奥方様のご帰宅5
続きです。
潜入の時に氷室を吹き飛ばした物が判明します。
勝手な一言
「アルフォート、お前もか」
詠み人 真実を知ってしまったカカオの民
第三章 奥方様のご帰宅5
「おい、クソガキぃ!」
ザンガさんの堪忍袋はとっくの昔に切れていたが、ソフィアさんの脱落でついに通り超えたようだ。怒りで身体に力を込めると、生々しい銃痕から血が噴き出す。
ザンガさんは大剣を背負うように肩にかけ、一気に突撃してきた。
「ザンガ! まて!」
「黙ってろ!」
勇者さんの制止を聞かないザンガさんは、防御も回避もなくただ突っ込んでくる。
俺はハンドガンで迎え撃つが、怒りで我を忘れているわけじゃないようだ。
勇者さん同様に弾道は見えているようで、頭部への着弾は避けていた。
身体への着弾なら何発でも耐えられる……心臓に当たれば仕方がないってやつか。
分厚い筋肉と硬い骨格……頑丈な身体にものを言わせた特攻かよ。
ハンドガンでは止まらないザンガさんに、俺は最後の手榴弾を投げつけた。
「そいつは飽きたぜ!」
手榴弾を警戒したザンガさんは、背負っていた大剣を振るった。
剣圧による遠距離攻撃かと思ったが、ザンガさんの攻撃はもっと単純だった。
こともあろうにザンガさんは、肩に背負っていた大剣で手榴弾を打ち返す。
しかしザンガさんも必死だったようで、握っていたはずの大剣もすっぽ抜けていた。
それでも打ち返された手榴弾は、俺の方へと飛んでくる。
「げっ!?」
手榴弾はピンを外してから爆発するまで、一瞬のタイムラグがある。そこを狙われた。
頑丈なザンガさん対策のために、手榴弾を使いすぎた。
俺の戦闘服は弾丸なら耐えられるが、爆発に耐えられる代物じゃない。
俺は手榴弾の破壊範囲から逃れるため、大きく横に飛ぶ。
手榴弾をうまくかわしたが……俺も詰めが甘い。
俺が銃撃戦に馴れているように、偽悪ザンガは乱戦に馴れていた。
俺のかわした先に、満身創痍とは思えないスピードで、ザンガさんが回り込んでいた。
「いい加減――」
砲丸投げのようにザンガさんがふりかぶり、そしてごつい右拳を飛ばしてくる。
「殴らせろ!」
ザンガさんの気合に押されるように俺は身体を寝かせるが、右拳が顔面にぶち当たる。
俺はとっさに右太腿を庇いながら、三メートル近く吹き飛ばされてからのダウン。
うつ伏せに倒れてしまった俺だが、追撃はなく、ザンガさんも息を荒くしていた。アサルトライフルとハンドガンでのダメージにより、ザンガさんの身体も限界寸前。
身体は正直……怒りで痛みをごまかしてきたツケですね。
それに追撃してこないのは、それだけが理由じゃない。
「ちっ。スウェーしてかわしやがった」
顔面にぶち当たったわけだが、直撃はしていない。
ザンガさんは俺の顔面を殴る時、俺が身体を寝かせてダメージを押さえていることに気づいていた。三メートル近く吹き飛ばされたのも、半分は俺が自分で下がったから。
威力は半減しており、ザンガさんが追撃に来ていればハンドガンで撃ち抜いている。
それにしても、危ないですね。かわしたけれど、それとは別に軽く命の危機だった。
俺はゆっくりと立ち上がり、とっさに庇ったものを隠すように取り出す。
「おらっ、もう一発殴らせろよぉ!」
ダメージにより追撃を見送ったザンガさんだが、攻撃態勢を整えから攻め込んできた。
俺は右手でハンドガンを向け、あまりやりたくはないが片手撃ちを実行。
しかし当たらない。
「何発もパンパン撃たれりゃ、俺でも馴れてくるんだよ!」
ザンガさんは弾丸の威力とタイミングを、身体で覚えたとでも言いたげだ。
普通なら覚える前にオダブツなのだが、ザンガさんは頑丈な身体にものを言わせて戦闘中に銃撃戦への経験を血肉に変えた。経験をその場で戦闘に応用できるタイプ。
だからこそ、こんなタイプだからこそ、初見殺しにハマりやすい。
ザンガさんがハンドガンをかわせるようになったのは、ザンガさんが銃撃に馴れてきたのと、単純に俺の両手撃ちからの片手撃ちで命中率が下がったためだ。両手撃ちからいきなり片手撃ちに変えると、片手撃ちに馴れるまでどうしても命中率が下がってしまう。
身体へのダメージと引き換えに手に入れた銃撃戦に対する馴れと、手榴弾にも対応できた事実は、ザンガさんにとってはこの上ない戦果と言えよう。
その戦果の中に、こいつを追加してやる。
ハンドガンでけん制しつつ、俺がザンガさんへ投げつけたのは試験管。
液体で満たされ、しっかりと蓋をしめているだけの、細長い硝子の瓶。
「火力切れか、クソガキ!?」
アサルトライフル、ハンドガン、手榴弾と続き、次に投げつけられたのが試験管。
ザンガさんからしてみれば、今までの兵器に比べるとショボク見えよう。
しかしこれは初見殺しにぴったりなほど、見た目の脅威は薄く、破壊力抜群の危険物。
ザンガさんは左拳でショボク見えてしまった試験管を殴り――当然、試験管は割れた。
中に入っていた液体がザンガさんの左手にかかると、ボンっ――小規模爆発した。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
今まで痛みとダメージを耐えてきたザンガさんだが、左腕が吹き飛べばもうダメだ。
おそらく左腕はもう二度と機能しまい。
「手榴弾みたいな物体は打ち返せても、液体は打ち返せませんし砕けません」
ザンガさんみたいなタイプは、危険だと分かっていてもわざわざ自分から手を出してくれる。
大剣で盾を作り、身体で仲間を守り、手榴弾を打ち返し、銃弾の中を飛びこむ……勇敢と言えば勇敢なのですが、空回りさせるのは簡単。
正面から向かってくる硬い岩は砕けても、落とし穴にハマるタイプだ。
「なに、しやがったー!?」
身体は動かずとも叫ぶ元気はまだあるようだ。
「それですか? そいつは、ニトログリセリン……ようするに、爆発する液体です」
俺がテラスに潜入する時、氷室を吹き飛ばした代物もこれだ。
ニトログリセリンをつめた酒瓶が、燃えていく荷車から落ちて割れると爆発するし、落ちた衝撃で割れなかったとしても、炎の勢いで酒瓶が割れて爆発する。
瓶一本なら氷室を吹き飛ばし、試験管一本でも腕一本を吹き飛ばす。
爆発する液体の存在を知っていても、試験管のまま飛んでくるとは思うまい。
「クソヤロー……こんなぶっそーなもんを、仕込んでいやがった……イカレヤロー」
忌々しそうにザンガさんは止血のため左腕を押さえつけ、歯を食いしばる。
ザンガさんのイカレ評価ももっともだ。
爆発物を仕込むため、戦闘服のポケットは上下とも衝撃吸収の二重構造。
それでも万が一ってことがあるので、俺は右太腿のポケットを庇った。
転んだ拍子に試験管が割れてしまえば、俺の右足のほうが吹っ飛んでいただろう。
使う時よりも、保管して持ち歩いているほうが疲れる代物なのだ。
「でもよぉ、まだこれからだぜ」
ザンガさんの最後の言葉は、負け犬の遠吠え、などではない。
俺の死角から巨大な剣圧が放たれ、気づいた時には回避行動が遅れた。
「ぐぁっ!?」
致命打や決定打ではないが、それでも許してしまったクリーンヒット。
斬撃と打撃が合わさった攻撃により、戦闘服は切り裂かれ、左肋骨の何本かが折れた。
こんな攻撃を放てる人間なんてここには――いたよ。
「ザンガ、あとはボクに任せろ」
勇者さんはザンガさんが投げつけた大剣を構えていた。
ザンガさんは手榴弾を打ち返した時、大剣を握りきれずに手放してしまったわけじゃなくて、勇者さんに向かって自分の得物を投げ渡していたのだ。
それに気づかれないように、闘気全開の徒手攻撃で特攻してきた。
ニトログリセリンは予想外だったと思うが、それでも勇者に希望は託していた。
しかも勇者さんの後方、約七メートル地点に奥方様が繋がれている。
あと少しなのに、ここにきて勇者さんとタイマンかよ。
聖女と偽悪の脱落により残りは勇者ただ一人。
勇者と戦争人間の戦いはどこまで続くのか……続きが見たいですか?
ちょっと嫌な気分になるかもしれません。
ついでに一言
「バレンタインの決戦など、チョコでチョコを洗う甘い戦いでしかない」
詠み人 某大企業の暴露本より抜粋




