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遊撃する小隊(2)

「酷い……」

 ちょうど出発しそうだった馬車にばれないように飛び乗り、町に到着し乗っていた団員たちが出払ったのを確認してから馬車の荷台から出る。というのも、ばれたらエリーのような少女はこのような事態にそぐわないと判断され、強制送還されてしまうのは容易に想像できたからだ。

 町からは断続的な物音が聞こえ、普段は人で賑わっていると思われる大通りも人っ子一人見当たらない。しかし町には来られたものの、どこへ行ったものか見当もつかなかった。

「!!」

 不意に離れた所で爆発音と、屋根の木材が吹き飛ぶ光景が見えた。どうすべきか決めかねていたエリーはひとまず、その煙が立ち上ぼり始めた場所を目指して走り出した。



 先ほど爆発が起きた建物は、教会の様な外観の三階建てだった。爆発で吹き飛んだ屋根、それと三階部分の壁の一部からは煙が狼煙のように立ち上っている。

 ここまで来る間、幸運にも敵に会わなかったのは予想外であった。おそらく屋内での攻防が続いているのだろう。外なら加勢もしやすかったのだがと思っても、どうにもならない事はわかっている。エリーは目の前の、煙を吐き出す建物に忍び込んだ。


 両開きの扉をゆっくりと開けて入ると、大きな玄関ホールが広がっていた。戦闘の爪痕なのか、所々床や壁が破損している。玄関ホールからそのまま奥まで通路となっており、途中にいくつも扉があったが、目指すは奥の階段。エリーは辺りを警戒しながら、慎重に進む。

 何事もなく奥の階段にたどり着く。階段は左右に同じように伸びている造りとなっていた。右を選んで上る。一歩一歩、物音を立てないように気を使いながら階段を踏みしめる。

 二階についたエリーはすぐさま辺りを確認した。敵と見られる人間はいない。階段を上って出た所から見るに、この階はロの字型に通路がなっているらしい。壁を伝って角を曲がり、おそらく二階へと続いていた階段と反対側、ロの字型の通路を半周した所にあると思われる三階へと続く階段を目指す。

 ここでも多くの扉を見かけたが、すべて無視して通りすぎる。そうして辿り着いた角からゆっくりと顔を出し、安全を確認する。

 誰もいない。そして、通路を進んだ場所に三階へと伸びる階段も視界に捉えた。そろりと歩き出し、階段を目指して通路を渡る。


「……!」

 向こうの角を曲がった辺りから、すなわちエリーとはロの字型の通路を対称的に進んでいくルートから、扉を開閉する音が聞こえた。それに加えて微かな足音も。

(どうしよう、引き返そうか……)

 しかし、物音をたてずに急いで前の角まで戻る前に、向こうの方が早く角を曲がりに来るだろうことは、足音の感じから距離を判断してわかる。

 ならばここで待機しておいて、角を曲がってきた敵を出会い頭に法術で攻撃するのが得策。そう考えて息を殺す。足音はだんだんと角に迫ってくる。

 はやる気持ちを抑え、敵を確認次第すぐに攻撃を放てるように意識を集中させる。額には冷たい汗。大きく、しかし静かに息を吸い、吐く。足音は角まであと一歩というところまで近づいた。


 そして、足音は角で止まった。おそらく曲がる前に、この通路の安全を、敵がいないか様子見するつもりなのだろう。その顔を出す一瞬を目標に定め、右腕を前につき出すように上げる。右手の前に敵を穿つ光弾を素早く作り出した。


(来たっ……!)

 ついに敵の顔が半分、角から覗いた。そこへと法術を放とうとするエリーが見え、その顔の目が驚きで見開かれたのがわかった。

「えっ!?」

 しかしエリーは、撃ち出さんとしていた光弾を、発射直前になって自らの意思で打ち消した。角の向こうの人物も、臆することなくその姿を表した。

「クロエさん!?」

「しーっ!」

 なんと敵だと思っていた人物は、共に人拐いに遭っていたクロエであった。つい声をあげてしまったエリーを諫めるように、口の前で人差し指を立てた。

「すいません……どうしてクロエさんがここに?」

「私も遊撃団員なの。この前の人拐い事件は、囮捜査みたいなものだったの」

「そうだったんですか。クロエさんみたいな強い人がどうして捕まったんだろう、って思ってました」

 クロエが鍛えられた遊撃団員だというのなら、あの船での活躍にも頷ける。

「ふふっ、でもここでエリーに出会えたことは幸運かもね」

「何でですか?」

「今回の敵はかなり手強いの。だからシーサーペントをやっつけちゃうような法術の使い手がいてくれれば、すごく心強いわ」

「よかった、危ないから帰らせられるかと思いました」

 エリーは心強い、と言われ嬉しくなる。

「確かに、あの船でエリーの戦いっぷりを見てない他の団員なら、そう言うでしょうね」

「ですよね。でも、私があんな法術を使えるなんてことはあんまり他言しないで下さい」

「えっ、ごめん。恋人には言っちゃったわ。でも帰ったらちゃんと口止めしておくから!」

 これはもちろん、自分が魔法少女だとばれないための配慮であった。身元がばれれば、自分だけでなく、遊撃団も賢王の特務法術士団の標的になってしまうかもしれないからだ。


 二人は再び前進する。まずは三階へと続く階段を慎重に上る。そうして階段を上りきると、壁とただ一つだけの扉が目の前に現れた。どうやら三階は、一つの大きな部屋だけで構成されているらしかった。

「……!」

「!?」

 二人が階段を上りきった直後、エリーが町に来たときに聞いたような爆発音が、目の前の部屋の中で起こった。

「くっ!」

「あっ、クロエさ……」

 その音にいてもたってもいられなくなったのか、クロエは扉を蹴破って突入してしまった。しかたなくエリーもそれに続き、警戒しながらやや遅れて、部屋の中へと突入した。

「エド!」

「ヒューズさん!?」

 その部屋の中には、約十人程度の遊撃団員や敵と見られる人々が倒れており、その奥では一人の男に胸元を踏みつけられている格好で、ヒューズが床に仰向けに倒れていた。

「……クロエ?」

「エド!」

「来るな!」

 制する言葉を無視し、ヒューズを踏みつけていた男に向かって、クロエは風を巻いて突進する。

閃攻弓撃(マー・ロー)!」

 男は無数の光の矢を空中に生み出し、それは閃光のようにクロエに向かって襲いかかる。

 しかしクロエは、近い距離にも関わらず、接近しながらも体を捻って敵の法術をかわす。

「はっ!」

 敵の懐まで潜り込んだクロエは、目の覚めるような右拳の一閃を、男の腹めがけて打ち込んだ。


「くっ……対物理法術結界……!?」

灰閃風爆(ダイフーラ)!」

「うあっ!!」

 クロエの拳は振り抜かれることなく、男の周囲に瞬時に張り巡らせた防御結界に阻まれてしまった。それだけに留まらず、爆発を生み出す法術によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「うっ……はっ……!」

 壁に叩きつけられたクロエは、ずるずるとうつ伏せに床に倒れこむ。なんとか立ち上がろうとするも、力が入らない体で立ち上がろうとし、叶わず再び倒れる様子は見るに耐えない。


「エリー……君の強力な法術で……こいつを……」

「おっと、まだ喋れたのか。それにしてもこんなガキに助けを請うとは、気でも触れたか?」

 ヒューズは声を絞り出すように、エリーに呼びかける。しかし男は残ったエリーを見て鼻で笑った。

 しかしエリーは男を構うよりも、疑問が浮かんだ。自分はヒューズに強力な法術が使えることを話してはいない。なぜヒューズがそのことを知っているのか、それが気になった。


『えっ、ごめん。恋人には言っちゃったわ。でも帰ったらちゃんと口止めしておくから!』


「……!」

 まさか、クロエの恋人とはヒューズのことなのだろうか。エリーは倒れているクロエの方を見た。さっきの突入にしても、敵の懐にいきなり突っ込んでいくなど、船では冷静さを感じさせる行動を見せていたクロエにしては少々、荒っぽくはないかとエリーは感じていた。

 しかしそれが恋人の危機に激昂してしまったのだとしたら少しは納得できる。先ほどクロエがヒューズに向かっていっていた『エド』という名前はおそらく、ヒューズのファーストネームだろう。クロエは瀕死になりながらも、なんとか立とうと躍起になっている。


灰閃風爆(ダイフーラ)!」

「っ!」

 エリーの周囲に爆発が起きる。しかし瞬時に張り巡らされた防御結界によって、エリーは無傷。

「なっ、このエリーとか言うガキ、なかなかやるみたいだな。ん、エリー……?」

 男の顔はみるみる内に青ざめていく。さっきまで余裕を見せていた雰囲気は徐々に薄れ、エリーを見る目も、恐怖を灯したものへと変わる。

「まさかお前……隣の大陸の特務法術士団のやつらが騒いでいた、例の魔法少女か?」

「……はい」

「なっ……チイッ」

 疑いが確信に変わると同時、男は足元のヒューズを拾い上げ、盾のように構えた。

「さすがにあの魔法少女を相手にはできねえ。見たところ、こいつは仲間なんだろう?動いたり、法術を使ったり、俺を攻撃すれば、こいつを殺すぜ?」

「……じゃあ、どうすればいいですか?」

「この町から出ろ。それを仲間が確認次第、こいつらは解放してやる」

「嘘だ……こいつらが約束なんか守るわけがない!……がはっ!」

「てめえは黙ってろ!」

「エリー、僕ごと殺せ!こいつさえ倒せばあとはどうにでもなる!ぐうっ!」

「うるせえっつってんだろ!」

 後ろから体を殴られ、抵抗もできずただなすがままにされているヒューズを見て、エリーは唇を噛んだ。ヒューズごと法術で攻撃すれは敵を倒すことはできる。しかし敵に致命的なダメージを与えるには、ヒューズにも同程度以上のダメージを与えることとなる。

「エリー、早く……」

「てめえ……本当に命が惜しくねえのか?」

「……ふん、元々遊撃団にもらったこの命、遊撃団を救うためなら惜しくはない……貴様なんぞのために、誇り高い遊撃団を壊滅させるわけにはいかない……クロエも……わかってくれ……」

「……い、嫌よ、エド……死ぬなんて言わないで……」

(やっぱりこの二人は……)

 目に涙を浮かべて床に伏しているクロエを見てエリーは、現状を打破できない自分の無力さを呪った。ヒューズを傷付けず、敵だけを倒す方法を思案するが、良い案は思い浮かんできてくれはしない。

「くっくっく……誇り高い遊撃団か。なぜ俺たちがこの辺鄙な町を襲ったかわかるか?」

「……どういうことだ……?」

「教えてやろう、こんな辺鄙な町を襲った理由を!それはな、その誇り高い遊撃団の団長の依頼だからだよ!」

「バカなっ!」

「嘘でしょ……」

「本当だとも。遊撃団は孤児なんかの受け入れで資金不足らしいな?そこで俺たちみたいなのが町を襲い、それを阻止すれば国から報奨金を得る。俺たちは団長から、援軍である団員が少ない安全な時期を狙って強奪を行う。つまり相互利益よ」

 その事実を知ったヒューズとクロエは、信じられないという顔で、見開いた目を虚空へと向けた。

「そん……な……」

「……しかし、その事実が知れ渡れば、団長は解任される……お前らの好きにはさせない……」

「はっ、こんなおいしい関係を終わらせるわけねえだろ?どうして教えたかわからねえのか?冥土の土産に決まってんだろ!」

「!!」

 瞬間、男の周りに厚い結界が、男を包み込むように現れた。

「今、この建物ごとお前たちを爆発させる法術に耐えられる結界を完成させた!死人に口無し、吹き飛べえ!」

 床中に光る線が走り始め、それは大きな魔法陣を形作ろうとしているのがわかった。

「エリー、早く僕ごと殺せ!止めるにはそれしかない!」

「お願いエリー、止めて!」

「……っ」

 爆発を止めるには、もはや法術発動のエネルギーを供給している敵を殺すしかない。しかしその敵の持つ強力な防御結界を破り、敵の息の根を止めるには、防御結界を纏わないヒューズも攻撃に巻き込まれることは必至。ヒューズの死は避けがたい。

「ふははは、どうした、爆破法術が発動してしまうぞ!まあ、どうあがいてもこの結界は破れないだろうがな!」

 床の魔法陣は完成し、強い光を放ち始める。法術の発動が迫る。エリーは法術を放つべく、男とヒューズの方向へと手を構えた。

「エリー、早く!」

「止めてええ!」

「……!……!」

 急かすヒューズと止めるクロエ。エリーにしても意に反してヒューズを殺したくない。しかしヒューズを生かせば全員死ぬ。普通に考えれば、小の虫を殺して大の虫を生かすのが、考え方としては正しい。だが人間、そう割りきれたものではない。その上エリーはまだ少女、その重責を背負うには幼すぎた。エリーの中で二つの選択肢がせめぎあう。

「ふははは、死ねえ!」

 床の魔法陣はより一層強い光を放ち、建物が揺れ、視界は光に包まれた。



 ドスン……。

 男が地面に膝をつき、その後前のめりに倒れる。腹には大きな穴が開き、大量の血が流れ出す。男は床に伏したまま、ピクリとも動かない。

 エリーの放った法術は、結界を瞬時に貫き、男を貫き、その先の壁をも貫いていた。

 そしてもう一人、仰向けに倒れている人物、もちろんそれはヒューズである。男と同様に腹には大きな穴が開き、血が止めどなく溢れ、床が真っ赤に染まっている。驚くことに、まだ微かに息をしていた。

「……エド……っ!」

 クロエは動かない体で、無理矢理這ってヒューズのもとへと行く。

「……こいつは即死か……僕は……運がいいな……最後に……クロエに、会えた……」

「嫌……嫌……」

 いやいやをするように、涙と鼻水を垂れ流しながら、ヒューズの顔を抱き締めるクロエ。しかし見るからに、ヒューズはもう助かりそうにはなかった。

「エリーを……責めるなよ……?これがベストな……選択だった……」

「うん、うん……わかってるよ……けど……!」

「今まで……ありがとう……愛してたよ……」

「エド……うわあああ!!」








 ルースト遊撃団の療養棟の一部屋に、見慣れぬ黒いローブに身を包んだ男が一人、訪ねてきていた。彼は自身を特務法術士と名乗り、魔法少女が海をわたってこの近辺にいるという情報を掴んだため、こうして聞き込みに回っているというわけであった。

「本当に目撃例はないんですね?」

「ええ、お力になれず申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ療養中にすいません。ご協力感謝いたします」

 そう言って男は、軽くお辞儀をして部屋から出ていった。その受け答えをしていたクロエは、ふー、と息を吐いてベッドに腰を下ろした。

「これでよかったのよね……エド」

 呟くように言う。エリーとは少ししか同じ時を過ごしてはいなかったが、クロエには、どうもエリーが先ほどの特務法術士が言うような悪人には思えなかった。

 魔法少女という名で呼ばれているエリーが、どのような経緯で追われる身になったのかはわからない。しかしクロエの中には、恐ろしいだとか、早く捕らえられてほしいとかいう、おおよその人間が持つ魔法少女のイメージはなく、積極的に特務法術士に協力しようという気にはならなかった。


「ああ、もちろん」

 包帯に全身をぐるぐる巻きにされながら、ベッドで上体だけを起こしているヒューズが言った。

「そんな極悪人なら、わざわざ瀕死の僕に、高等法術である再生法術(レストレーション)をかけていくかい?多分何かの間違いじゃないかな」

「私もそう思うわ」

 クロエは窓を開けに、窓際まで行く。部屋の中に涼しい風が通る。

「……ここはエリーにとって、止まり木にはなれなかったねみたいだね」

「そうね……でも、くよくよしたって始まらないわ。頑張って、新団長」

「ありがとう、頑張るよ。精一杯」


 前団長は犯罪組織の故意の手引きなどの手引きのために、いくら遊撃団を思ってやったことだとしても許されるわけもなく解任となった。

 そしてその後遊撃団は自然災害現場などの復興支援活動などの新規事業を拡大し、またそれによる孤児の受け入れ体制を整えるため国と交渉、今までの功績が認められ助成金の援助拡大が決定。

 現在、エド・ヒューズを団長とした新生ルースト遊撃団は、以前にも増して、人々のために身を捧げている。




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