部で十五発。外付けで照準器も完備。
装填用の弾倉は持ち込めなかったから、ハンドガンは使いどころを間違えられない。
弾切れになればそこまで……活躍の場はまだまだ先だな。
ハンドガンを懐にしまった俺は、次にお酒からアルコール度数の高いお酒を選別。
アルコール度数の高いお酒を荷馬車の下方にふりかけておく。
さらに荷馬車の上には、とっておきの一本をセット。
俺が酒と一緒に持ち込んだ酒瓶は、ラベルだけで中身は別物。多種類の酒瓶の中にラベルを張り付けただけの酒瓶が紛れていても、中身を確認しない限り気づかない。
騎士さんたちはすべての酒瓶を、中身まで確かめるまねはしなかった。職務中に酒なんて飲めないし、それこそ多種多様のお酒だと一口ずつ毒味をするのにだって酔っ払う。
そもそも兵士が持ってきたとはいえ、液体も危険物だって認識が薄いのだろう。
もっとも、俺はそれを狙ってここまできたわけだから……文句どころか感謝している。
俺は軽く鼻で笑いながら、左靴の踵を強く押し込む。
すると踵に穴が開き、小さな古紙でできた織物を取り出す。織物の中身は塩素酸カリウムや硫黄などの粉末であり、ようするにマッチの原料であり、側薬で擦らなければ発火しない安全マッチではなく、粗面ならどこでも発火してしまう摩擦マッチ。
そして俺の靴の側面はまさしく粗面であり、左手に摩擦マッチを持ち、右手に生マスクと下地を繋いでいた針をもち、摩擦マッチを靴の側面に近づかせて針でチッチっと擦る。
針で作られた小さな火花がマッチの粉末に飛び移り、燃えやすい古紙を燃料に発火。
発火物を荷車へ放ると、荷車にぶっかけたアルコールに引火。
「フランべってやつだな……アルコールが飛んで香りや風味が残る料理法」
素人がやると火事になる恐れがあるので止めたほうがよく、特に今回の場合はアルコールが強すぎるので香りも風味もクソもないだろう。
俺は残り一本の酒瓶を手に氷室から出て、扉もきつく閉ざす。
外気を遮断する氷室でも、金庫じゃないので完全密封にはならず火は消えまい。
少年コックさんには料理長への報告に行くと伝えたが、ごめんなさい、いけません。
俺は少年コックさんに悪いと思いつつも、酒瓶片手にキッチンを出た。
生マスクはちょっと気持ち悪いですね。
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ちょっと嫌な気分になるかもしれません。
ついでの一言
「責任を明確にすることで生まれる無責任」
詠み人 とある王国の大臣