献血の文化
近くのデパートで、献血をやっているのを見かけた。サンドウィッチマン姿で、中年男性が宣伝をやっている姿が目に映った。
『緊急事態。A、AB、Oの血液が不足しています。どうか、献血にご協力ください』
そんな言葉が書かれた看板(?)を着込んでいる。
その中年男性は暗い顔をしており、あまり宣伝には向かないように思えたが、なんとなく僕は協力してあげたい気分になった。ただ、問題点が一つ。僕の血液型は、血液型性格診断の嫌われもの、言っただけで嫌な顔をされる事もあるあのB型。つまり、不足している血液型ではなかったのだ。
それで僕は少し考えると、近くに知人が住んでいるのを思い出した。彼は確かA型だったはず。もちろん僕も献血をするけども、その彼にも協力を呼びかけようと思い付いた。もっとも、その彼はあまり献血に対して積極的ではなかったのだけど。
ここで少し献血の文化について語っておこう。その昔、日本に献血はなかった。あったのは“売血”で、一般の人が売った血を、民間血液銀行が買い取る事で成り立っていた。ところが、この売血制度には大きな問題点がいくつかあった。一つは、職業売血者が、血を売り過ぎて死んでしまう事件が起こってしまう点。もう一つは、感染症の問題。生活をする為に血を売る人は、自分が病気でもそれを隠してしまう傾向にある。結果として、輸血を介しての感染が社会問題となってしまっていたのだ。
ここで漫画『墓場の○太郎』を思い出した人もいるかもしれない。○太郎の誕生の物語で、幽霊の血を輸血され、死人のようになった患者が出てくるが、あれはこういった社会的背景を反映したものだったのだろう。恐らくは、社会批判的な意味合いがあったはずだ。
そしてそういった問題点を解決する為に、献血制度は設けられ、献血の文化は急速に日本に浸透していった。これは誇っていい日本の文化だと思う。個人個人の善意の行動が、社会全体の利益に結びついている(もちろん、献血者自身も含まれる)という理想的なケースだ。
僕は近所に住む知人の家を訪ねると、玄関のチャイムを鳴らした。突然訪ねて来た僕に、その知人は驚いていた。
「一体、どうしたんだよ?」
僕はいきなりは献血の話を出さず、まずは「いや、近くを通ったもんだから、偶にはと思って寄ってみたんだよ」とそう言ってみた。不可解な表情を浮かべながらも、友人は「そうか」とそう応えた。
「ところで、ちょっと面白い話を聞いたんだよ。中国の話なんだけどさ」
中国。その言葉を聞いて、その知人は険しい表情を見せる。実はこの知人は中国嫌いで有名なのだ。
「中国にも“献血”があるらしいんだが、希望者が少なくって、かなり無理矢理な方法を執っているらしいんだよ。献血した者は、輸血が無料になるとか、家族が献血すれば代わりに輸血できるとか。日本では、そんな事はないのにな」
僕がそう続けると、その知人は嬉しそうな顔を見せた。中国を馬鹿にする話だったからだろう。
因みに、中国では売血制度によるエイズ感染が社会問題となって献血が始まったらしい。日本と事情は似ているのかもしれない。ただし、恐らくは献血に変えても輸血によるエイズ感染は防ぎ切れないだろう。これは日本での話だけど、血液検査の代わりに献血をして、エイズを感染させてしまったという事件が起きている。いや、それどころか、厚生省がエイズ感染したと分かっている血液製剤を市場にそのまま流通させ、多数の感染者を出した、という恥ずべき酷い事件も起こった。いわゆる薬害エイズ問題だが。
「そりゃそうだろう。中国の連中が、社会の為に善意の献血をするなんて有り得ない」
知人は僕の言葉を受けるとそう語った。
実際に話した事もない中国人達を、どうしてここまで馬鹿に出来るのだろう?と思いはしたけど、僕はそれは言わずにこう返した。
「でもさ、最近、日本でも献血が不足しているらしいぜ。実はちょうど近くのデパートで、献血を募っているんだが、緊急事態だってさ。僕は今から献血に行くのだけど、お前も一緒にいかないか?」
するとそいつはあっさりと、「オッケー。そういう事なら、協力するよ」とそう答えたのだった。
僕は内心で“上手くいった”と喜び、小さくガッツポーズを取った。
実は近年、日本の献血制度も徐々に危機的状況下に追い込まれつつある。つまり、中国を馬鹿にしてはいられないのだ。原因の一つには社会の高齢化があるのだけど、それだけじゃない。若い世代の献血離れが、それに拍車をかけている。明らかに激減しているらしい。
皮肉なのは、その若い世代に中国を馬鹿にしている人が特に多いらしいという点だろうか。そして、そういう人達は、どうも日本を誇りたがる傾向にあるようだ。
……日本の文化を、社会を誇りたいのなら、献血くらい何も言わずとも積極的に参加してもらいたいもんだ、とそう僕は思う。
まぁ、もっとも、本当に同じ人達なのかどうかは、調査をした訳でもなんでもないから、分からないのだけど。
因みに、そうして輸血用の血液が足らなくなれば、当然の話ながら、それは医療費負担の増大という形になって、自らに返って来る事になる。
RHマイナスの人に、献血の話を聞いた事があるのですが、協力のお礼に伊勢エビとかくれるそうです。伊勢エビ… いいなぁ。因みに僕は、今のところ、通算12回ほど献血していたりします。
……いえ、けんけつちゃんグッズとかキティちゃんグッズが欲しい訳じゃないですよ?(すると貰えるらしい)




