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ある時ふと気が付いた。
これがとある乙女ゲームの世界で。
しかも私が、主人公の敵である悪役キャラに転生したって。
こんなバカげたこと、一体誰が信じてくれる?
「はじめまして、東雲煌季です」
この世に生を受けてきてから4年。
あなたの婚約者よ?とはじめての顔合わせをした今夜のパーティー。
完璧な王子様のようなルックスだけど、妙に胡散臭さを感じる嘘くさい笑顔で自己紹介をされた途端、突如襲ってきた記憶の濁流。
これが乙女ゲームの世界で、しかもまさかの悪役令嬢に生まれ変わっちゃったこと。ついでに自分の前世の記憶まで思い出した。
あまりの情報量の多さとのしかかる現実に耐えきれなくて、婚約者様を目の前にして卒倒してその後も三日三晩寝込んだ。
そうして、ようやく私はこの身に降りかかった出来事を認めることができた。
私が転生したのは、『Black Lovers』というとある乙女ゲームの世界。
舞台は、それはそれは素晴らしい家柄のご子息・ご令嬢が通う『白鷺学園』の高等部。そこに特待生として編入してきた一般家庭の主人公、月島希と、6人の男性達と恋を育むという内容だ。設定はありきたりだったけど、出てくる攻略キャラクター達がちょっとヤバいとある意味評判になっていたっけ。
簡単に言うと、行き過ぎたドSとかヤンデレとか腹黒王子とか出てくる。
せめてキャラクターだけは奇抜に!という指令のもと、当時の流行りをふんだんに詰め込み、強化していった結果、とんでもない黒いキャラ達になってしまったっていうのが真実だけど。
ちなみにそのゲームの創作・指揮してたの、私の妹だった。だから、プレイしたことはないけど内容は大まかに知ってる。相談とかされてたからね、キャラのこととかで。
あ、そうそう、前世の私は2×歳で交通事故であっけなく前の世界を去った。
で、今の私は『城ヶ崎凛』という人間に生まれ変わってたりする。
彼女は日本でも有数の城ヶ崎財閥の一人娘であり、そして、主人公の恋路を邪魔する悪役キャラである。
家庭環境からか甘甘に育てられた彼女は、見事な金髪縦ロールゴージャス系意地悪娘に成長し、手下を使ってひたすら主人公を虐めぬく。
しかしそこは王道ストーリ。最後は希ちゃんは攻略対象とめでたく結ばれ、凛はあっけなく学園を追い出される……というのは表向きの話で、実は城ヶ崎家共々、密かに始末されましたっていうオチらしい。妹いわく。
俺の可愛い希を苦しめた女には、死の鉄槌を。だと。
なにそのダークな乙女ゲーム。意味分からない。学園追放で普通にいいじゃない、って思ったんだけど、それで終わらないのが攻略対象のどす黒いところらしい。
っていうことは、私もこの家もこのままいったらフルぼっこで死刑確定だよね?
勘弁してほしい。
せっかくそれなりの名家でものすごい美人さんに生まれたんだから、この世の春を謳歌したいじゃない!
なのに前世よりも短い人生で幕を閉じるなんて冗談じゃない!!
だけど幸いなことに、今からならまだその未来を回避できるかもしれない。
要は、私が希ちゃんに危害を加えなければいいのだ。
まあ未来の血塗られた予想図を考えたら、今の私が彼女に手を出すことは絶対にあり得ないから大丈夫だとは思う。
しかし、どこでどう転がって、暗転直下、暗い未来に落ちていくかは分からないので、あまり攻略対象の男性キャラとは近付かないようにした方が得策だろう。
特に婚約者、東雲煌季とは。
彼とのルートが、城ヶ崎凛が一番手痛いしっぺ返しを食らっていた。特に悲惨な最期だった。
あの人、敵に回したら本当怖い。
おなかの中は内臓の隅々までまっ黒っていうほどに腹黒い。あんな人絶対に頼まれても近付きたくない。
だけどファンの間では断トツ人気ナンバーワンだったらしいからな。やっぱりあの顔か、顔が良ければ何でもいいのか。
…あー、婚約破棄とかしてくれないかなぁ。でもそれはないだろうなぁ。
日本でも屈指の名家の城ヶ崎家と東雲家。
実は長年犬猿の仲だったが、私たちの父親同士が、過去の因縁なんて捨てて、これからは手に手をとり共に歩もうではないか、という意見で一致した。
その、友好の証として設けられたのが私たちの婚約話だ。
個人の好き嫌いで覆せるわけがない。
はぁ。憂鬱だ。
しかし仕方がないことだ。
婚約者なのでさすがに一切の交流をなくすことは不可能だけど、あえてこちらから行かなければ良いだけの話だ。
ゲームの中でも、凛の方が積極的に東雲にすり寄って行ってて、彼の方は微塵も彼女に興味がなかったみたいだったから、まあ大丈夫だろう。
後は私のことなんて気にせず、ヒロインと結ばれたらいいと思う。私は祝福するぞ。喜んで婚約解消の手伝いをさせてもらう。
…………なんてことを考えていたのに。
「城ヶ崎さん、具合はどう?」
なぜ東雲煌季が私の部屋にいるのだろう。