奥方様のご帰宅9
続きです。
第三章はこれで終わりです。
奥方様の、しかも処刑後のご遺体を取り戻すためだけに、ずいぶんと時間をかけました。
結果はどうであれ、ユーヤにとっては奥方様をはじめとした魔王一家はそれほどまでに大切な存在だということです。
勝手な一言
「寄せて上げても足りない、だと?」
詠み人 Aカップ
第三章 奥方様のご帰宅9
「あはは……粘着、ネットから……だっ、だしゅつ、しまし、たか」
どうやって抜け出したのかは、単純明快。
勇者さんは焦げ臭く、ちりちりと服に火種がくすぶり、肌に火傷も確認できた。
粘着ネットを、勇者さんは自分ごと燃やしたのだ。
そしてそんなことができるのは、現状でただ一人だけ。
立っているのも億劫なのか、ソフィアさんがへたり込んでいた。
俺がステラさんと捨て身のバトルをしていた間に、勇者さんはソフィアさんに粘着ネットを燃やさせたのだ。
いよいよ……いやいや、まだまだ、俺はここからだろう?
「ごふぅっ」
びちゃびちゃと、奥方様にかからないように俺は血を吐きだす。
喉の通りを良くして、呼吸を確保する。
「全部、本心ですよ」
今さら話術なんて効かないと思うが、今の俺にできるのはこれだけだ。
それにあながちウソではない。
「あなたが俺のお喋りに少なからず引き込まれてしまったのは、すべてが俺の本心だからです……その場しのぎのウソでは引き付けられない……だから本音を語るんです」
下手なフェイントや挑発よりもガツンとくるのは、まったくの本音での否定だ。
人間の勇者さんは、同じ人間である俺の本音を聞いて動揺したのだ。
「本音だからこそ……ボクはきみを止めないといけない……そんな気がする」
ドラゴンランスの槍先を俺に向け、突きの姿勢に入った。
お喋りをしていても、しっかりと戦闘態勢に入っている。
話術に対する戸惑いはあもが、動きを鈍らせるようなまねはもうしないらしい。
「勇者さんの宿敵は、魔王と相場は決まっていますよ」
魔王と言っても、もちろん先代魔王のことで、現代魔王である娘たちじゃない。
先代魔王が討伐された時点で、勇者の役目は終えている。
すたん――勇者さんが突きの姿勢を保ったまま、地面を滑るようにダッシュした。
勇者さんにもダメージがあるため動きは鈍いが、俺の方が鈍っている。
ここまでかと――俺は諦める……わけがない。
「ユーヤ!」
俺の口から突発的に出た言葉がそれだった。
「――っ」
俺の気合とも言えない声に反応したのか、ダメージで身体がふらついたのか、右腕の銃痕で突きの精度が落ちたのか……それらすべての作用か、勇者さんの突きが外れた。
俺の顔面からそれて、俺の右頬をかすめていく。
「厄包悠夜……俺の名前です」
なぜ自分の名前をこんな状況で言っているのか、俺も良く分かっていない。
ただ俺が処刑台に降りた時、ザンガさんが俺の名前を聞きたがっていた。
俺の名前なんて覚えも意味はないが、無意味でも役に立つなら使いましょう。
「俺は厄神に育てられた人間の厄子であり、戦争という厄災の落とし子です」
厄神様に育てられたと言っても、すべての厄災が俺に馴染んだわけじゃない。
厄災と言っても千差万別であり、神様でもない人間にはどうにもならない厄災が多い。
特にどうにもならない四つの大厄災があると、俺は母さんに教わった。
四つの大厄災とは、死、飢餓、疫病、戦争だ。
どれもこれもはるか昔から存在しているものであり、どれもこれも決して消えない大厄災。
とりわけ戦争は、大厄災の中でも人間が手を加えて複雑化してしまったものだ。
本来の戦争の姿は、弱肉強食の自然界における原始的ルールだった。
人間に限ったことではなく、戦争は生物が生存するための避けられない厄災。
しかし人間が原始的ルールを複雑化し、悪い方向へと捻じ曲げた。
「人間の戦争に終焉はありません。知っていますか? 戦争をした国の国政が傾くと、支配者は『我々が苦しいのは敵国がすべてを奪ったからだ』と宣言します。苦しむ国民をまとめる、簡単で効果的な方法は怨みを煽ることです。世界を焼く大火になろうが、人間は決して火種を絶やさない。それが人間の業が複雑化させた厄災……戦争です」
こんな戦争に、魔王や神様なんて関わっちゃダメだ。
こんな戦争は、人間が人間相手に勝手にやればいい。
「そんな戦争の厄子が俺であり、そんな戦争から生まれたのが――」
苦し紛れの自己紹介が、俺のあと少しを埋めてくれた。
「俺の分身……〈厄災を運ぶ船〉森羅です」
俺が奥方様にまでたどり着いたのであれば、シンラが俺たちを迎えに来る。
討伐軍の相手をしながらだから、若干の時間的ブレが出てしまう。
暗朱色の機体に傷や罅が入っているのは、討伐軍からのダメージにプラスして俺のダメージがリンクして響いているから。それでもシンラのダメージは俺ほど深刻じゃない。
俺たちを迎えに来たシンラは、俺の背後からガトリングを掃射した。
ガトリングの弾は俺の身体をかすめるが、俺の抱える奥方様には当たらない。
シンラは俺だけなら躊躇わずに攻撃するが、奥方様はたとえ遺体だったとしても、シンラ自身が壊れたとしても奥方様は傷つけない。
俺をかすめたガトリングの弾丸は、俺と対峙している勇者さんに向かっていく。
戦闘機のガトリングが相手では、勇者さんの身体が万全でも簡単には防げない。
ダメージのある身体では尚更であり、勇者さんはシンラから離れていくしかない。
そしてガトリングに巻き込まれ、奥方様を縛っていた忌むべき磔柱が倒れていく。
磔柱が倒れていく間に、シンラはガトリングを停止させ、俺は奥方様を抱えたまま倒れ込むように処刑台から飛び降り、シンラに拾われるように乗り込む。
シンラのコックピットから、勇者さんたちの姿を捕らえる。
処刑台上空でホバリングしているシンラに対し、勇者さんに攻撃手段はない。
「ヤクヅツミ=ユーヤ……ユーヤぁぁぁぁぁぁ!」
勇者さんが俺の名前を叫んでいる。
俺を取り逃がすことへの屈辱か、自身や仲間を傷つけられた怒りか……。
屈辱や怒りなら、俺もシンラもあります。
俺もシンラも目障りなものがここにある。
「こんなところが……こんなものが、奥方様の死に場所なんて、目障りだ」
シンラが処刑台の真上から投下したのは落下式爆弾……いわゆる爆雷の一種であり、本来の爆雷は水中に投じて一定の深度で爆発する爆弾だが、もちろん地上攻撃にも使える。
俺とシンラの意識がリンクし、爆雷投下により処刑台を木端微塵に破壊した。
勇者のパーティーも巻き込んだが、復讐心はなくとも処刑台が目障りだった。
「さあ……帰りましょう、おくがた、さま……」
ミッションコード『奥方様のご帰宅』は、ちゃんとご帰宅してまでがクリアだ。
ちゃんと……奥方様を、十五人、魔王……娘たち、かえさな……いと……――
しっかりしろ! と、激を飛ばそうにも力が抜けて、意識ごと視界が真っ暗になった。
基本的にユーヤの実力は勇者のパーティーには及びません。
しかし勇者のパーティーは戦争のロクでもなさを知りません。
その差が出てしまえば、ユーヤでも勇者のパーティーを出し抜けるのです。
「勝てばよかろうなのだー」や「戦場では反則があれば即使え」や「知力を尽くせ」や「戦とは始まる前に八割が終わっている」などの一度は聞いたことがあるかもしれない某キャラクターたちの台詞が、そのまままかり通ってしまうのが戦争なのです。
さて……続きが見たいですか?
ちなみに、次は魔王の娘たちが出てきます。
ついでに一言
「寄せて上げても垂れる、だと?」
詠み人 Jカップ




