魔王の娘たち4
続きです。
魔王の娘がまた一人登場します。
ちなみに、魔王の娘たちを現代魔王と表記することもありますので、混乱のないようにお願いします。
勝手な一言
「苦手克服のために夏休みはしゅーぞーテニス塾に参加してきます」
詠み人 熱血派雪女
第四章 魔王の娘たち4
人間界や魔界などの他世界への移動ができるのは、魔王や厄神のような特殊な存在だけであり、普通の人間が魔界へ渡ることは不可能に近い。
たまに次元が歪み人間界から迷い込むものもいるが、それは稀なケース。
勇者のパーティーが魔王討伐のために魔界へやってこられたのも、人間に味方する神様が特別に魔界への道を開いたのだ。神様も千差万別であり、魔王と親交のある神様もいれば人間と親交のある神様もいる。
ともかく、人間が魔界へ行くにはかなり面倒だが……例外はどこにでもある。
そのなかの一つが〈厄災を運ぶ船〉森羅だ。
厄災は森羅万象どこにでも存在し、厄災は人間界にも魔界にも共通する。
シンラは厄災を運ぶ船であり、厄災の海を渡ることのできる船でもある。
魔界から厄災の海へと流れてくる厄災の川をシンラは上ることができ、厄災の海を航海することで俺は他世界への移動を可能にした。
生身では厄災の海に飲み込まれるが、俺はシンラに乗り込み厄災の海を渡れる。
これぞ厄災で作られた船と、厄神に育てられた厄子だけに可能な例外。
厄災の海を抜けて魔界へと飛び出す。
厄災の海と魔界は魔王城近くの厄塚に繋がっており、厄塚は厄災を封じるための塚として使用するものだが、使い方次第で厄災の海への出入り口にもなってしまう。
そもそもこの厄塚は、先代魔王が厄神様と親交を深めるために作ったものだ。
厄神を封じるものではなく、厄神を招くものであり、我が家と魔王城を繋ぐ直行路だ。この厄塚のおかげで厄神家と魔王城は、異世界レベルで遠いはずのご近所様だ。
そして魔界と言っても環境は人間界と大差ない。
太陽もあるし、山もあるし、海もあるし、四季によって様々な表情を見せる。
しかし魔界の特徴というべきか、自然発生している魔力の濃度が極端に濃い。魔力の濃度の濃い土地は、魔物が生まれやすくて集まりやすい。自然発生している魔力の濃度が極端に高いからこそ、魔界は魔族や魔物の世界なのだ。
そして魔王城にも、人間界のイメージとはちょっとかけ離れた特徴がある。
厄塚の近くにある魔王城は、城というよりは小さな町がすっぽり入る代物。
実際に公園もあるし一般魔族も住んでいるし、農業も工業も商業も充実している。魔王城は魔界経済を担う、一つの企業体でもあるのだ。
そんな魔王城という名の町の中に、広さはあるが高さのない平べったい建物がある。この平べったい家こそ、魔王城の中の魔王一家の居住区。
王様は城下を見渡せるように城を作るものだが、高さで言えばむしろ低い方。
だけど忘れちゃいけないのは、この町は全体で魔王城ってこと。
居住区が低いだけで、魔王城の時計塔は人間界でも類をみないほど高い。
そして魔王の家が平べったいのは、屋上がエアポートになっているから。
生身で空を飛べる母さんは普通に降り立ち、俺はシンラでエアポートに着陸。
すると魔王城の住人がやってきて、俺と母さんを出迎えてくれた。
「ヒマワリはすべて献花台へ送ってください」
母さんが従業員にお願いすると、喪章をつけた従業員が深くうなずきヒマワリを運ぶ。
「私はハンニバルのお手伝いに行くから、ユーヤは妹ちゃんたちの相手をしてあげて」
「分かった」
統括魔王ハンニバルは埋葬式で喪主を務めることになっている。
そして弔問代表が、世界は違うが魔王と同格の厄神様だ。
喪主のハンニバルとは、いろいろと打ち合わせをしなければなるまい。
そうなると、俺は必然的にハンニバルの妹たちの相手と言うことになる。
俺は母さんと別れ、エアポートから魔王一家の居住区へ入り込む。
「これはまた……ずいぶんとはなやかな……」
埋葬式にはなやかなんてふさわしくないかもしれないが、城内ははなやかだ。
扉や壁一面にヒマワリが飾り付けられており、まさしく花やかだ。
豪勢で華々しいわけじゃなく、花の美しさ満開で、まるで奥方様が笑っているようだ。埋葬式だけど、奥方様を送るのにぴったりかもしれない。
そんな城内を歩いて行くと、大量のヒマワリで飾り付けられた大広間へとやってきた。先代魔王が愛した女性とはいえ、人間が魔界でこれほど愛しまれるのは稀だろう。
そんな愛しまれる奥方様を、もっとも愛しんでいる人物の一人がそこにいた。
「ヴァージル」
ヴァージルは先代魔王と奥方様の九番目の娘。
十代半ば程度の少女だが、若干癖のあるショートカットと、凛とした顔つきから少年と勘違いされやすい。赤い目に健康的な褐色の肌。下手な男よりも女にもてる女の子だ。
しかし奥方様の埋葬式にもかかわらず、ヴァージルは喪服を着ていない。
黒いシャツに赤いジャケット、正面はミニだが背面はロングのスカート、光沢を帯びた黒のブーツという、普段通りのヴァージルのいでたち。
それはそれで別に良いのだが、問題はヴァージルが怒気を放っていること。
「なんで――」
近寄ってきたヴァージルは、どうやら大広間で俺を待っていたらしい。
「なんでボクを連れて行ってくれなかったの!?」
身長のたりないヴァージルは背伸びをしながらも、俺の胸倉を強く掴んだ。
「ママを取り戻しに行くなら、ボクも連れてけよ!」
声を荒げ、泣きたいのか怒りたいのか良く分からないヴァージルだが、自分でも処理し切れない感情が渦巻いているのは良く分かる。
そしてその原因がなんなのかは、俺も良く分かっている。
奥方様の公開処刑日、俺は一人で潜入して討伐軍の指導者を暗殺し、さらにシンラで討伐軍や勇者たちを相手に殲滅と破壊によるダメージを与え、奥方様を取り戻した。
ヴァージルは……自分の手で奥方様を取り戻したかったのだ。
「ボクのママなんだ! なんでボクを抜かして勝手なことしてるんだよ!?」
ヴァージルは泣き叫び散らしながら、奥方様を失った悲しみと、俺において行かれた怒りと、無力だった自分を嘆いている。
人間のように復讐なんてしちゃいけないと、これは俺の意見であり、ハンニバルの統括意見でもあるが……統括された大同にだって個々による小異はある。
そもそも人間に対する復讐よりも、奥方様を救いたいと言う意思のほうが大同だ。
俺なんかよりも娘たちは、何十倍も奥方様を救いたかったはずだ。
ところが、魔王の娘たちは先代魔王や奥方様の意思を尊重させられ、人間界への復讐どころか奥方様の奪還すら許されなかった。
それを知っていながら、俺は娘たちに内緒で人間界へと飛び出したわけだから、ヴァージルのように血気盛んな娘にとっては鬱憤が溜まるだけだ。
「魔王とか人間とか……ママを救うのにかんけーないよ!」
ヴァージルの叫びも痛いほどよく分かる。
復讐なんて人間らしいことを魔王には求めていないが、母親を救おうとするのは魔王とか人間とか関係なく、娘として当然のことだろう。
それでも人間である奥方様は処刑を受け入れ、人間である俺は奥方様の意思を守った。
娘なのに蚊帳の外というのも、ヴァージルにとっては許しがたい現実だ。
なにも言い返せんな……俺は奥方様の意思を尊重するためにヴァージルを止めたが、俺がヴァージルの立場なら間違いなく飛び出している。
俺はヴァージルだけじゃなく、十五人の娘たちに言い訳なんてできない。
「ヴァージルは、とても素直でいい子だよ」
俺は泣いて怒って騒ぐヴァージルの頭を撫でてやる。
ヴァージルも嫌がってはいないが、それで激情が止まるわけもない。
「ケンカでもするか?」
「へ?」
ヴァージルが騒ぐのを止めて、顔を上げた。
ひどい泣き顔で、涙も涎も鼻水もそのままで、俺は喪服からハンカチを取り出して顔を拭いてやる。ヴァージルだって可愛い女の子なのだから、こんな顔は似合わない。
まあ、それはともかくとして……。
「頭で考えるタイプじゃないだろう……泣きたければ泣けば良いし、怒りたければ怒れば良いし、殴りたければ殴れば良いし、傲慢も我儘も大いに結構。冷静な判断や後始末なんてものは、全部他の魔王姉妹に任せてしまえばいい」
適材適所みたいなものだ。ヴァージルにハンニバルのような知性なんて望まないし、逆にハンニバルにヴァージルのような感情爆発なんて望まない。
十五人の姉妹は自分の司る能力を、そのまま専門的に扱えばいい。
現代魔王の十五姉妹は、魔王の大道をそれぞれのルートやペースで進めばいい。
「おまえにできないことは全部おまえの姉妹がやってくれる」
先代魔王との決定的な違いはそこだろう。
「だから、おまえの姉妹にできないことをおまえがやってやればいい」
総合的に見れば先代魔王のほうが圧倒的に上だけど、十五人の娘たちは先代魔王を上回る能力をそれぞれが有している。
「もちろん、俺はヴァージルが人間らしく人間たちに復讐するなんて反対だけど、それが気に入らないのであればヴァージルのやり方で叩きつぶせば良い」
むしろそれで良い。
ハンニバルのような理性や知性を優先させてしまうよりも、圧倒的暴力に訴えて暴れ回ってくれる方が人間からすれば分かりやすい魔王像。子供の発想をすれば『人間ごときがヴァージル様を泣かせるなんて、覚悟はできているんだろうな?』的な感じだ。
それも復讐と言えば復讐だけど、言葉を変えれば『触らぬ神に祟りなし』となる。
「そしてヴァージルのやりたいことを阻むのであれば、それは魔王としてぶっ壊せ」
人間らしく人間たちに復讐するのであれば断固反対だが、反対するものすべてを壊してからの復讐であれば、それはもう復讐の域を越えた蹂躙へと変わる。
逆鱗に触れた人間たちを魔王が怒り任せに蹂躙するのであれば、それなら文句もない。
「科学、統治、経済、発展……そんなものはハンニバルたちの役目だ」
そんな頭脳労働をヴァージルに求めちゃいけない。
「殴って壊して蹂躙して調伏させる……そんなものがヴァージルたちの役目だ」
肉体労働と言えばそれまでだが、ようするに魔界の武力や軍事力だな。
まずは荒れ地を焼け野原にしてからじゃないと、構築できないものも多い。
ハンニバルを始めとした頭脳タイプは魔王軍という軍事力があるが、個人レベルでの戦闘力は低い。それこそぶっちゃけた話、ハンニバルの戦闘力は低級魔物以下であり、普通の人間の女性と大差ない。人間のケンカ自慢相手に簡単に負ける。
そしてヴァージルは知能や軍事力を操るタイプの能力はまったくないが、ハンニバルにはない極端なほど特化した能力を有している。
「……ユーヤは、ボクに殴られたいの?」
ヴァージルがぽかんとしながら訊いてきたが、それは違う。
「俺が聞きわけのある人間だったら、おまえたちに内緒で奥方様の奪還なんてしない」
それこそ人間だろうが魔王だろうが関係なく、奥方様の意思に反してでも奥方様を救いたいと考えている娘たちを引き連れ、奥方様の奪還と人魔戦争の先陣を切っている。
俺は娘たちの意思に対して聞きわけがなかったから、一人で突っ込んだのだ。
「蹂躙にしろ、調伏にしろ、従う意思のないやつにするものだ……それを考えた場合、俺はヴァージルの意思を尊重することはあっても従わないだろう」
従っていれば、こんなことにはなっていない……とは言え……。
「ケンカってのは言葉の綾だな……奥方様の埋葬式に、そんなバカはやれない」
とりあえず、吐き出すものがあるのであれば吐き出せば良い、その程度の認識だ。
泣きたいのであればたっぷりと俺の母さんの大きな胸で泣けば良いが、仮に怒りを発散させたいのであれば俺がつきあおう。もっとも一方的に暴力を受けるほど俺も聞きわけが良くないから、相手が女の子だったとしても俺はきちんと殴り返す。人間も魔王も、男も女も関係ない、魔王の子供と厄神の子供によるガキのケンカだ。
ガキのケンカだけど、奥方様の埋葬式でそんな無粋なマネはできない。
だから暴れたいのなら相手になるって、それだけ伝えて解散のはずだったのだが……。
バコンっ! 鈍器のような打撃音を響かせ、俺の腹にめり込むヴァージルの右拳。
「とりあえず……殴っていいんだよな?」
コキコキと両拳を鳴らせるヴァージルの目には、涙の他にも怒りやら闘争心やらが色濃く映りこんでいた。
「ボクを置いてけぼりにするな! バカユーヤ!」
開戦は突然であり、俺に叫び声を上げながらヴァージルが襲いかかってきた。
こいつは奥方様の、自分の母親の埋葬式をなんだと思っている!?
そんな疑問にもならないことを考えたが、そんな答えにもならない答えはすぐに出た。
いろいろと思い出した……ヴァージルと初めて会ったとき、こいつは『このロリコンの変態ヤロー!』と叫び散らしながら襲いかかってきた。
そうだ、こいつは昔から――
「他人の話をきかねー単純バカだった!」
ケンカを提案したのは俺だけど、まさかこの場でマジになるとは思わなかった。
しかし忘れていた! こいつはいつだって意図しない方向に大マジだ!
そして奥方様の埋葬式で俺とヴァージルのケンカが始まり、頭の中が真っ白になった。
主人公もマザコン気味ですが、魔王の娘たちもママ大好きっ子です。
だから魔王夫妻のことを主人公は立派な夫婦だと思っており、娘たちも含めて魔王一家のことが羨ましくも大好きでした。
ついでに一言
「愛しのあの子が水鳥であれば、たとえ水の中でも行けるはず!」
詠み人 純愛派火の鳥




