補記章 世界大戦勃発1
続きです。
結論から言えば、主人公の願いは予想通り裏切られました。
予想通りだとしても、願いがかなわないのはつらいものですよね。
勝手な一言
「俺の絶頂はまだ終わらん!」
詠み人 時の帝王
補記章 世界大戦勃発1
願うだけなら自由だから願っておいたけれど、やっぱり起きたよ。
「十年ももたないとは思ったが、まさか四年で勃発とは……人間は気が早い」
奥方様の公開処刑から四年が経った。
たったの四年の間に、人間界は激流に飲み込まれるかの如く荒れていった。
「お母様が生きていればさぞお嘆きになっただろう」
ハンニバルは人間界の現状を見聞きし、四年間の出来事に呆れ果てた。
人間を母に持つ魔王の娘は、人間に心底失望しているようだ。
それでも他人事のように人間を語るのは、人間らしくふるまっていないから。
「お父様を否定する気はないけど、本気で人間界を侵略したいのであれば、人間を放っておくのが一番確実で手っ取り早いな」
「人魔戦争勃発の原因は当時の住人しか知りえないが、人間たちの共食いを見かねた魔族が人間界を襲ったのか、はたまた人間に世界を統治させるのはもったいないと欲を出したのか……どちらにしろ、人間を悪役にして人魔戦争を語っても納得できそうだ」
人魔戦争のほうが良かった、なんて不届きなことをつぶやく人間もいるだろう。
そんな人間界で活動していると、俺もハンニバルの私室は安心できる。
ハンニバルの私室にあるのは高級そうな家具一式と大きな本棚のみであり、大きな本棚には綺麗に整頓された絵本が並んでいる。ハンニバルは魔界を統括する魔王だが、趣味が絵本のちょっと子供っぽい文学少女だ。
そして四年前は男物のタキシードを身に着けていたが、ヤシャやリノアから『執事さんみたいだから止めて』と言われ、魔王が執事っぽいのも良くないとドレスを着ている。
タキシードのハンニバルも凛々しくて良かったのだが、ドレスのハンニバルも充分に魅力的で美しい。
それはともかく、四年間で魔界はハンニバルを中心にうまくまとまっている。
「ネコはやっぱり長靴派かい? それともサンダル派かい?」
ハンニバルの趣味に合わせた質問をすると、ハンニバルは手元の絵本を捲り思案する。
「サンダルかな……でもお勧めは草鞋……マタタビの草鞋を履いたネコの話」
「藁の代わりにマタタビを編めば、それはさぞかし愉快だな」
ただでさえ気まぐれでふらふらとしているイメージのあるネコが、マタタビ草鞋なんて履いたらロクなストーリーにはならず、しかしロクでもないストーリーは楽しい喜劇だ。
「私と絵本の話をしにきたのであれば、一週間の徹夜は覚悟しておけよ」
「さすがにその気はないな」
一週間も絵本の話を聞かされるのは、さすがの俺も苦痛だよ。
話を人間界に戻そう。
「世界大戦が勃発した理由を、魔界はどこまで把握している?」
魔界と人間界は世界が違うが、それでも新聞同様に情報は流れる。
特に魔王城は魔界の中心であり、魔界の情勢のすべてが魔王城に集まる。
「新聞で知った程度だよ。もっとも、ユーヤの報告とはかなり食い違っていた」
ハンニバルはそう言って、絵本とは扱いが違うボロボロの新聞に目配せした。
ハンニバルが取り寄せている人間界の新聞であり、今は古新聞であり湿気取りとして活躍していた。
「新聞なんてそんなものだ。戦勝国では英雄として報道され、敗戦国では大罪人として報道される。戦争ともなれば、報道も大きく偏るものだ」
「立場の違いで情報が操作される……報道官にはあるまじき、良くあることね」
ハンニバルが皮肉としての矛盾を言うが、それは許せる範囲だと思う。
報道官も人間だ。
その国で生きるにはその国の立場を報道しなければならない。
正しいとは言えないが、責める気にはなれない。
「魔王軍が占領していた土地を解放したら、もとの住人に返すこともなく討伐軍が利権を奪った。さらに討伐軍に参加しなかった国の領土に金脈が発見され、討伐軍は魔王軍による脅威を黙認したとして領土の没収を一方的に決めた。もちろん、討伐軍内外から批判が起き、軍閥化していた討伐軍は内部崩壊。内部崩壊はともかくとして、問題なのは討伐軍が溜めこんでいた財と、人魔戦争で勝ち取った利権をだれにどう配分するかでもめた」
ハンニバルが話しているのは世界大戦勃発前の混乱。
「その通り。アルベルト王のような善き指導者はすでにいない。多国籍軍の指導者なんて簡単に見つかるはずもなく、自分たちに有利な指導者を選ぶし、指導者になりたいやつも武力や利権をバラまいて多くの多国籍軍を取り入れる。魔王軍から取り返した領土に駐留していた討伐軍も、それぞれがその土地で軍閥化し独断で支配を始めた」
「ユーヤが討伐軍の指導者連中を暗殺したのは、それが目的かい?」
「まさか。ただの復讐だよ」
先代魔王や奥方様に対する復讐であれば、討伐軍の指導者が適任だっただけだ。
もちろん、討伐軍の指導者が死ねばどうなるかぐらいは予想できたが、だからと言って復讐と討伐軍の暴走と軍閥化を一緒にされるのは心外だ。
「討伐軍解体はともかく、ハンニバルの疑問は奴隷制度のことだろう?」
「そうだ。あれには驚かされた……例えば魔族である私が人間に捕まって奴隷になるならまだ分かるが、人間が人間を捕まえて奴隷にしているのは不自然だった」
他種族に対して排他的な態度をとるのであれば、ハンニバルでも納得できる。
しかし魔界では魔族が魔族に仕えることはあっても、所有物として扱うことはない。下級魔族が上級魔族に仕えている場合も、上級魔族が契約違反や違法行為を行えば下級魔族は上級魔族に逆らうし、状況によっては魔王軍が捜査もするし保護もする。
魔界はどんな魔族も基本的権利においては対等であり、権利を守るための保障もちゃんとある。
しかし人間は違った。
「エルフ、ドワーフ、ホビット、スカイランナー、マーメード……こいつらは人間なのに、どうして人魔戦争後に魔物にされているんだ?」
賢いハンニバルも理解不能と首をかしげた。
ハンニバルは魔物も統率しているため、これらは魔物じゃないと認識していた。
実際にハンニバルが挙げた種族は、魔物や魔族よりも人間と同じ生き物だ。
「人魔戦争で彼らは人間と一緒に魔王軍と戦っていたのに、魔王軍がいなくなったとたんに魔物扱いされるようになった」
「だからなぜ魔物扱いされる? 私はあんな魔物なんて知らない」
「魔族にとっては不思議だろう。魔族は姿形がバラエティーに富んでいるし、そこに魔物まで含めれば多種多様で不思議な生き物が溢れかえっている。だから姿形が違ったところで、むしろそれが自然なことで、意識したこともないのが普通だ」
「それはそうだろう……まさか、人間はそんなことを気にしているのか?」
ここまで話してハンニバルもようやく気がついたらしい。
「人間の多くは自分たちと違うって理由で扱いが変わる。出身地、血筋、学歴、魔力の有無に、能力の差に、髪や肌や眼の色が違うだけでも排他的態度をとる。そんな中で、耳が長いとか、鼻が大きく髭が長いとか、身長が低いとか、背中に翼が生えているとか、魚の鰭や鱗をもっているなんてことになれば、人間がどんな行動に出るかは明白だ」
人種による差別は人間がもっとも得意とする悪習だ。
これぞ、古今東西消えることのない人間の闇の一つとも言える。
その闇について、人間の俺と魔王のハンニバルとで語りましょう。
補記章とはいえ、結構重要な部分ですね。
風刺的な表現が多く、メッセージ性が強いと言われました。
だけど、異世界だろうがダークファンタジーだろうがなんだろうが、人間だって悪い意味ですさまじい種族だと思いますよ。
ついでに一言
「悪が根絶やしにされることはない
しかし吐き気を催すほどの邪悪はこの手で消す」
詠み人 若きギャング




