世界大戦勃発2
続きです。
異世界でも人間が登場している以上、現代社会と同じようなことをしでかし、同じような問題を抱えてしまうものです。
勝手な一言
「俺たちを動かすのは、大金でも希望でもなく屈辱と栄光への渇望だ」
詠み人 偉大なる兄貴
補記章 世界大戦勃発2
多勢な人間は、少数のエルフやドワーフたちを人間と認めない。
「人魔戦争前から、人間とそれ以外の人間による奴隷風習はあった。今でも生まれた時から奴隷をやっているそれ以外の人間は多い。それに討伐軍の利権や暴走が絡む。討伐軍の利権と武力を握った人間が、大勢の人間の支持を集めるために少数のそれ以外の人間を魔物としてしまえば、それ以外の人間を討伐対象にできる。しかも奴隷制度を聞こえの良いように、捕虜に対する人道的支援と銘打つ。本当なら討伐される魔物だけど、投降してきたのだからこちらも人道的に命の保証はしてやろうって」
もっとも投降してきたそれ以外の人間は、収容所での一生労働だ。
本当なら魔物として討伐されるはずだったのに、命を助けてやるのだからそれぐらいやるのが道理だ、って感じでやっているのだろう。
「なるほど……差別感情のある人間たちに差別を合法化することで支持させ、さらに魔物と断定すれば罪意識もなくなり、それ以外の人間を討伐するも奴隷にするも自由」
一度気づいてしまえばハンニバルの理解は早い。
魔王軍という敵がいなくなった討伐軍は、自分たちで敵を作り利権を生み出す。
そしてその敵というのが、人間と認められていたはずのそれ以外の人間だ。
「ちなみに、エルフやマーメードは見た目が美形なため観賞や風俗などに使われ、ドワーフは力が強いからさっき話していた金脈などに使われ、ホビットは農耕や雑用で使われ、スカイランナーは伝書鳩の代わりやギャンブルレースに使われることが多い」
「使うと言う表現は、あえて使っているのかい?」
「もちろん、あえて使っているよ。俺は人種差別には大反対だし大嫌いだ」
道具じゃあるまいし、人間に対して使うなんて言葉はふさわしくない。
だけど人間界の実情を語るため、あえて道具のように語っている。
とはいえ、ここまでの話が世界大戦勃発の前の骨格作りの話だ。
討伐軍は魔王軍と戦わなかった国から領土や財を没収し、討伐軍が解体され溜めこんでいた財と利権を取り合い、財と利権を握った人間たちが、多勢の人間たちの支持を集めるために少数のそれ以外の人間を魔物とし、財と利権と支持と奴隷を手に入れる。
しかも解体前から討伐軍は軍閥化していたため、同じような権力者が複数いた。
財と利権を奪い合っていた権力者たちが一つになるわけがなく、さらに魔王軍と戦わなかった国々も一方的に没収されるわけもなく、いきなり魔物扱いされたそれ以外の人間たちも黙っているわけもなく、人間界は勝手に疑心暗鬼におちいった。
名目として自衛のために軍事力を強化すれば、近国も名目として自衛のために軍事力を強化し、近国の自衛のための軍事力強化を受けて再び自衛のための軍事力を強化し、再び自衛のための軍事力強化を受けて再度の自衛のための軍事力を強化し――繰り返しだ。
軍事力がでかくなるほどに財や利権を欲し、財や利権を手に入れるために小国への干渉や少数民族への重圧は強くなり、それが人間界のいたるところで行われる。
手に入れた財と利権、疑心暗鬼、膨大な軍事力、さらなる財と利権への欲求。
これ以上ないぐらい……下地ができてしまった。
そして……どこの国のどこの権力者かは興味ないが、人間界の人間が叫んだ。
「笑えたね。どこかの国の人間がいきなり『我が民に重税を敷いている元凶は、前討伐軍指導者がすべてを奪ったためだ!』なんて叫んでいたのには、本当に笑った」
討伐軍の財や利権を奪い合っていた権力者の一人が、被害者面しながら他の権力者たちを公然と批判し、自国の民をまとめるとともに大義名分を訴え、奪われたものを取り返すためにと隣国への先制攻撃。
先制攻撃は見事に決まり、隣国の財と利権を奪い取り、隣国の国民を実質奴隷とは変わらない下級市民という名目で支配した。
後は簡単……先制攻撃される前に先制するのだと、世界中で戦争勃発。
やがて一つ一つがなんの戦争なのかを区別することも困難となった。
そして世界の戦争を表す言葉として、四年前に俺が人魔戦争終戦と一緒に宣言した『世界大戦』が使われた。
「やれやれだよ。自分たちで火種を作り、自分たちで火薬を込め、自分たちで爆発させ、自分たちで被害者ぶり、自分たちを食いあい、自分たちを可愛がる……人間は恐いな」
統括魔王ハンニバルに恐がられるなんて、さすが人間だと思う。
もちろん皮肉だ。
「それで世界大戦が始まった今、ユーヤは様子見……潜伏期間は終わりかい?」
「病原菌みたいに言うな。俺は世界情勢の不安定を察して、準備していただけ」
人間には最悪の事態を想定して備えるタイプもいる。
俺はたまたまそんなタイプだ。
そして四年前の俺の願いもむなしく、世界大戦は勃発した。
「それに俺は人間として人間の業に突っ込むと、それだけは決めていた」
奥方様は人間として先代魔王と娘たちへの愛に殉じたが、俺は人間として人間の業に向き合う。
魔王や神様が関わるようなものではなく、関わるのであれば人間の俺が適任だ。
魔王や神様云々はともかく……人間が傷つけるのは人間だけで充分だと思う。
「ユーヤって、人間のことが嫌いなのか?」
ハンニバルの質問は抽象的だが、なかなか確信のついたものだと思う。
「好きな人間もいれば嫌いな人間もいるけれど、すべてまとめて人間だと思っている」
俺の答えは抽象的だが、なかなか確信のついたものだと思う。
抽象的な問答に、ハンニバルは『それでもいい』と紅茶を飲み干す。
「さて、少々脱線したが……世界大戦が始まったのであれば、俺も本格的に人間界で活動する」
人間界の世界大戦は、人間である時点で強制参加だと俺は考えている。
どこでどんな暮らしをしていようが、どこの何様だろうが、老若男女関係なく全人類が共有するべき大問題が、人間界の世界大戦なのだ。
「ユーヤは人間界を壊すつもりかい?」
ハンニバルが訊きたいのは俺の活動の最終目的だろう。
「まさか、俺みたいな小物に人間界は壊せない。ただ人間たちが自分たちの手で人間界を壊すのであれば、俺は人間たちに受け入れさせる。あくまで俺が嫌なのは――」
「人間の業が魔界に向けられること、だろう?」
さすが、ハンニバルは良く分かってらっしゃる。
人間の手で人間界が滅んでしまうのは結構なことだが、自分たちの手で自分たちの世界を傷物にしておきながら、人間界が滅びそうだから魔界へ向かうのは勘弁ならない。
人間界の滅びが避けられないぐらいにまで深刻化し、人間界がダメになる前に安住の地として魔界を侵略せよ、なんて認めない。
「人間の多くはその業を他者へも向ける。相手の未来を潰してでも、自分の未来をつかもうとする。悪いとは思わん。だから俺だって人間界の未来を潰してでも、魔界の未来をつかむ。愛着のない人間界より、愛着たっぷりの魔界のほうが俺にははるかに大切だ」
そこだけを考えれば、俺は自分をとても人間らしいと思う。
俺は良く知りもしない人間のために戦うよりも、共に育った魔王の娘たちのために戦う。
「人間が共食いで滅ぶのであれば人間界を無血で手にできるし、人間界が平和になれば平和維持のため、向こうから魔界へ攻め込んでくることもあるまい。人間の母親を持つハンニバルからすれば複雑だろうが、人間界の現状は魔界にとっても損はない」
「ホント、ユーヤは頼もしすぎて可愛げがないよ」
ハンニバルは頭が良いから、俺の陰湿さも理解されてしまった。
とはいえ、ハンニバルが言うところの俺の潜伏期間はこれで終わり。
そして、ハンニバルは統括魔王として人間界を高みの見物。
「さて、人間の俺は人間界をかき混ぜてくるよ」
人間の人間による人間のための世界大戦に、魔王も神様も必要ない。
だから人間の俺は、人間の人間による人間のための世界大戦に身を投じる。
それが奥方様とは違う、俺の人間としての証明だ。
ハンニバルに今後の事を軽く伝え、俺はすぐに人間界へ向かう――はずだった。
ファンタジー小説なのに現代社会に通じる問題なんて見たくないかもしれませんが……ダークファンタジーで一番ダークだったのが人間だったってことでご理解ください。
ついでに一言
「兄貴……逆境だからこそ、俺は直線で行く!」
詠み人 覚悟を決めたママっ子




