世界大戦勃発3
続きです。
補記章はここまでです。
勝手な一言
「これからしんどくなるが……上等だ!」
詠み人 ビンの中心で叫ぶ小人
補記章 世界大戦勃発3
人間界へ行く前に、もうひと騒動ありそうだ。
「こらぁぁぁぁぁぁ!」
ハンニバルの私室に飛び込んでくると同時に響く、騒がしいソプラノボイス。
俺もハンニバルも耳を塞ぐが、それでも耳の奥に響くこの声は間違えない。
現代魔王十五姉妹の九女、風と雨と雲を司る台風魔王ヴァージル。
「おまえはまたボクをおいて行く気かー!」
叫ぶヴァージルはそれこそ台風の如く、俺に飛びかかりがくがくとかき混ぜる。
「ふむ……ヴァージルは未だに、四年前のことを根に持っているらしいな」
ハンニバルがヴァージルの凶行を説明してくれた。
なるほど、ミッションコード『奥方様のご帰宅』に誘わなかったことか……。
魔王の寿命は定かではなく、四年なんてヴァージルにとっては一瞬だ。
俺とのケンカでだいぶクールダウンしても、おいてけぼりは、忘れていない。
「今度はボクも行くからなー!」
ヴァージルががくがくしてくるが、このままだと喋れないので突き放す。
「あのな、ハンニバルの統括決定で、人間界は高みの見物だろう?」
統括能力を持つハンニバルの決定は魔界全体に影響を及ぼすものであり、ましてや姉妹のヴァージルが統括決定から外れることはない。
「ボクは人間界じゃなくて、ユーヤについて行くだけだ」
「なんだ、そりゃ?」
俺についてくるって、結局は人間界に行くってことだろう。
「私の統括能力はあくまで大同小異の大同を示すだけだ。人間界は大同で高みの見物だとしても、ヴァージルがユーヤと人間界へ行くのは、私にとっては小異の出来事」
ハンニバルからの能力説明を受け、そんな感じの大同小異かと、若干呆れた。
統括はすごい能力だが、大同小異は抽象的でかなり大雑把な弊害がたまにある。
「ヴァージルがついていきたいと言うのであれば、私は反対しないよ」
「ああ?」
世界大戦に魔王は不要とハンニバルも理解しているはずだが、それでも同行を認めた。
「人間界については滅ぼうともまとまろうとも、魔王としてはどちらでも良い」
ハンニバルが人間界に固執していないのであれば、魔界は人間界を放置する。
「しかしユーヤを人間に殺させたくないのは大同一致。お父様とお母様を奪った遠くの世界の住人なんて滅んでいいけど、近くで私たちと共に育った厄神の息子を失う気はない」
おいおい……ようするに、俺のためか?
遠くの人間界よりも、近くの俺を取る……発想が俺と同じだよ。
「ただしヴァージル、ユーヤについて行くのであれば二つだけ約束してもらう」
「なに?」
ヴァージルの同行が前提に話が進むってことは、俺の話を聞く気はないらしい。
四年前にやっちまったことのツケが、まさかここでくるとは思わなかった。
「一つは、人間界で魔王を名乗らないこと」
世界大戦に魔王は不要なのだから、現代魔王の存在は伏せておいた方が良い。
「……ばれなきゃいいんでしょ」
超がつくほど簡潔にヴァージルがまとめた。
複雑な説明をしても、ヴァージルには理解できなそうだからそれでも良い。
「あともう一つ、姉妹をあと一人連れていくこと」
おいおい、こらこら、まてまて――。
ハンニバルのそっちの条件は、俺がビックリだ。
「ヴァージルだけでも俺は反対なのに、その上もう一人って」
さすがに文句を言うが、ハンニバルは意外そうな顔をした。
なんだよ? その『え?』って聞こえてきそうなリアクションは……。
「なんだ、お父様やキョーコから聞いてないのか?」
「なにを?」
何の話か分からない俺に対し、その反応を見てハンニバルが納得した。
そしてハンニバルは、ヴァージルではなく俺に説明を始めた。
「魔王という存在は、魔界では常に端数の存在なんだよ」
魔王にあるまじき表現だが、ハンニバルは魔界の統治システムを簡略的に喋り始めた。
「十人の決定者がいるとして、五対五で意見が分かれてしまった場合、最終的に魔王が十一人目として意見を述べる。七対三とか六対四なら魔王は意見を述べない。五対五で分かれた時、六対五にするために魔王がいる。もちろん、全部が全部そうじゃない。だけど一番分かりやすく魔王の役目を語るとすれば、最終的な端数の存在だと説明できる」
なるほど、ヴァージルやヤシャでも分かりそうな魔王の役職説明だな。
考えてみれば、魔界は王族がいても絶対王政じゃない。魔王は常に法の下にいるし、他種族であふれているからこそ望まれて登場したのが魔王だ。
本当に収拾がつかなくなった時の、最終手段が魔王の判断であり、そこまで行きつかずに決着するパターンの方が圧倒的に多い。
そこは理解したが、それと今回とどんな関係……あっ。
ハンニバルの説明でふと気付いたのは、現代魔王の人数……十五姉妹は奇数だ。
「気づいたみたいだね」
ハンニバルも理解が速くて助かると、軽く笑みを浮かべて答えを述べる。
「魔界には同世代に複数の魔王もいたけど……全部が私たちのように奇数人だよ」
魔王が魔界で端数の存在なら、魔王は必然的に奇数でなければ不都合が生じる。
ヴァージル一人が人間界へ行くとなれば、魔界に残る魔王は十四人。
大同一致だとしても、小異の部分で七対七に分かれてしまうこともある。
端数の存在が端数にならなければ、どちらの意見も進まない。
「もしかして……先代魔王と奥方様はそんな計算しながら子作りしていたのか?」
いまするような質問じゃないと思いつつ、それでも訊いてみた。
「そうだ。今こんな話をしても意味のないことだが、仮にお父様とお母様が偶数の子供を残して亡くなってしまった場合、奇数にするためにヤシャがキョーコの養子として引き取られることになっていた。そうなれば、ヤシャは正式にユーヤの姉だったな」
「始めて聞いたぞ、そんな話!」
子作りについて聞いたのは俺だが、そこまで聞く気はなかった!
ヤシャが妙に母さんに懐くのも、マジで『厄ママ』になる予定だったから!
「ついでに、ミヤビとスイコも……ようするに、和名の妹は養子候補だった」
夜叉、雅、翠子!
こいつらは出産時に母さんがかかわり、名付け親も母さんだ!
こいつら全員『厄包』の姓を名乗るかもしれなかった連中だと!?
「ユーヤも知らないことがいっぱいあったってことだな」
ハンニバルがなにもしていないのに燃え尽きた俺を見て、まだ甘いと鼻で笑う。
「ハンニバルお姉ちゃんは一緒に行かないの?」
真っ白な俺をよそに、ヴァージルが一緒に行く姉妹の選定に入っていた。
「私はダメだな。世界大戦中の人間界では、戦闘力の低い私は足を引っ張る」
「ボクが守るよ」
「それでもダメだ。私の能力は統括……私が魔界を離れるのであれば、最低でもヤシャとミャンとトータクの三人に、私の仕事を引き継いでもらわなければならない」
「ハンニバルお姉ちゃんはいつも大変だなー」
呑気なヴァージルだが、ハンニバルの統括能力は現代魔王の中でも最重要。
ヴァージルはそこの認識がまだ薄いのだろう。
おまえの姉さんはすごいんだぞ。
「なら、リノアを連れて行くよ」
おいおい……おまえら二人に俺はひどい目にあわされた記憶があるぞ。
人間界に行く前に……いろいろな意味で、頭が痛くなってきた。
次の章はヴァージルとリノアを引き連れて人間界へ向かいます。
あらかじめ言っておきますが、バトルの最大の見せ場は勇者のパーティーとの対決なので、それ以上激しい展開にはなりませんのでご容赦ください。
しかし……バトルだけが、戦争じゃありませんよね。
タグになぜかぽつんと載ったキーワード……現代戦争はそこが厄介です。
ついでに一言
「この世界で許可を出せるのは俺だけだ!」
詠み人 左右対称の世界に映るもの




