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戦争人間  作者: ジュリー
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魔王の娘たち7

続きです。

奥方様や厄神様もそうですが、この作品は女性が強いわけじゃなくて、子供を育てている母親がとても強くて尊敬されています。

先代魔王もそれが分かっているからこそ、人間というよりも男のユーヤへの扱いが粗暴になります。粗暴と言っても、出産間近の奥様を持った夫にできることは心配のあまりパニックになるだけなので、先代魔王は自分の精神を落ち着かせるためにユーヤを弄り回しているだけです。

勝手な一言

     「大丈夫、足なんてただの飾りだから」

                  詠み人  うっかり外科医

 第四章 魔王の娘たち7



 目の前が真っ白になって、昔の出来事が走馬灯のように流れていき、やっとの思いで生還を果たしたかと思えば、見覚えのある部屋のベッドの上だ。

 退院して速攻で魔王城に再入院……もっとも、ここは客室であり病室じゃない。

 ミヤビからも『ここは病院じゃありません』と、お叱りを受けた。

 奥方様の埋葬式で俺はなにをやっているのかと、自分に呆れてしまう。

 ヴァージルも能力は使わなかったが、それでもガチの殴り合いで勝てるわけもない。ケンカらしいケンカは五分も続かず、最後はヴァージルのサマーソルトが大炸裂。

 意識が沈んで走馬灯のように昔のことを思い出してしまった。

 病室に寝かされた状態で意識が戻り、(みやび)が和名のミヤビ先生に叱られ、しかも奥方様の埋葬式は終わっていた。

 さらに現代魔王の長女(ハンニバル)次女(ヤシャ)がやってきた。

「「この大バカ者」」

 そしてとりあえず、口頭による同時攻撃を俺に放ったわけだ。

 (ヴァージル)と殴り合ったあげく、母親の埋葬式をすっぽかされれば不機嫌にもなる。

「まったく、私たちのお母様の埋葬式をなんだと思っている」

「パーパがいたらヒドイことになっていたかもよ」

 ハンニバルとヤシャはそんなことを言いながら、イスを並べて座り込む。

 ミヤビ先生の次は二人による説教か? 勘弁してくれ。

 怒らせたのは重々承知だけど、畳み込まれると俺のナイーブな精神は砕ける。

「今回はマジで悪かったよ。奥方様にも先代魔王にも、墓前で手も合わせられん」

 すっぽかした相手がのこのこと墓前で手を合わせるのは、魔王夫妻も困るだろう。

 俺がマジで凹んでいるのが伝わったのか、ハンニバルとヤシャも無言だ。

 騒がないのは、ハンニバルとヤシャが十五姉妹の長女と次女だからだ。

「ユーヤは……私たちのためにやったなんて、死んでも言わないだろうね」

 そして無言を破ったのは、ハンニバルらしくない冗談だった。

「おまえたちのために命をかけたのは先代魔王と奥方様だ……その命がけの行動を、人間たちは公開処刑などで水を差し続けた。俺は人間としてそれが嫌だっただけだ」

 魔王夫妻は命をかけて娘を守り、命をかけて人魔戦争を終結させた。

 ならば人間はその結果を受け入れて、いつまでも魔王の娘に(こだわ)ってはいけない。

「私はハンニバルやユーヤみたいに頭良くないけれどさ……パーパやマーマに子供である私たちが守られるのは、それは当然のことだよ。仮に子供がどんなに最強で両親がどんなに最弱でも、両親は子供を守るよ。厄ママもユーヤをそんな感じで守っている」

 ヤシャの言い分ももっともだな。過保護とか放任とか、それこそ我が子を谷底につき落とすとかいろいろ形はあるが、親は子を守って育てて一生愛するのだろう。

 俺みたいに捻くれてしまうと、ヤシャのように単純素直になれやしない。

「だから……だからなのかは分からないけど……私やハンニバルが言いたいのは、ユーヤに守られるほど魔王の娘は落ちぶれちゃいないってことだよ」

 本来考えるタイプじゃないヤシャが、それでも知恵を振り絞るようにまとめた。

「私たちのためなんて死んでも言わないユーヤだけれども、私たちに内緒で勝手にマーマの死体を持ち帰ってきて、勝手に討伐軍に復讐してきて、勝手にヴァージルちゃんの怒りを自分にぶつけさせて、私たちのために自分勝手に全部ユーヤがやっちゃった」

 ヤシャはやっぱり頭が悪い……誰かのために自分勝手に行動するってなんだ?

 そんな矛盾したこと、俺にはできないからこそ、俺は自分勝手に行動した。

「ヴァージルに限ったことじゃない。キョーコのおかげで、妹たちはお父様とお母様を亡くしたショックから立ち直りつつある。私たちが大泣きしながら甘えられる存在は、厄ママのキョーコだけだ。しかしキョーコには思い切り甘えられるが、暴力的感情を伴う怒りをぶつけることはできない。厄神相手に未熟な魔王がぶつかってもキョーコはびくともしないが、それでもキョーコに暴力を振るう行為そのものが私たちは恐いんだ」

 ハンニバルの意見は理解できる。

 俺も先代魔王になら悪態をつくが、奥方様だと甘えるだけで悪口すら言えない。

 だから俺はヴァージルの心根も理解できた。

 母さんに甘えることで悲しみのショックから立ち直りかけたのであれば、次にわいてくる感情は失ったことに対する怒りだ。

 しかし怒りを発散させようにも、母さん相手に攻撃なんてできやしない。

 同じ状況にある姉妹に怒りをぶつけることもできなければ、怒りを噛み殺すしかない。だけど怒りを噛み殺すって……そんな高度な精神コントロールができれば苦労もない。

 壊れてしまう前に発散させるには、俺ぐらいが丁度いい。

「ユーヤはヴァージルを通して、十五姉妹の鬱憤を発散させた。ヴァージルが鬱憤の元凶でもあるユーヤを相手に晴らしてくれたからこそ、ほかの姉妹たちも納得できた。キョーコとユーヤのおかげで、ようやく小異の部分でもおおむねまとまったよ」

 姉妹全体の空気が良くなったのは、統括を司るハンニバルが一番良く分かっていよう。

 実際に姉妹全員が俺をボコったわけじゃなくとも、格闘技の試合や派手な演劇を見てストレスが発散させることもあり、それが身内の活躍となれば痛快だろう。

 ケンカを売ったのは俺だが、ヴァージルは姉妹の鬱憤を晴らしたのだ。

「ユーヤをボコったヴァージルちゃんは大泣きしてね……感情が一回りして幼児化したんだと思う。後は厄ママがヴァージルちゃんを『よしよし』したら、いつものヴァージルちゃんに戻ったよ。パーパとマーマは死んじゃったけれど、これでみんな前を向ける」

 ヤシャの話を聞く限り、それなりにうまく回ってくれたらしい。

 俺を怒り任せにボコり、母さんに思い切り甘える……子供の発想だが、健全な立ち直り方だ。

「しかし褒められたものではない」

 そしてハンニバルのターン。

「ユーヤは頭が良いのにバカをする。大胆かつ繊細と言えば聞こえはいいが、ユーヤの場合は大胆な行動をするために繊細な計画と準備を決して怠らない。失敗したところで所詮はバカなことだと、ユーヤは自分を嘲り笑って終わらせるつもりだったんだろう?」

「買い被るなよ……俺は成功しようが失敗しようが、先代魔王や奥方様が喜ばないと知ってもいた。それでも俺がしでかしたのは人間のエゴ……いや、俺のエゴか……本人たちが喜ばないことをしているのだから、それはもう自己中心的なエゴイストと変わらない」

 魔王夫妻に関しては俺のエゴだが、自己中心的でエゴイストなのも人間の特徴だ。

 奥方様の行動も見方を変えれば、娘が傷つくのは自分が傷つくよりも恐いから、だから奥方様は処刑を受け入れたと考えることもできる。

 それでも奥方様の生き方が美しいと思えるのは、奥方様のエゴが夫や娘に対する愛情で溢れていたからだ。

 一方で俺のエゴはなんだ? 自分でも呆れてしまうぐらい醜悪だ。

 奥方様の美しいエゴか、俺の醜悪なエゴか……どっちも人間のエゴなのが泣けてくる。

「自己とかエゴとか言われても、私は良く分からない」

 頭脳タイプじゃないヤシャは首をかしげている。ただ自分勝手に動き回っているだけなのだが、難しい言葉を使うと俺の行動も複雑怪奇なものに見えてしまうのだろう。

 まあ統括魔王ハンニバルに伝われば、後は勝手に大同小異で納得できよう。

「難しいことはハンニバルに任せるとして、ユーヤはだれにちゅーして欲しい?」

「……たまに思うんだが『他人(ひと)の話を聞かない病』は、ヤシャが感染源じゃないのか?」

 ヴァージルしかり、リノアしかり……言葉は通じているのになぜか真意が伝わっておらず、それどころか意味不明なことを平然とする。

 理性と知性で動くハンニバルと、本能と感覚で動くヤシャ。

 この二人が十五姉妹の長女と次女であれば、少なからず妹たちは二人の影響を受ける。おそらく他人の話を聞かない娘たちは、ヤシャの影響を受けた妹たちだろう。

「ん?」

 そして意味が分からないと、きょとんとしている幼女が一名。

 妹の凶行に姉のハンニバルは軽くため息をつく。

「ヤシャたちにとって、ユーヤがやらかしたことは、私たちのためだろうが自分のためだろうがどうでも良く、単純にお母様を取り返してくれた男の子って認識だ。私たちに内緒でことを起こしたことに対する鬱憤もあったが……それも、おおむね解決した」

 ハンニバルが説明してくれて、ようやくヤシャの言っていることが分かった気がする。

 奥方様を取り返し、討伐軍の指導者たちを暗殺し、姉妹たちの鬱憤を収めた。

 利己やエゴが分からない単純な連中だからこそ、その結果だけが色濃く残る。

 俺の意見なんてどうでも良いから、とりあえずありがとうって、そんな感じだ。

「だれにちゅーして欲しい? 今なら全員オーケーだよ」

 良い笑顔のヤシャだけど、全員から意見を聞いたわけじゃないだろう。

 俺も男だから興味津々だけど、そのためにやったわけじゃない。

「遠慮しておく」

「えー、どうして?」

 ヤシャはマジで意外そうな顔をした。

「これ以上私たちの好感度を上げても、結婚ぐらいしかできないよ?」

「結婚って……お手軽にもほどがあるだろう」

 思ったよりも好意があったのは喜ぶべきだろうが、さすがに結婚は躊躇う。

 他人の話を聞かないやつは本当に面倒だ。

「ちゅーにしろ結婚にしろ、俺がそれを求めるのであればそのために行動するよ」

 首をかしげるヤシャだけど、これはヤシャではなくハンニバルに言った言葉。

 ハンニバルから伝えてもらった方が、妹たちには伝わりやすい。

「そうだな。ユーヤが私たちへの愛欲目的に行動したのであれば、その時に考えよう」

 ハンニバルには伝わったらしく、そのままヤシャの頭を撫でてその話を打ち切らせた。ヤシャは分かっていないようだが、それでも『欲しければどうぞ』と引いて行く。

 他人の話を聞かないのもそうだけど、こいつは精神的に成熟しないとダメだな。

 とりあえず、これでヤシャの話は終わりのようだ。

 ここからが、いわゆる戦争人間(おれ)統括魔王(ハンニバル)の本題。

次で第四章も終わりです。

先代魔王と奥方様を失った魔王の娘たちですが、彼女たちが悲しみや怒りで暴走しないように、ユーヤは奥方様のご遺体を取り戻したのです。

そしてそれは、魔王の娘たちが人魔戦争を引き継がないことを意味し、人魔戦争は人間の勝利で終戦したことを意味します。

ついでに一言

       「ノー!!!!!!」

                  詠み人  ピンチな男

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