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遊撃する小隊(1)

 とある日の明け方、ハーウェン港に一隻の船が流れ着いた。その船の中には女たちと子供が二人、そして縄で縛られた状態の強面の男たちが乗っていた。

「スー、スー」

 甲板では二人の子供、黒い髪を長く伸ばした少女エリーと、その膝を枕にして寝息をたてているエルフの少女、ルカがいた。ルカの持つ特殊な能力、神通力で空を飛んで巨大な渦から脱してきた船は、ルカが疲労を訴えたために海へと着水し、通常通りの船の機能で一晩中航海をした。その結果、明け方には陸地が見え、港の船着き場らしきものも見えた。クロエは舵をとり、船を船着き場に近付けた。


 船が港の船着き場に着くや否や、港に待機していたと見られる集団が一斉に船の中に乗り込んできた。

「えっ、何?何なの?」

 いきなりの侵入者に飛び起き戸惑うルカと、それを守るように立っているエリー。やがてすぐに侵入者の内の一人が、二人に向かって話しかけてきた。

「やあ、大丈夫かい?僕たちはこの地方の治安を守るための民間団体だ、怪しいものじゃない。人拐いの奴等を捕まえに来たんだ」

 続々と乗船してきた彼の仲間たちは、女たちに声をかけて付き添って船を降りていったり、奥の方に入っていった屈強そうな男たちは、縄で縛られていた男たちを引っ張り出して船から力ずくで引きずり下ろしていた。

「さあ、君たちもおいで?」

 柔和な表情で語りかけてくる男。その目は嘘をついている人間のそれではない。真に自分たちのことを思っていってくれているもの、警戒を怠らなければ大丈夫だとエリーは判断し、男に先導され船を降りようとした。

「あ、君はエルフか!君は早急にエルフの国に帰さなければならない。ちょっと先に行ってもらえないかな?」

 そう言って男は別の男をアイコンタクトして呼びつけた。

「嫌!お姉ちゃんといる」

「えっ、いや、でも……」

「嫌っ」

 頑なにエリーと離れることを拒むルカに、男は困り果てる。エリーも、ルカの強力な神通力も任意なものという確信も無く、そんな自身を守る術を持たない彼女とできるだけ離れたくなかったので、ルカをたしなめることはしなかった。

「わかった、じゃあ僕たちの拠点までは一緒に行ってくれていい。そこでエルフの人に直接引き取ってもらう、それでどう?」

「それならいいよ!」

 エリーもそれなら納得した。もし拠点とやらに行くまでに危害を加えられそうになった場合、エリーならば反撃は可能であるし、拠点に着けばルカの同族が保護してくれる。よしんばそれすらも嘘であり、ルカの身に危険が迫ったとしてもエリーがいれば危機を回避できる可能性も十二分にある。




 それから人拐いにあった人々は、待機していた三つの馬車に分けてのせられ、長い時間馬車に揺られ続けた。

「僕は民間治安維持組織、ルースト遊撃団の一員で、ルースト遊撃団はこの地方の警備を上から任されているんだ。きちんとした組織構成で、今回みたいな人拐いなんかを武力で拘束したりする権限も持っているんだよ」

 ルースト遊撃団の拠点に向かう馬車の途中で、男は自分たちの説明をしてくれ、その話の中で思ったよりもしっかりとした組織と言うことがわかり、エリーは少し安心した。

「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はヒューズって言うんだ。君たちは?」

「私はルカ!」

「私はエリーで……」

 と名前を言いかけて、エリーはハッとして口を閉じた。もしエリーの名前が特務法術士団に露見しており、ルースト遊撃団にまで姿、名前が伝わっていれば、最悪拘束されてしまうだろう。出来れば無用ないさかいは避けたい。

「そうか。君たちの処遇は、特にエリーについては、拠点についてから考えようと思っている。ルカの方は十中八九、エルフの使いの人が迎えに来てくると思うけどね」

 背中に冷や汗を流して固唾を飲んでいたエリーは、一気に肩の力が抜けていくのを感じた。どうやらエリーが特務法術士団に追われている魔法少女とは気づかれなかったようだ。

 エリーという名前が割りとポピュラーだったからなのか、もし冷酷無比な魔法少女ならば他の女たちと共に大人しく人拐いに捕まっているわけがない、というイメージが先行しているのか、そもそも詳しい情報が全く伝わっていないのか、それはわからない。しかしヒューズの僅かな心の緊張も見られなかったことから、エリーはただの人拐いに遭ってしまった可哀想な少女、という認識に留まったようだ。



 それから数十分、馬車の中でこの土地のことについて色々と話を聞いた。この国は賢王の治める国と海を隔てた土地であり、そのためか魔法少女関連の話はよく伝わっていないようだ。海と海で隔たれているのならば、船による文書でしか情報の伝達は困難であり、その使節よりもエリーの方がこの国に早く着いたということであった。

「着いた着いた、ここがルースト遊撃団の活動拠点だ」

「うわあ、おっきいね」

「そうだね」

 馬車の荷台から顔を出すヒューズに続いて顔を出すエリーとルカ。拠点は木造の城のような外観で、いくつもの棟が並びあい、重なりあい、それらが三メートル程の頑丈そうな石の城壁に囲まれていた。その壁には馬車一つなら余裕をもって入れる門が取り付けてあった。

「ご苦労様です、ご苦労様です」

 門番二人が両開きの門を開け、そこを続々と通り抜ける馬車に向かって丁寧に労いの言葉をかける。馬車はそのまま門を通り抜ける。城壁の中は、ちょっとした町のような感じに何かの家屋が道沿いに建っており、馬車はその道を一列に進んでいく。

 やがて城壁の外からも見えていた、ひときわ大きな建物の前で馬車は止まった。遊撃団員に連れられ、人拐いに遭った人々が馬車からぞろぞろと降りる。そこからは全員がその建物の中に先導され、馬車ごとに集まっていたメンバーで固まって入っていき、エリーとルカ、ヒューズもそれに続く。


 連れてこられた人々は講堂のような部屋に集められ、並べられていた椅子に思い思いに座っている。部屋の奥には壇があり、一人の男が立っていた。うっすらと白髪の混じった髪、目尻にはしわが刻まれてる。その両横側には先導してきた遊撃団員が並んでおり、エリーやルカと一緒に部屋に入ったヒューズもそこに加わっていった。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。知っている方もおられるかと思いますが、私たちは民間治安維持組織、ルースト遊撃団です。普段は主に周辺の町の警備や自然環境の保全活動を中心に活動しています。しかし時には、今回のように人拐い組織のような犯罪組織を取り締まったりすること も国から許可を得て行っております。そこで皆さんを保護させてもらったのですが、身辺調査を経て、元の居住地域にお送りいたします。ここまでで何かご質問は?」

 手は上がらない。思い返してみれば、最初みんなやけにすんなり遊撃団員に着いて船を降りていたが、それはこの組織のことを知っていたからかもしれない、とエリーは思った。

「えー、各地域への送還手続きが終わるまでは、申し訳ありませんがここの宿泊施設に泊まってもらうことになります。中には手続きが終わるのが長引いてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、どうかご勘弁ください。何か質問はありますか?」

 またも誰一人として手を上げない。

「でしたら、係りの者がご案内いたします。後ほど各部屋でさらに詳しいお話をさせていただきますが、部屋につき次第おくつろぎください」

 男が周りの団員に合図すると、一斉に団員たちは動きだし、先ほど自分が率いていた人たちを再び集めて部屋から連れ出した。

「僕たちも行こうか」

 ヒューズはエリーやルカに声をかけ、他の団員と同じように先に立って歩き出した。



 案内された部屋は、木のベッドとテーブルが一つずつ、イスが二脚有るだけの小さな部屋だった。もう少し豪華な部屋を想像していただけに肩透かしを食らった気持ちになったが、それは世話になっておいて失礼なことだとエリーは自分をいさめた。

 特にすることもないのでベッドに腰掛け、なにともなしにそばの窓を覗き込んだ。窓の外には中庭とでも言うべき芝生の広場があり、そこでエリーより年下、ルカくらいの年齢の子供たちが走り回って遊んでいた。あの子供たちはこの遊撃団とどういう関係にあるのだろうか、とエリーはそれを見ながらぼんやりと考えた。


 するとドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

「失礼」

 ドアを開けて入ってきたのは、ヒューズだった。ヒューズは椅子を引いて腰を下ろす。

「やあ、この部屋はどうかな?狭苦しいだろ?」

「いえ、そんな!」

「アッハッハ、優しいねえエリーは」

「ところで、どうしてここへ?」

「さっき詳しい話は部屋でって団長が言ってたろう?あ、団長っていうのはさっき壇上で偉そうに喋ってたあの人ね。で、今回みたいなケースじゃ一人一人に出身地を聞いて、そこまで帰してあげるのにかかる時間がどれくらいか、必要な手続きなんかを教えてあげるんだ。すぐに帰れる地域もあるけど、外交上難しい地域もあるからね。エリーはどこから来たんだい?」

「私は……」

 もちろん故郷と呼べるような場所はない。有ったかもしれないが、記憶が全くない今、故郷など無いも同然。暮らしたことのある所もあるにはあるが、ミランの村やハルストの町などはどの面下げて帰ればいいのかわからない。エリーはどう言ったものか、少し言葉を詰まらせた。

「……実は私、記憶喪失みたいなんです。だからどこに行けばいいかもわからなくて……」

「……そうか。実はね、そういう子は結構いるんだ。記憶喪失っていう例は稀だけど、故郷が災害によって壊滅状態になったり、親兄弟が亡くなって身寄りがなくなったり、帰る場所が無くなってしまった子供たちが。ここでは昔から、そういう子をもう何人も引き取ったりもしているんだ。だから遊撃団は、いつしかルースト(止まり木)遊撃団なんて呼ばれるようになったのさ」

 ヒューズはエリーに微笑みながら言ったあと、目を細めて目の前の壁をじっと見つめた。

「かくいう僕もその一人でね。苦しい時期もあったけど、ここまで育て上げてもらった。仲間もできたし恋人も出来た。人並みの人生をくれた遊撃団、引いては団長には感謝してもしきれない」

 ヒューズは壁から床に下ろした目線を、今度はエリーに移した。

「だからエリー、もしよかったら君も遊撃団に入らないか?後悔はさせない。故郷を失う辛さはわかっているからね」

「でも、私は……」

 自分は特務法術士団に追われる身、ここに留まってしまえばいずれ迷惑がかかるだろう。そう思いここに留まる意思はないことを伝えようとした。

「エリー、君は記憶喪失だって言ってたけど、古の大賢者様たちのことを知っているかい?」

「え?いえ……」

「遥か昔、世界を窮地に立たせた魔獣の王を倒して世界を救った大賢者様たちは三人だったことから、三賢者と言われていた。今も存命の大賢者、賢王様はこう言われていた。『私は確かに大きな力を持っていた。しかし一人だけならば立ち向かう勇気さえ生まれなかっただろう』、とね。いくら賢王様個人が強くても、他の大賢者様、ヴェリックス様とユグドラ様がいなくては魔獣の王に立ち向かうことはできなかった。だからエリーも一人で何とかしようとせずに、僕たちを頼ってくれてもいいんだよ」

「ヴェリックス……ユグドラ……。クロヴート……?」

「クロヴート……なんだ、賢王様の名前は知ってたのか。もしかして三賢者の名前は知ってたのかい?」

 否、エリーにはそのような知識は微塵もなかった。先ほどのヒューズの発言、三賢者の名前を聞いた途端、脳に電流が流れたような気がした。懐かしいような、悲しいような、数種の感情がない交ぜになったような不思議な気分。

「ヴェリックス、ユグドラ、クロヴート……!私は、知っている……?」

「……エリー?」

 いきなり一人ごとを呟き始めたエリーを心配して、ヒューズは彼女の顔を覗きこむ。

「お姉ちゃん!外で遊ぼー!」

「ひゃっ!?」

 と、いきなり部屋に飛び込んできたのはルカ。ドアの開く音に不意をつかれ、エリーの体がビクッと震える。

「まあ、じっくり考えてみてよ。急がなくても良いからさ。答えが出るまでゆっくりしていてよ」

「はい、ありがとうございます」

 再びエリーに微笑みかけたあと、ヒューズはゆっくりと腰をあげて外へと出ていった。




「ルカは三賢者って知ってる?」

「うん、常識だもん。ルーファウス様、ウェルザー様、エルゥ様、だよね」

「えっ、ヴェリックス、ユグドラ、クロヴートじゃないの?」

「それは旧三賢者だよ。私が言ったのは現三賢者。三賢者っていったら普通は現三賢者のことだよ」

「へえー」

「知らないの!?常識だよ?」

「う、うん、ちょっとド忘れ」

「えー?」

 エリーとルカは、エリーの部屋から見えた広場にいた。そこには色とりどりの花が咲いており、ルカはそれを見て目を輝かせて花の方へと駆け寄っていった。慌ててそれを追うエリー。

「きれー、花飾り作ろーっと」

「気に入ってもらえたかな?」

 花畑に腰を下ろした二人に、何者かが声をかけてきた。二人同時に首をもたげると、そこにいたのはさっき壇上で話をしていた初老の男だった。

「団長さんですか?」

「おお、もう覚えていてくれるとは驚いた。そっちの子は例のエルフの子だね?もうしばらくしたら迎えに来てくれるらしいから、安心していてくれ」

「はーい。……っと出来た。これ、あげる!」

「えっ、私に?ありがとう」

 ルカは完成した、環状に花が連なっている首飾りを両手で持ち、笑顔でエリーに差し出した。

「ここにある花は好きなだけ摘んでいくといい。あ、さすがに全部は勘弁してほしいがね」

「ありがとうございます。本当に何から何まで……」

「いや良いんだよ。そのためのこの組織だ」

「はい、感謝してもしきれません。この先もずっと、こんな場所があるといいなって思います」

「この先もずっと、か……もちろん。先代団長から受け継いだこの場所を失うわけにはいかん。そう、失うわけにはな……」

「……団長さん?」

「お姉ちゃん、それね、最近できるようになったじんつーりき?でギュッとしといたから、丈夫なんだよ!」

 一瞬重苦しいような空気が場を包んだが、すぐにルカのはしゃいだ声によって消え去ってしまった。

「ん、あ、そうなんだ。ありがとうね」

「つまらないものですが!」

「どこで覚えたのそんな言葉……」

「お姉ちゃん可愛いから絶対似合うよ!ほら!」

「えっ、ちょっ、えー……?」

 ルカはエリーの首に、渡した首飾りを強引に着ける様に、グイグイと腕を押して促す。照れ笑いを浮かべて抵抗するエリーも、とうとうその勢いに圧しきられて首飾りを首にかけた。

「ふむ、可愛いじゃないか」

「うん、可愛いよ!」

「そうかな……?」

「団長!」

 いきなり向こうから声が聞こえたかと思うと、男が矢のように走りよってきた。

「どうした、そんなに慌てて」

「それが……近くの町が何者かの組織に襲撃されています!おそらく強盗目的の線が強いかと思われますが、依然、目的は不明です!」

「何い?直ぐに団員を向かわせろ!」

「それが、手の空いている団員はすでに町にいますが被害は甚大です……!」

「バカな……!くっ、出ている団員を遠声法(テレパサイズ)で集めて送り込め!」

「はいっ!」

 口早に会話をした後に、団長と団員と見られる男は走って行ってしまった。



「……なんか大変そうだね」

「うん……」

 まるで嵐が過ぎ去った後のような、取り残されて呆けるしかない二人。ただわかったことは、近くの町が目的不明に襲撃され、遊撃団員にも負傷者が出ているということ。

「……」

「お姉ちゃん、どこ行くの!?」

 おもむろに歩き出したエリーを、噛みつかんばかりの勢いで引き留めるルカ。

「まさか……町に行く気じゃないよね?」

「……」

 エリーの沈黙がそのまま肯定の答えを表すことは、まだ幼いルカにも十分伝わった。

「ダメだよ!危ないよ!」

「でも、ここの人たちを放っておくことなんて出来ないよ。大丈夫、シーサーペントだって倒したんだよ、私」

「そうだけど……」

「ごめんね、ルカ」

 ルカに歩み寄って、首にかけていた花の首飾りを外して、ルカの首に掛けた。

「……また……会えるよね?」

「うん」

「絶対……会いに来てね?」

「うん」

 今度はエリーが強引にルカの腕を掴み、指切りをした。


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