魔王の娘たち8
続きです。
第四章はここまでです。
人魔戦争は人間たちの勝利ですが……さて、どうなるのでしょう?
勝手な一言
「赤だからって三倍のスピードは出ません」
詠み人 赤い鳥
第四章 魔王の娘たち8
本題を振ってきたのはハンニバルの方から。
「お母様の埋葬式も終わったから聞くけど、世界大戦開戦宣言はどういう意味?」
魔界は奥方様の埋葬式で騒いでいたが、人間界はそれどころの騒ぎじゃない。
俺は魔王城に入院中、ミヤビ先生に頼んで人間界の新聞を持ってきてもらっていた。魔界から人間界へ向かうのはそれなりに労力が必要だが、新聞を持ってくる程度なら人間界在住の魔物を手懐ければどうにでもなる。
新聞によると人間界は討伐軍指導者暗殺、勇者のパーティーの敗北、さらに世界大戦開戦宣言について大きく揺れていた。
特にハンニバルが関心を持っていたのは、世界大戦について。
「ハンニバルは知っているだろう?」
「なにを?」
「俺が厄災の中でも、人間の引き起こした戦争を取り込んで育ったってことをだよ」
「厄神に厄災を与えられて育った厄子は、死、飢餓、疫病、戦争の四大厄災を中心に強い耐性を持っている。特に戦争は人間が複雑化させたため、人間のユーヤに適合した」
「そうだ……仮に統括魔王みたいな呼び方をすれば、俺は戦争人間となる」
司っているつもりは毛頭ないが、戦争とは切っても切れないのが人間だ。
「俺は戦争なんて望んじゃないない。戦争なんてバカ食いしたら、耐性云々どころかゲロを吐き散らして腹を下すのが落ちさ。だけど問題なのは、吐き散らして腹を下しているにもかかわらず、厄災の海には大量の戦争が流れ込んでくるってことだ」
厄災の海を形成している原厄も、原は魔界や人間界で発生した厄災だ。
そして厄災の海を形成する原厄となっているのが、主に人間界からの戦争だ。
ゲロを吐くほどうんざりしているにも係らず、戦争は幾度も繰り返されている。
「人魔戦争が終戦したのであれば、人間界は平和になるはずだ……だから俺の世界大戦開戦宣言なんて、本来なら取るに足らない戯言なんだよ」
「自分でやっておいてそんなこと言うんだね」
ヤシャが呆れ気味に言うけれど、そんなリアクションこそまともな証拠。
世界大戦を望まないのなら、人間界は俺を大罪人として処理すればいい。
しかしハンニバルの反応は少々異なる。
「人間は共食いをする生き物だと、ユーヤは私に話していた……お父様にも、本気で人間界を侵略する気があるのであれば、人間なんて放っておけばいいと提言していた」
「そうだ。しかし先代魔王は俺のような腐った人間より、奥方様のような美しい人間を信じた。魔王としては疑問だが、それはそれで正解さ。俺みたいな人間は信用ならない」
「ユーヤはそんなに悪い子じゃないよ」
「ならば訊くが、ヤシャは俺と奥方様、どちらが善人だと思う?」
「マーマだよ」
「安心したよ。おめでとう、ヤシャは正常だ」
夫を愛し、娘を守った、まさしく母親の鏡のような人間が奥方様だ。
俺は復讐のために潜入と暗殺で人間を殺し、シンラで殲滅と破壊に及んだ。
どちらが善人かと普通に訊ねれば、普通に奥方様のほうだろう。
だから先代魔王は善人の奥方様を信じ、だから先代魔王は善なる人間を信じた。
「しかし俺は、奥方様はともかく……先代魔王ほど人間に期待しちゃいない」
先代魔王は魔族だからそこまで踏み込めないが、人間の俺は深く踏み込めた。
「先代魔王は善の奥方様を信じたが、俺は奥方様を善としながらも悪もいるとした。人間はさ、自分が正義だと叫びながら相手の正義を淘汰する生き物だ。先代魔王はそこを理解できなかった。せいぜい領土争い、食料の取り合い、女の取り合い、信仰の違いとか、ありきたりな理由で争っている程度の認識だ。先代魔王は人間の戦争の醜悪さが理解できなかった。そしてよりにもよって、人間である奥方様は理解できてしまった」
当然と言えば当然のことだろう。
奥方様は俺でも認める善き母親だが、奥方様は俺でも呆れる人間なのだ。
「先代魔王は知る前に討伐されてしまったが、娘たちには知って欲しい」
これは『人間らしくなって欲しくない』と言う、真意にもかかわる話だ。
「人間をもっとも多く殺してきた種族は、魔族でも神様でもなく、同じ人間なんだよ」
人間は共食いをするってのは、ようするにそう言うことだ。
厄神に拾われ、魔王の娘と育ち、人間である俺が知りえた、独断と偏見たっぷりの独自の意見ではあるが、それでも俺が思うに人間を殺すのがもっとも上手なのは人間だ。
独断と偏見であって欲しい独自の意見であれば、世界大戦なんて起こらない。
だけど万が一それが起きてしまった場合、それは魔王がかかわるものじゃない。
そんな意味を込めて『人間らしくなって欲しくない』だ。
それに魔界は魔族によって統治されているため、あえて人間になる必要もない。
人間にこだわる必要はない、そんな意味も込めて『人間らしくなって欲しくない』だ。
「もしハンニバルが歴代魔王と同じく、人間界に手を伸ばそうって言うのであれば、魔王軍のいない人間界がどうなるのかを、知っておいて損はないだろう」
ハンニバルが魔界や魔王軍をどうしたいのかは知らないが、妹たちはまだ幼い。
先代魔王を越える特出した能力を個々に持ちながらも、それだってまだ不安定。
人間界がどうなろうとも、すぐさま魔王軍を率いて進軍はできない。
「ふむ……現状で、私がユーヤの行動を阻害する必要性はないか」
ハンニバルの統括かどうかは知らないが、それが率直な感想だろう。
自分たちは取り立ててなにもできないならば、俺は放っておいても問題なし。
「ユーヤはこの後どうするの?」
そしてヤシャが次のことを聞いてきた。
「俺は人間界を拠点に活動する……活動と言っても、数年単位で様子見だ」
人間界の人間たちがどんな行動をするのかは、それは人間界の人間たち次第。
なにか起きた時は動くし、なにも起きなければ動かない。
「世界大戦なんて、起きないことを俺は願うよ」
だけど起きると思うよ。
願うだけなら自由だから願っておくけど、起きると思うよ。
次は第五章に入る前の補記章が入ります。
ユーヤがちらりとつぶやいたように……時間が飛びます。
そして思い出してください。
ユーヤは討伐軍指導者を暗殺した際、人魔戦争終戦と同時に世界大戦開戦を宣言しました。
そうならないことを願っているわけですが……。
続きが見たいですか?
ちょっと嫌な気分になるかもしれません。
ついでに一言
「青だからって幸せになるかどうかはあなた次第です」
詠み人 青い鳥




