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魔天の民  作者: ユール
1/1

街の闇

 上を見上げると空が見え、下を見据えると街が見える。昔からその風景は変わらない。それは家のベランダから見える景色。

 彼、ロード・ロギエル・ディーランドはその景色を一瞬見据えながらベランダの策を乗り越えて下の地面めがけて足を蹴った。

 一瞬体が浮き上がりそして瞬きする暇も無く芝の敷かれた柔らかな地表に転がる。それは彼がいつも使う外出用の最短ルートだった。

 最初はただ高いところから飛ぶ訓練のような感じでやっていたのだが、最近は一階を通るよりも早く外に出れるということで二階のベランダを使うようになった。

 ロギエスは転がった後、周囲を見渡してパタパタと足首や背中についた草を掃う。そしてすぐには門の前へまで歩みを進めた。

 目の前に広がる鋼鉄の鉄格子、いくつかの鉄がおりかさなってできたそれはちょっとやそっとでは折れることも切れることも無いだろう。

 その鉄格子を眺めながらロギエルは言った。


「プールさん、門を開けてください。今から王都にいる父に書状を届けなければならないんです」


 ロギエルはそう言って胸元から赤い蝋燭印のある茶色の紙を取り出した。

 すると鉄格子のあたりから黒服に身を包んだ初老の男が突然降って沸いたかのようにして両腕を後ろにし現れる。

 そして男は冷めた目で小さな黒髪の少年を見据えた。瞬間ロギエルの全身に鳥肌が立った。

 それは恐怖からくるものなのかそれとも別のものか、よくわからないけど目の前にいる男と目を合わせるといつもこうなる。

 そういえば父さまと稽古をつけているときも時々同じようなことが起こったっけ、ロギエルは一瞬そう思いつつも男の目を見据えてごくりと息を飲んだ。


「おや、ロギエル様ではありませんか。今日はどういったご用件で外へ?」

「だから父様宛に届いた書状を届けに王都へ」

「すみません、私、最近めっぽう耳が遠くなりまして」

「前もそんなことを言っていましたよね」


 ロギエルがそういうと黒服の男はくすくすと笑いながら頷いた。


「そうでしたか? 最近物覚えも悪くなりまして」 っと言って男は足音も響かせず門の前まで歩みよりそして両手でゆっくりと門を開いた。

「ロギエル様、お気を付けて」

「じゃー言ってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませロギエル様」


 男はそういうと微笑を浮かべ黒色の門を音も無く閉ざした。

 その様子を見届けたロギエルは反転して目の前に見える街とそして王城のある方向へとその足を向ける。



 それからいくつかの時間が経った頃、目の前に再び門が見えた。ロギエルはその門の先を一度見据えてポケットを確認すると

 深い溜息をつく。


「馬車にすればよかったかな? いや、馬車なんか乗ったら父上に叱られてしまう。『貴族であって貴族でない』それがうちだしなぁ~

 あぁー手持ちもないしやっぱり徒歩しかないよね」


 癖のない黒色の髪を小さなその手で軽く掻き乱すとロギエルは目の前にある大きな門の前までゆっくりとした足取りで進んでいく。

 しばらくして門の前に着くと門の左側から二人の鎧姿の兵士が歩いてきた。顔は兜で覆われて窺うことができなかったがその歩き方で誰なのかすぐにロギエルにはわかった。


「クロムさんにロベールさんですね?」


 鎧を身にまとった二人の兵士はその声に頷くと鋼鉄の兜の裏からひょっこりと髭面の顔をのぞかせ口を開いた。


「顔も見ずによくわかるよな~本当にたいしたもんだぜ~やっぱお父上様に鍛えられてるのかな?」


 っと、男はロギエルの頭をなでてくる。くすぐったそうにしながらも笑いながらロギエルは言った。


「何年もこの門を徒歩で通ってるんですよ? 嫌でも覚えますって」

「ハハハ、それもそうだな」


 一人がそういうともう一人が腕を組んで言う。


「で、今日はどんな用で外にお出かけで?」


 赤く腫れ上がった鼻をした男がそういうと、ロギエルは手に握られ巻かれた書状を見せて言った。


「ヘヘヘ、今日は父上に届いたこの手紙を父上に渡すために王城まで行かなくちゃならないんだよ」


 二人の男はロギエルを見て僅かに頬を緩ませながらその膨れた唇を開いた。


「そうか~そりゃー重要任務だな! 手紙を落とさないように用心して行けよ? それに町は今子供を狙った誘拐事件で慌しいから

 気をつけろよ? お前もまだ7歳なんだ。もしもそれらしい人に出会ったらすぐに逃げるんだぞ? 決して戦って捕まえようとか考えるなよ?」  


 男は心配だ、っと言わんばかりの表情でロギエルを見る。その顔を見て軽い口調でロギエルは男に言葉を返した。


「大丈夫だよ、路地裏とか裏街に入らなかったら基本的に大丈夫って聞いたし、それに今からいく王城ってここからまっすぐの場所にあるわけだし町の中には

 警備兵だって沢山いるんだ。だからさぁ~大丈夫、そんなに心配しなくていいよ」


 すると二人の男は互いに顔を突き合わせて小さな溜息を同時にしてロギエルの肩に手を乗せた。


「お前、危機意識とか全然無いだろ? そういう無防備な奴ほど人攫いは狙うんだよ。それに兵士が沢山いるから大丈夫?

 油断するんじゃないぞ? 昨日だってコレだけの警戒で二人の子供が行方知れずになってるんだ。だからロギエル。本当に

 気をつけていくんだぞ? 知らないおじさんとかが話しかけてきても無視でそれでも追いかけてくるようだったら大声で周りの一人に

 助けをもとめるんだぞ。絶対だ、絶対にだぞ? 俺はお前が居なくなったら悲しいし、多分泣いてしまうだろうからよ。だから頼むぜマジで」 


「わかりました。わかりましたよ。街中だけど気をつけて行きます。ま、何かあったら叫んだりもします。だから心配しないでいいですよ」


 茶色の目をした男を見上げながらそういった。すると男は肩から手を離しゆっくりとした足取りで鉄の門を開いた。

 瞬間、空間に鉄と地面が擦れる音が聞こえる。その後すぐに視界に外の風景が映りこんだ。開かれた扉の左右には先ほど話した二人の男が

 佇んでロギエルを見据えていた。その真中をロギエルは少し遠慮がちに進む。


「じゃー行って来ます」

「本当にきいつけろよ」

「うん」


 〆:::::■::::〆



 貴族街から出てどのくらい経っただろうか、多分20分も経っていない。 

 ロギエルは中央通りの真中で不意にその足を止めていた。それは街を巡回する兵士に声をかけられてしまい

 足止めを余儀なくされたからである。これで何度目だろうか、数分前にも同じように声をかけられて足止めを食らったばかり

 その前もそのまたその前もそうだ、さすがに同じことを何度も注意されると苛立ちが沸いてくる。けれどもそれをロギエルは表には出さなかった。 

 ロギエルは愛想笑いを浮かべながら、目の前の兵士の言葉を聞きながらすべてを言い切るのを待つ。それから数分、淡々と口を動かす兵士がその口を閉ざしたとき、

 軽く頭を下げてその場から急ぎ足を離れた。一瞬後ろを振り返ると兵士がこちらを心配そうに見ているのが見えた。ロギエルはその兵士に苦笑いを浮かべながら再び小さく頭を下げる。

 しばらくして兵士の姿が見えなくなるとロギエルは歩きながら嘆息した。


「心配してくれるのはありがたいけど、やっぱり限度ってものがあるよね。はぁ……車で来ればよかったかな?」


 ロギエルがそう不意に口に出した瞬間、今まで明るかった視界が突如暗闇に覆われる。


「う!?」


 喉を詰まらせたような声をその場に残すと足が地面から離れた感覚と体が何かに包まれた感覚にロギエルは襲われた。

 それと同時に枯れ草の匂いが嗅覚を刺激して息苦しくなった。


「ちょ、な、な、なんなんだよ」


 少し篭った声が耳に帰って聞こえてくる。明らかに今現在ロギエルは何かに包まれて運ばれていた。

 何度も不定期に揺れる体、狭く息苦しい。ロギエルは何度も体を動かしてその場から逃げようとするが、どうにも体が上手く動かない。

 足を伸ばせばゴムのように引き離され、手を伸ばせば反発するように帰ってくる。今の状況が理解できぬまま四苦八苦していると、突然背中に激痛が電流のように走る。

 最初は何が起こったのかわからなかった。ただ悶えてその袋らしき物の中でぐるぐると回る。数秒後、いつの間にか視界が太陽の光に照らされてドッと開く。


「っつ!」


 暖かな陽光が頭上に輝き、青空が広がっている。右を見れば家が、左を見れば店が、下には大理石の地面。いつの間にかロギエルは袋から抜け出し

 街の真中で大の字になって倒れこんでいた。そこで突然視界の先に影ができる。すぐにその影が人のモノだとわかった。彼は影を作り出している人物の方向に目を向ける。すると視界に黒色のローブをした老人が映りこむ。

 それは白く長い髭と無数の根のようにして広がったシワを頬や額に持つ老人。老人の身につけているローブや背に背負った少し大きめな杖を見れば彼が魔術師に順ずる者だとわかる。その老人がシワのある口元をゆっくりと動かし

 こちらを見る。


「コレは……どうしたものか」


 老人はそういってしばらく顎に手のひらを当て黙り込む。同時に老人はロギエルを嘗め回すようにして眺めた。


「君は魔法を知っているのかい?」


 突如そういってきた老人にロギエルは首を傾げる。


 生まれて今まで魔法のマの字もかじったことは無い。それどころか魔法書や実際に使われている魔法さえも見たことがなかった。

 ロギエルがしる魔法とは小説や文献などで語られている魔道師マオの伝説やその弟子が残した文献、それぐらいだ。


「マオが魔法の生みの親である事や魔法がどのようなモノなのかは知っています。でもなんで突然そんな事を? そもそも貴方はどこのどなたですか?

 それに僕に一体何が……」


 老人はロギエルの言葉を聴くとピクっと髭をなでるのをやめ、指先を少し前の地面を差し


「ん~む。魔法についてはあまり知識が無いようだ。その程度の認識でワシの……いや、今はそんな事よりも君に何が起こったのか教えておこう」


 っと老人は一瞬眉を細めるとゆっくりと指先を少し前の地面に向けた。


「……あれは?」


 ゆっくりとのした口調でロギエルはそうもらす。

 視線の先には二人の男が寝息をたてながら眠っていた。

 老人は目を細め佇むロギエルに再び視線を戻し口を開く。

 なんとなくだけど、本当になんとなく、あの二人が何者なのかロギエルにはわかっていた。

 最近多く耳にする言葉、けれど自分にそれが降りかかるなんて今の今まで微塵も考えてはいなかった。

 そもそも今は昼間で人通りも多く、いくらやつらが金に飢えた連中だとしても今ここで襲うのはリスクが大きすぎる。

 なにより追っ手は必死、確実な脱出プランがないとこんな場所で標的を襲うなんて事できるはずが無い。

 けれど……


「彼ら君を拉致しどこかに連れて行こうとした。そう、彼らは今この街で騒がれている誘拐班の一味。君はその標的だったようだ。

 偶然ワシが君に近づく怪しげな男二人を目にしたから今はこうして大事になる前に防げたがワシがいなければ君は誘拐されて大変なことに

 なっていたところだ。ワシに感謝するのだぞ?」


 っと老人は笑ってロギエルに言った。

 それにロギエルは素直に老人の顔を見て大きく一礼する。


「僕を助けていただきありがとうございました。でもどうしておじいさんはこの人たちが怪しいと思ったんですか? 僕の周りにはこんなにも人がいるのに……」


 周囲を見渡せば数え切れない人間が街のこの道を歩き行き来していた。その中で老人はどうやって彼らが怪しい人間だと判断したのだろうか、ロギエルはそのことが気になった。

 すると老人は少し困った顔してしかしすぐにその口元を動かしてロギエルに言った。


「確かに君の考えることはわかる。これだけの人間が行き来する場所で彼らが怪しい人物だとわかる人間なんてまずいないだろう。そもそも気にも留めないはずだ。が、ワシらにはわかる。

 そう魔法使いなら誰だってわかる。その人物に魔法的何かが施されていればワシらはすぐにわかるのじゃ」

「魔法的何か? って何のことですか? 魔法使いには僕たちとは違う何かが見えているって事なんですか?」


 その質問に老人は頷いて言った。


「そう、わしら魔法使いには見える。普通の人間には見えないかすかな歪み、ひずみ

「……歪?」

「そうじゃ、歪、それは魔法や魔道具によって引き起こされる自然界に存在しない異質な気配、空気、そんな感じの物でワシはその歪を見てその者どもが

 怪しい者たちだと判断しそして実際彼らは君を誘拐しようとした。それを助けた。それが今の状況、これでわかったかな? ワシがこれだけ大勢いる人間の中で

 この二人が怪しいと判断した理由」


 歪? 歪み? そんな事突然言われてもわからない。そもそも実際にそんなものが存在するかこの目で確認する事ができないこの状況で目の前にいる老人の言葉を信じることなんて

 無理な話、でも実際それで老人はロギエルを助けてくれた。そのことは逃れようも無い事実でこの際歪みがどうとか歪がどうとか気にしている意味なんてなかった。

 なんとなくだけどそんなものがあるのだと半信半疑だが信じて心の隅へその気持ちをおいて置いた。


「本当にそんなものがあるとしてこの人たちのどこに魔法の歪みっていうのがあるんですか?」


 すると老人はゆっくりとした足取りで歩み、二人の男たちの傍までよると彼らの羽織っていた黒色のローブを手にして言った。


「このローブ……このローブから魔術の歪みが生まていた」

「ローブから? 一体何の魔法が」


 老人は頷きながら言葉を続けた。


「君は魔法と魔道具の差を知っているかい?」

「いえ、全然まったく知りません」


 即答するロギエルを老人はかすかに笑いながら見据えると小さく頷く。


「そうか、知らぬのなら教えておこう。まず始めに魔法、魔法とはかつて魔法の創造主にしてこの世界に魔法を広めた第一人者『マオ』と呼ばれる大魔道師が

 作ったとされる七つの魔法式が原点とされておる。魔法式とは『火』『水』『風』『土』『雷』『光』『闇』を利用し作り出す力の事。それは人を傷つけることも

 守ることもできる万能な力。しかし魔法式は国、風習、文化によって異なり破壊力も防衛力も違ってくる。だからこそ国を治める多くの人間は魔法開発が国力の増加に

 繋がると考えておるのじゃ、マオの登場から300年、魔法はまだまだ発展途上、これからも多くの魔法が開発され、利用されていくじゃろう。だからこそ魔道師の育成は大切なのじゃ。

 しかし魔道師になれるのはマオの加護を受けた人間だけ、マオの加護とはつまり魔法元素が見えるか、そうでないかによって決まってくる。魔法元素は今もワシらの周りに漂っておる。

 それは蝶のようにも鳥のようにも虫や獣の姿にも見える。様々な形をしているそれはマオの加護を受けた人間にだけ見え、そうでないものは何もない平凡な空間が写りこむだけ、

 ワシには今無数の赤い蝶が見えておる。天には竜が、地に獣が、数多くの元素が見えている。魔法元素が見えれば見えるほどその術者の魔力保有率が高いことを示している。

 魔法とはそれらの形ある者たちを利用しこの世界に還元する力。この力は滅多に自然界に自然に発生することはない。だからこそ魔法使いが魔法を使うと空間に歪が生まれる。

 魔法元素の形もゆがみ、もやもやとぼやけてみえてしまう。魔道師はそれを見た瞬間に確実に違和感を感じることになる。それが魔法、加護を手にしたものしか使うことのできないのが魔法だ。

 そしてそれとは別に魔法とよく似た力を生み出すものがある。それは『魔道具』一般的に強い魔力を持った獣や魔石と呼ばれる大量の魔力が閉じ込められた石を武器や道具に転用して用いる方法。

 これにはマオの加護は必要ない。その人間がその武器を使い道具を使うと自然に魔法式が組み立てられ自然発動するように構成されている。その力は魔石の魔力量や獣から取れた素材の魔力残存量に比例して

 強弱を表し、さらにその魔道具を作った者の魔力が高ければ高いほど魔道具の仕上がりも変わってくる。例えば魔道具をただの職人が作った場合、その力は素材の魔力残存量だけに比例してその素材その物の力しか

 発揮できないが、それがマオの加護を大きく受けた者であればその効果は二倍や三倍にも膨れ上がる。魔道具とは作り主によってその力がかわってくるのだ。その代わり作られた後になれば誰でも使い魔法を行使する事ができる。

 コレが魔道具と魔法の差、どうじゃわかったかのぉ~」


 長々と老人はそういって長く伸びた髭をなでた。


『魔道具と魔法の差はなんとなくわかりました。でもそれとこれとどんな関係が?」


 その言葉に老人は真剣なまなざしをロギエルに向ける。


「先ほどの質問じゃが、これはどんな魔法かと君はわしに聞いたの?」

「はい」

「うむ、これは透明化の魔法、ワシもよく知らんが、東洋の国で用いられる魔法らしいのぉー多くは密偵や暗殺などに使われる魔法じゃ。じゃがこやつらにそのような魔法を仕えるとは思えぬ。

 どうやって手に入れたか知らぬが、こやつらこの透明化の魔法式が施された魔道具を利用して誘拐を繰り返していたようじゃ」

「透明化の魔法式……だから今まで一人の逮捕者も出なかったんですね?」


 誘拐事件は何度も発生していて今はもう何百人もの人間がこの国から消えている。

 国はそのことに多くの兵士を動員して事件解決にやっきになっていた。ロギエルは国の兵士がなぜ見つけ出せないのかその時初めて理解した。

 彼らは体を隠し、日中でも平然と兵士の目をかいくぐってのうのうと犯罪を行っていたのだ。


「そのとおりじゃ、まぁーワシがきたからにはこの国で誘拐などもうさせぬがな、それにこやつらを役所に届ければなにかしらの情報も手に入る出あろう。幸いワシのかけた

 睡眠魔法でこやつらは夜まで目を覚ますことは無く、逃げる心配も無い空のぉー」


 ロギエルは自身満々にそういう老人を見て眉を細めた。

 この老人がただの魔法使い出ないことは明らか、自らこの街で起こるすべての誘拐事件を食い止めると宣言し、一瞬で二人の男に魔法をかけたその腕、多分きっと只者ではない。

 そうロギエルが思っていると、どこからとも無く声が響く。それは人ごみの中からの声。しかしそれはロギエルを呼ぶ声ではなかった。


「アシュラ様、何で突然居なくなるんですか! 私がどれだけ貴方を探したと思ってるんですか? 2時間ですよ? 2時間、昼前には王城についてるはずだったのに

 もう昼過ぎです。あの方を待たせるなんてこの先何をされるかわかりませんよ!!!」


 突然そういって人ごみの中から現れた若い赤髪をした青年。彼の腰には剣がベルトに止められ腕や足には鍛え上げられた筋肉が浮かび上がっている。

 一目見れば彼が少し腕の立つ兵士だとわかる。ロギエルはそんな彼を呆然と見据え立ち尽くしていた。そこに老人がしわがれ声を口にする。


「お~ちょうどよい。そこで眠っている二人の男をお役所へ連れて行くから君の無駄に発達した筋肉で彼らを運ぶのを手伝ってくれ」


 よい荷物持ちがやって来たっと言うような顔で老人はそういって指示すると青年は頬を指先で微かに描いた。


「突然なんなんですか? それに彼らは何? 何か悪さでもしたんですか」

「悪さ? あぁ、ついさっきそこにいる彼を拉致、誘拐しようとした。だから睡眠魔法で眠ってもらったのじゃ」


 老人の言葉に青年は眉に無いシワを強く寄せた。


「誘拐? 拉致? それはまさか……」

「そうじゃ、ワシらがこの王都に呼ばれた案件の重要な手がかりじゃ。だからホレ、さっさと運ばぬか」

「わかりました」


 青年はそういって倒れ伏せている二人の男を右肩左肩に軽々と乗せ、老人の後ろへとやってくる。


「じゃーこの人たちをお役所に突き出したら目的のあの人に会いに行きましょう」

「そうじゃのぉーあの者を待たせるとすこし怖いからのぉーホッホッホ」

「笑ってる場合ですか。時間はもうかなりすぎてるんです。できるだけ早く王城に」

「そうじゃのぉー」っと言って老人はいまんまで二人の間に入れずに立ち尽くしていたロギエルを見て再びその口を開いた。

「ということじゃ、ワシらは王城に用事があるゆえ先を急がねばならぬ。だから君をこのまま家まで送ることはできないから

 その辺にいる兵士君に頼んで家に帰らせてもらいなさい。怖ければ兵士君に保護してもらうのも一つの手じゃ」

「えっと……はい、今日は本当にありがとうございました」


 ロギエルがそういうと老人は頷きながら手を小さく振って人ごみの中へと消えて言った。 


「そういえばあの人王城に行くとか言ってたっけ? 王城に誰か知り合いでもいるのかな? まぁーまたいつかなんかまたいつか会える気がするなぁ~って僕も王城行かなくちゃ

 父上が書状を待ってるんだから」


 ロギエルはそういってその場から足早に立ち去った。

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