邂逅する魔人
「魔法を使う少女……ですか」
「左様」
第一王立法術院内の謁見の間。薄暗い大きな部屋の中で、一部分だけ細い光に照らされている。そこに一人の男がいた。
「にわかには信じがたいのですが……」
「貴奴は第三王立法術院を魔法によって破壊し、私の向けた刺客もまた、魔法によって屠られた。しかし、出自も目的も全くの不明であるのだ」
「初めて姿が確認されたのは第三王立法術院……なぜそれほどの者が今まで、耳に入らなかったのでしょうか」
「分からぬ。一つ分かることは、高位の法術、魔法までも操り、中位以上の法術士の集団をいとも容易く無に帰せさせられるということだけ……」
「ふむう……」
男は少し思案する様子をしたあと、姿の見えない、しわがれた声の主に向けて言った。
「分かりました、私にお任せください。賢王様」
「おお、やってくれるか。私が大賢者と呼ばれ力を振るったのもはるか昔……。いまや法術も満足に使えず、面倒ごとはお主に任せる他はない。何とも情けなく、申し訳ない」
「何をおっしゃいます。賢王様は弱き民に法術を授け、力が衰えた今も明晰な頭脳で弱き民を導いておられる。民衆にしては、賢王様ほど頼もしい存在はおられますまいかと」
「そう言ってくれると嬉しい。では、最高位法術士、賢者ルーファウス。良い知らせを期待しておるぞ」
「はい。失礼いたします。……空間連結跳躍」
深々とうやうやしく男はお辞儀をすると、一瞬でその場から姿が消えてしまった。
木々が青々と生い茂る山の中。その中の獣道を、エリーは歩いていた。自身よりも背の高い植物に視界を遮られ、手で掻き分けながら進んで行く。
「はぁ、やっと……」
やっと、開けた道に出た。本当は空を飛んで次の町まで行きたかったのだが、空を飛ぶとどうしても翼が目立ってしまうので断念。仕方がなく徒歩で森をさまようことになってしまった。
昨日の今日で、どこかに特務法術士団、ないしは賢王の刺客が潜んではいないかと疑心暗鬼になる。昨日のベヒーモスのこともありハルストの町にかかりきりなのか、特務法術士団の気配は今のところなかった。
道を歩いていると、向こうから馬車の音がしてきた。それに気付いたエリーは反射的に近くの木に隠れようとしたが、この距離では恐らく向こうもエリーに気付いている。今から隠れるとかえって怪しまれると考え、何食わぬ顔を作って歩く。近付いてきた馬車には、手綱を引く帽子を被った男が一人。エリーはすぐにでも法術を撃って攻撃できるよう構えた。
「あれ?お嬢ちゃんもしかして……」
「っ……!」
顔が確認できるほどの距離に近づいた時、男が顔を覗き込むように話しかけてきた。
もしやばれてしまったかと、警戒する。男は馬車を停めた。喉が乾き、手と額に汗が流れる。エリーはじっと、男の次の言葉を待った。
「まさか一人かい!?いやー俺はこの辺の者じゃねぇからわかんねぇけども、こうゆうとこの独り歩きは危ないと思うなあ。お嬢ちゃん、法術は使えるのかい?」
エリーは肩透かしを食らった。男は別に賢王の刺客ではないらしい。しかしこちらを油断させるためにわざと友好的に振る舞っている可能性もある。警戒体制を継続させた。
「はい、一応は」
「そうかい、それは少しは安心だな。でもやっぱり、それにしたって心配だ。……そうだ、ちょっと待ってな」
男は荷台の中に入っていき、何やら探している様子。包装紙の擦れる音が聞こえる。
「あったあった、ホレ」
「わわっ」
しばらく待たされた後、エリーに向かって何かが投げられた。いきなり何かを投げられ、落とさないよう反射的に両手をつき出す。両手の中に落ちてきたのは、特になんの変鉄もなさそうな、鞘に入った短剣だった。
「これは……?」
「それはな、法術剣、つうモンだ。とりあえず抜いて、そこら辺の木ぃ切りつけてみな」
一応警戒は解かないままで、言われた通りにやってみる。すると短剣で切りつけた木は切りつけられた部分が焦げ、少しだが煙が立っていた。
「驚いたか?これは最近民間にも提供され始めた技術でな。使用者の炉のエネルギーを使って、あらかじめ決まった法術を道具に付加できるってことらしい。ちなみにその短剣には炎の法術があらかじめ組み込まれている。護身用に持っときな」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。炉のエネルギーを流さなけりゃ普通の短剣としても使えるぜ。あ、火がなくても水を沸かせられる法術鍋、なんつー法術具もあるけどいるかい?」
「いえ、いいです」
法術剣……そんなものがあったとは。そういえばハルストの町では見なかった。最近民間に伝わってきたと言っていたので、まだそこまで広まっていないのかもしれない。
「そうかい。本当は高位の法術士たちが持ってるような強い法術武具をあげたかったんだが、あいにくと強力な法術を武具に組み込むのはかなり難しくてな。すまねえなお嬢ちゃん」
「そんな……これだけでも十分ありがたいです」
「ははは、ありがとよ。じゃあなお嬢ちゃん
、気ぃつけてな」
「はい、ありがとうございました」
男は馬車を引いて行ってしまった。法術具を売る行商人だったのだろうか。よく見ると、鞘には細かい装飾が入っており、なかなかかっこいいデザイン。今しがたもらった不思議な短剣をしげしげと見ながら、エリーは他にはどんな法術具が有るのだろう、とつい考えを巡らせた。
さらに歩くこと十数分、エリーは大きな湖に出た。水面はきらきらと日の光を反射しており、水は透明に澄んでいてなんとも涼しげだ。喉が乾いていたエリーはローブの腕をまくり、水を一掬いし喉を潤した。そう言えば、今日は歩き通しで汗だくになっている。ついでに水浴びもすることに決めた。回りに人影のないことを入念に確認してから、湖にゆっくりと身を沈めた。
湖の水はひんやりとしていてとても気持ちよく、心まで洗われるような気がした。一度頭から湖に潜り目を開けると、湖の底はどこまでも透明で、魚は群れをなして海草の周りを泳ぎ、差し込む日の光は魚の鱗や岩に反射して、まるで宝石が湖中に散らばっているような幻想的な光景が広がっていた。
「ぷはっ」
再び水面から勢いよく顔をだし、息を吸い込む。あまりに美しい光景に目を奪われ、息の限界まで潜ってしまっていた。それからは大の字になって少しだけ水面から顔を出して漂い、休憩したあと、平泳ぎのような泳ぎ方で水面を遊泳した。
「あっ……」
今まで夢中になりながら泳いでいたせいか気付かなかったが、いつの間にか湖の周りにはウサギやリスのような小動物から、角の生えた四足歩行の中型動物まで、様々な動物が集まっていた。いずれもエリーをじっと見ている。
最初は魔獣かと思い警戒したが、どうも様子が違う。どちらかというとエリーを警戒し、怖がっているように見えた。試しに岸に上ってみる。すると動物たちは恐る恐るといった具合に、次々に湖に入っていき水浴びを始めた。大抵の動物は浅瀬で水浴びをしているようだったが、中には深く潜って魚を捕っている動物もいてエリーは驚いた。
種族の分け隔てなく寄り添い合う動物たちの姿を見てエリーもそれに混じりたくなり、着たローブの裾を捲りブーツを脱ぎ、浅瀬の動物たちに慎重に近づいていった。当然、動物たちは近付いて来る異形の者を警戒した。
(私は悪い人じゃないよ……怖くないんだよ……)
必死に身ぶり手振りで警戒心を解こうとする姿は、端から見ればとても滑稽で笑ってしまいそうな光景であった。しかしそれが功を奏したのか、動物たちに元から他種の動物を受け入れる気質があったのか、エリーは動物たちに接触することに成功し、頭や背をなで回して悦に浸る。濡れた毛の感触はなんとも言えない。エリーが岸に座っているとリスのような小動物が膝に乗り掛かってきて、まるで珍しい物を調べるように走り回った。
動物たちと触れ合うことで心から自然を満喫する。久し振りに心が和み、自然と笑顔がこぼれる。時間が緩やかに流れ、心は穏やかだ。
「あれっ?」
突然動物たちが湖から森へと帰り始めた。しかもどこか焦っているようにも見える。
「みんな一体どうし……」
そしてエリーは動物たちが慌てて森へと帰っていった理由を理解した。ここには何かがいる。明らかな敵意を持って。その何かが放っているもの、これは、殺気ーーーー
「っ!」
横方向に大きく跳ぶ。次の瞬間、さっきまでエリーがいた岸辺は押し潰されたように陥没した。
「まったく、獣並みの危機察知能力だな」
すぐ近くの木の陰。そこから一人の男がローブのポケットに両手を突っ込んだまま出てきた。背は高く細身、切れ長の目に高い鼻。肌は雪のように白く、髪は上品に煌めく金。世間一般ではおそらくよく異性にもてる顔立ちであろう。
「あなたは……?」
もう半分答えは出ているが、微かな可能性にかけて男に問う。
「薄々気付いてはいるだろう?私は最高位法術士賢者、ルーファウス=シーランド。賢王様の命により君をーーーー殺しに来た」
やっぱり、か……。
男の言葉が終わる前に、こちらから攻撃を仕掛ける。先手必勝。これは今までの経験から得たことであった。先に傷を負わせることができれば圧倒的に有利。
「轟き響け、黒き雷!黒鳴雷伝!」
突き出したエリーの右手前方から、一筋の黒い雷が真っ直ぐにルーファウスに襲いかかる。
「浮かべ守護神の正紋!聖式断空円環!」
男は両手をポケットに突っ込んだまま、対法術防御結界を展開する。円状の壁のように空中に現れたその防御結界は、エリーの放った法術を簡単に打ち消してしまった。
「く……」
「そんな法術じゃ私は殺せないよ。使えるんだろう?魔法」
この男は、今までの刺客とは段違いに格が違う。身のこなし、たたずまい。さっきのわずかな攻防を見ただけで、雰囲気でそれがわかる。ルーファウスは戦闘慣れしすぎている。エリーなどより遥かに。さらに、あまりに凄まじい威力を誇るために、自身でも使用を躊躇う魔法を使えと挑発してくる。この男はかなりの手練れだろう。
しばらくの間、沈黙が流れた。エリーは目を見開き、汗だくになってルーファウスを睨み付ける。体はガチガチに緊張し、ルーファウスの一挙手一投足も見逃すまいと、一瞬も目線を逸らさない。一方ルーファウスは、相も変わらずポケットに手を突っ込み、実に涼しげな目でエリーの鋭い視線を受け止める。緊張感など皆無といった風に、口には微笑みすら浮かべている。
湖で魚が跳ねた。その着水音を合図に、両者は同時に動き出した。
「獄炎蒸熱破爆!」
ルーファウスの位置に、湖を半壊させる威力のある大きさの爆発が巻き起こる。閃光と共に湖の水が爆発を受けて天高く跳ね上がった。
「湧水脈竜!」
巨大な水柱となって空を上る湖の水を、今度は爆発の中をどうやってか無傷でくぐりぬけたルーファウスが、水を操る法術によって操りエリーを攻撃する。
「っ……!黒鳴雷伝!」
一人の少女など簡単に飲み込み押し潰してしまえる量の、まるで意思をもっているかのようにうねりながらエリーへと襲いかかる水柱を、漆黒の雷で真っ二つに穿つ。
「これは驚いた、流石は魔法少女。だが、これはどうかな?……不死なる炎、我が身にもたらし天を焦がせ、悠久なる炎よ、紅蓮の国より空を翔けよ!火焔鳥核撃!」
空から降り注ぐ、両断された水柱の飛沫を一瞬で蒸発させる規模の炎がルーファウスの背後から生まれた。少し離れた場所にいるエリーもその凄まじい熱量に、顔が焦げ付きそうに感じる程である。
「退廃退ける、清らかなる護る壁、風の護り手よ!祈りに応えて、ここに生まれ出でよ!轟風旋条門!」
「はあああっ!」
炎は巨大な鳥の両翼の形に姿を変え、エリーを焼き尽くさんと、上空から勢い良く落下する。しかし炎がエリーを包み込む直前、球状の爆風がエリーの周りを取り囲み、その炎を巻き取り始めた。
「ほう……!」
そうして炎を取り込んだ風の幕は、吸い込んだそばから炎をルーファウスに向けて放ち始めた。
「ぐ、ああああ!!」
次から次へとエリーに襲いかかる炎を、次から次へと旋回する轟風がルーファウスに還し身を焦がす。たまらず両手を交差し顔を埋め、防御の姿勢をとって火焔鳥核撃を解除する。
そこに一瞬の隙が生まれる。千載一遇の勝機。
「魔を食らう連獄の裁く火よ……!力ある者の召喚 に応じ、万物ことごとく還す光と化せ!……極圏爆裂! !」
エリーの魔法が炸裂する。湖、森、地面、付近のものをすべて飲み込み、塵にした。あまりの爆音に静寂と脳が勘違いし、その場からは一瞬、音が消え去った。
「ぐうっ……!」
今回は比較的近距離で魔法を発動してしまったため、余波をもろに食らって地面を数度跳ねる。仰向けに寝たまま息を高速で浅く吸い、浅く吐く。行動を拒否する体を奮起させ、無理矢理立ち上がる。
「ハァ……ハァ……」
いつの間にか空は厚い雲に覆われており、黒く淀んだ空からは雨と雷が地上に降り注ぎ、やがて戦闘によって変形した湖は増水して激しく荒れ狂う。雨によって湿った前髪を額に張り付けながら、辺りを見回す。
ルーファウスの姿は、なかった。
流石のルーファウスも、エリーの切り札、魔法を無防備な状態で食らってはひとたまりもなかったのか。吹き飛ばされたのか、死んだのか。いずれにしてもここは危険だ。
「早く行かないと……」
体が怠い。目立った外傷はないが、法術の連発によって体力消費が激しい。油断すればすぐに、深い眠りへと落ちていきそうだ。
「ん……」
不意に、胸に違和感。脳の送る「動け」といたい信号を、体が受け付けない。どうやら連日の疲労の蓄積はエリーの体の本当に限界まで来ていたらしい。
少しだけ休憩しようかな、と視線を下げた。
思考が止まる。
エリーの胸に感じた違和感の正体は、胸から突きだしている異物。銀色に鈍く光る刀の刃。綺麗な銀の刃はエリーの血を浴びて所々薄黒く濡れていた。
震える両手を胸に這わせる。ドロリ、とした感触。両手を目の高さまで上げると、真っ赤に染まった手のひらが見えた。
「あ……あう……かはっ…………げぼっ」
口から血の雫がひと続きに流れ落ちる。呼吸が苦しい。手の震えがやがて体にも伝播し、涙が溢れてくる。
胸の違和感が移動した。刀はエリーの胸から右肩方面へと滑らかにスライド。胸は裂け、エリーは膝をつき、地面にうつ伏せに倒れる。
エリーの視線の先に何かが落ちた。斬られた人間の腕。一緒に斬られたローブの感じから、自分の腕だと判断する。地面に広がる血、血、血……。
「どこに行くって?」
薄れ行く意識の中で聞いたのはルーファウスの声。一体こんな刀をどこに隠し持っていたのだろう。
「法術刀『銀鋼の王』。法術すらも弾き返し、断ち切る、私自らが錬成した愛刀だ。魔法でも無傷で切り捨てられると思ったが、それは思い上がりだったか……。ちなみに、君が倒したと思っていたのは私の幻影だ。途中から幻覚法術にかけられていたことに気付かなかったのは、経験の差だろうね」
ルーファウスは軽くその銀の刀、銀鋼の王を振り、着いた血を飛ばす。そして倒れているエリーの元へと歩み寄り、刀を両手で逆手に持ってエリーの首へと狙いを定める。
「すまない、世界の平穏のために死んでくれ」
ほとんど音もすることなく、エリーの首と胴は僅かに、しかし確実に切り離された。
「何度やっても……慣れないもんだな」
ルーファウスは再度刀を宙で空振りし、刀に着いた血を飛ばす。できるだけエリーの方を見ないようにして、帰るための移動法術を展開しようとする。
「……なんだ?」
いきなり銀鋼の王が小刻みに震えだした。
「何かのエネルギーに反応しているのか……?」
もしや、と思いエリーの骸を見る。微動だにせず雨に打たれている。生気は微塵も感じない。
「……」
気のせいか。久し振りの実践で銀鋼の王に誤差動でも起こってしまったのだろう。そう思うことにし、ルーファウスは軽く溜め息を吐いた。
「!!」
今度は、激しく揺れ始める銀鋼の王。慌てて両手で押さえつける。
「くっそ、一体なん……」
もう一度エリーを見る。今度はエリーの首と胴の部分に光が集まっている。
次の瞬間、ルーファウスは自分の目を疑った。
エリーが立った。腹の血は完全に止まり、確かな手応えで切り離した首も繋がっているようだった。両手(と言っても右腕は無いが)をだらりと垂れ、頭を下げて、確かに立ち上がった。
「ふっ!」
すかさずルーファウスは刀で斬りかかる。ここで躊躇なく、即座に動けたのもルーファウスの言う経験の差。並みの法術士ならば未知の恐怖に耐え兼ね逃げ出すか、最悪動けなくなっていたことだろう。
ルーファウスが繰り出した突きに対して、エリーはもう右手が付いていない右肩を突き出す。すると光が肩口から溢れ、元は右手があった場所を疾走した。
「治癒法術ではなく再生法術!しかもこれほどの速度でか!」
エリーの右手は復元し、ルーファウスの刀を掴んで軌道を逸らした。首には繋いだあともなく完全に元に戻っている。
「ふは、化け物だな、まるで……ぐおっ、がっ!」
エリーは少女とは思えない力でルーファウスの腹を左手で殴り付け、反動で上体が下がった所で首を、刀を受け流した右手でそのまま締め付ける。
「……!」
ギロリ、とエリーは首をもたげ、その見開かれた目でルーファウスを見た。深い絶望と凍てつく様な殺意を湛えた眼光は、ルーファウスの脳裏に死の恐怖をよぎらせた程だった。
エリーの空いている左手に、先ほどの光とはまた異なる、金色に煌めく光が棒状に集まる。刀、銀鋼の王はそれに呼応するように再び振動する。
「魔法槍斧、『神別つ業』」
「魔法……槍斧……?」
光が収束したあとには、二メートルは有ろうかという槍の穂先に半月状の斧頭が付いており、その反対側には短刀のような鉤爪が付いている。重量は約三キログラム程と推測される槍斧、それの中程を握った少女が長大な武具を片手で振り回す。
「ぐっ……」
なんとか振られた槍斧を刀で弾き、首を絞めていたエリーの右手からも脱出し距離をとる。
「ハァ……ハァ……」
方膝をついてエリーを見上げるルーファウスを、今度はエリーが見下して見る。
なおも降り注ぐ清冽な雨が、二人の体を容赦なく濡らす。
「そう言えば……ハルストの町では負傷しながらも……ベヒーモスに向かっていったそうだな……。そのまま逃げることも……できたはずなのに……。何故だ……?」
この問いかけは今にも襲い掛かってきそうなエリーを制すためと、エリーの精神は錯乱しているのか、正気を保っているのかを確認する意味合いもあった。
「……友達……友達、が……いたから……」
「友達……だと?」
予想外の答えにルーファウスは戸惑った。冷酷無慈悲な悪鬼羅刹。それがこの少女のイメージだったからだ。友達を助けるために、深手を負った体で暴れるベヒーモスに立ち向かった……?
ルーファウスの中に何か違和感が生まれる。これが事実ならば……。
「なぜ第三王立法術院を襲った?」
「……違う……違う違う違う!……なん、で……あああああああ!!」
「!!」
エリーは両手で槍斧を握り締めると、その穂先に蒼く、炎の様に揺らめくエネルギーが発生。それは数秒の間に爆発的に勢いを増し、四方に有り余るエネルギーを撒き散らしている。
ルーファウスも銀鋼の王の周りに銀色に輝くエネルギーを集束させる。両者共に一撃必滅の攻撃を蓄える。
「あああっ!」
「はああっ!」
そして、両武器がぶつかり合う。凄烈なエネルギーのぶつかり合い、反発に、大地は揺れ雨は吹き飛ぶ。目も開けられぬ程の衝撃に髪は不規則に後方へと逆立っている。
二つのエネルギーはやがて均衡の臨界に達し、大きな爆発と共に、互いに反対方向に吹き飛ばされた。
「かっ……はっ……」
ルーファウスは木の幹に打ち付けられ、口から血を吐く。しかしすぐに重い瞼をこじ開け、エリーの姿を探す。
エリーは激流渦巻く湖のほとりに辛くも留まっていた。意識があるのかないのか、このままではいずれにしても波に飲まれ、外に流されて行ってしまうかもしれない。
法術を放てば、致命傷を与えることができる。ルーファウスは手をかざした。手の前には雷の矢が生成される。
雷の矢は十分に大きくなったあと、ついに発射された。
雷の矢はエリーの横を逸れ、対岸の森の木々を貫いていった。
そして岸に引っ掛かるようにしていたエリーは、湖の急流に飲み込まれていった。
「見逃してしまうとはな……」
ルーファウスは、何か良くわからない感情に阻まれて攻撃を外した。今のところその判断が正しかったかどうかはわからない。しかし不思議と間違っていたとは思わなかった。
「天は、君が悪しき者ならばその命を奪うだろう。もしも生き延びることができたならば、また会おう……魔法少女よ」
木の根本に座り込みながら、ルーファウスは外海へと流れ出る湖の波をじっと見送った。