奥方様のご帰宅8
続きです。
第三章もそろそろ終わりますので、連続で載せます。
勝手な一言
「踏ませないでよ!」
詠み人 元カノ
第三章 奥方様のご帰宅8
「リオン、そいつの話に、耳を傾けちゃ、だめ、ですよ」
言葉が繋がっていないが、この声には聞き覚えがある。
俺は背中から全体に広がるダメージを押さえながら、声の主へと視線を向けた。
そこにはボロボロのローブを身にまとった聖女様が、魔法の杖を構えていた。
「これはこれは……ずいぶんと、色っぽいお姿ですね」
爆炎により黒ずんだ下着がちらちらと見えてしまい、ボロボロのローブがなければ乙女のピンチだ。もっとも、ボロボロなのはローブだけじゃない。
聖女様の杖は魔法を使うための杖ではなく、本当に身体を支えるための杖だ。
さっきの射撃魔法も連射は諦め、一発に魔力を込めて威力を上げたもの。
ギミックスピアによるダメージは、著しくソフィアさんの体力と魔力を削った。
「ふらふらじゃ、ねーかよ」
「左腕が、吹っ飛ぶより、マシですよ」
ザンガさんとソフィアさんがお互いのダメージを確認するが、どっちも致命的。
「まったく、ダメな男たちだ」
そしてもう一人……シンラの放火壁を越えて、半ば崩壊している処刑台へと続く道を越えてきたのは、直接会うのは初めての少女。
「真っ先に落ちた、てめーに言われたか、ねーよ」
その少女に、半死半生のままザンガさんが噛みついた。
しかし現状でまともに動けそうなのは、この少女だ。
「我が親友の屈辱と怒りは、ステラ=ブレット=フリードーがはらす!」
ここで再登場したのは、復活の龍姫様。
龍姫様のいう親友ってのは、俺とシンラが落としたドラゴンのことだろう。
ステラさんもダメージはあるが、それでも戦闘可能範囲で押さえられていた。
「あはは……白銀のドラゴンに庇ってもらいましたか? それとも、見捨てましたか?」
「貴様!」
庇うはともかく、俺の『見捨てた』発言は癪に障ったらしい。
怒りはすぐさま沸点に達し、ステラさんがランスを構えて飛び出してきた。
俺はハンドガンを構え、連射モードで発砲。
ステラさんはまだハンドガンに馴れておらず、それでも弾丸を弾き距離を保つ。
しかし俺の方は、かなりまずい。
ハンドガンの反動に、俺の身体がついていかない。
「――――――………………」
胃の中に、血の塊があるのがなんとなく分かる。
口にまで込み上げてはこないものの、血の風味が舌を刺激する。
背骨は、たぶん折れていない……だけど、背中の筋肉と横隔膜付近の臓器が壊れた。
防弾仕様の戦闘服じゃなければそれこそ死んでいた。
「ふむ……貴様も、相当無理がたたっているようだな」
この場にいる全員がもれなく大ダメージを受けているが、個別に見た場合、俺のダメージはステラさんのダメージより上だと判断されたようだ。
ドラゴンから降りたドラグナーでも騎士は騎士。
残存戦力を考えると旗色が悪すぎる。
「さすがに……勇者のパーティーに一人で挑むのは……無理がありましたかねぇ」
ハメやごまかしで戦ってきたが、ハメやごまかしは地力をあげるものじゃない。
「本当に、世の中は、うまくいかないものですね」
ようやく勇者さんを行動不能にまで追い込み、やっとここまで奥方様に近づけたのに、勇者のパーティーは思ったよりも強敵だった。
研究は充分にしてきたが、実行してみないと分からないことも多い。
でも、まあ、それでもいいですよ。
「良くも悪くも奇跡は起こるものであり、人生は想定通りにいきやしない」
想定外はいつだって起こるものだから、うまく行かなくても腐りはしない。
その程度で絶望なんてしていたら、きりがないのが人の世だ。
さて……奥方様も目の前だし、行くとしますか。
俺は痛む身体に活力を入れ、俊足とは言えないスピードで奥方様へと駆けていく。
勇者さんが行動不能であれば、奥方様に一番近い位置にいるのは俺だ。
ならばミッションコード『奥方様のご帰宅』を完了させよう。
「逃がすか!」
鈍足な俺とは違い、ダメージを負いながらもまだ早いステラさんが狙ってきた。
「ソフィア!」
俺を追っているのはステラさんだが、勇者さんはソフィアさんに声をかけた。
なんのつもりかは分からないが、俺は俺で勝負にでた。
ステラさんに追いつかれた瞬間、俺はすぐさま足を止めて振り返る。
「なっ!?」
ドスっ。
足を止めた俺は、ステラさんのもつドラゴンランスに自分から刺さりに行く。
俺の左わき腹に深々と刺したドラゴンランスを、さらに逃がさないように掴む。
頭や心臓に刺さらなければ、その場で死にはしないだろう。
死ぬにしたって脇腹であれば、まだ動けるはずだ。
「さよう、なら」
ドラゴンランスごと止めたステラさんに、右手で構えたハンドガンの銃口を向けた。
パンっパンっパンっと、連射モードの弾丸三連発がステラさんに着弾。
なんとも俺らしくもない戦術だが、なりふり構わないのも人間だ。
「きゃっ!?」
意外と可愛い悲鳴を上げたステラさんは、ハンドガンの衝撃で後方へ吹き飛ぶ。
至近距離と不意打ちによる三連射で、足の踏ん張りが間に合わなかったためだ。
それでもステラさんは吹き飛ぶついでに、ドラゴンランスを抜きとった。
深々と刺さっていたため、俺の腹から噴き出す血の量は半端じゃない。
「ぐぎぃ――」
奥歯を噛み締めながら俺は踏ん張り、バランスを崩しながらも奥方様へと進む。
「とう、ちゃ、くぅっ」
ダメージどころか、大量の出血と引き換えに奥方様のもとへとたどり着く。
俺は奥方様を磔にしている忌むべき柱に寄りかかった。
槍で貫かれた生々しい傷と血で穢されていたが、それでも確かに奥方様だ。
俺はパンっパンっと、ハンドガンで奥方様を繋ぐ鎖を撃ち破る。
奥方様の身体が磔柱から解放されて倒れるが、奥方様を倒してたまるかと俺が止める。しかし俺の身体もガタついており、ハンドガンを捨て、両手で支えるのがやっとだ。
「よ、し……あと、すこし……っ」
奥方様の奪還は成功したが、目的はご帰宅だ。
「ステラ、借りるぞ」
あと少し、あと少しなのに……そちらも、あと少しのようですね。
勇者さんが、ステラさんのドラゴンランスを構えていた。
次で第三章も終わりです。
勇者のパーティーと戦争人間の決着はどうなるのか?
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ちょっと嫌な気分になるかもしれません。
ついでに一言
「吐かずに飲め、掃除がメンドクサイ」
詠み人 居酒屋『のんだくれ』女将




