始まった祭りに【1】
笑えるほど予告編に関係なくなりました。
一人称グダグダ系ですが、どうかよろしくお願いします
ああ、見てしまった。
今日も学校に行こうとしたさわやかな朝の通学路でため息をついた私は近くに誰かいないものかと辺りを見回した。そしていないことにもう一度ため息をついて向き直る。
そこにはスラッとした牛模様の猫とその視線の先にいる一羽の雀というなんとも嫌な予感のする光景が広がっていた。ゆっくりと、しかし確実に距離を縮めていく猫に対し雀の方は動く気配をまったく見せない、というか猫の存在自体に気がついていないようでボーっとあらぬ方向を見ている。
近づく猫、むしろ逆を向いている雀。
食事の邪魔をする気はないので別の道を通ろうかと考えだしたときふと雀に違和感を感じた気がして前に踏み出す。近づく私を察知して停まった猫を追い越し足を引いた。とくに気配を消したりはしなかったのにやっぱり気がつく様子のなかった雀はコロコロと転がって行って、なんとなく猫の気持ちがわかった気がする。わたわた飛んでいく様子は正直美味しそうだったのだ。
せっかくの食料を奪ってしまって申し訳ないと猫にふりかえるも怖がらせてしまったのかそこにはアスファルトしか残っていなかった。
「残念、可愛いコだったのに」
口とはうらはらにそのまま進んで行く足。私はこういう子なのだからしかたがない。我ながら苦笑した。
「一人で笑ってるのはあやしいと思うよ?」
突然近くで聞こえた声に驚いて立ち止まるとその声の主は愉快そうに喉を鳴らしながら隣に並んできた。にっこりと口を開く。
「おはよう、アサネちゃん」
「ミソツキさん」
色素の薄い髪は天然だけどかけてる眼鏡は伊達眼鏡、年をとることメンドクサイ。タイミングと性格からしてどこかに隠れていたのだろう彼は本当は私の五倍以上生きているくせに後輩として過ごしている。
そう、ミソツキさんも私も人間ではない。
人間が太陽を陽とするように月を陽と置く天狗なのだ。もっとも、私は半分だけなのだが。
「見ていたなら助けてくださいよ」
「それはそうとね」
「無視ですか」
「うん。で、仕事のことなんだけど俺明後日から修学旅行だしその間はやんなくていいよ」
「え、いいんですか?」
「たまの休暇ってことで」
仕事とは罪を犯した天狗を捕まえることだ。
人間にまぎれて行動していることが多い彼らを探し出すためにこちらも人間にまぎれるのだが昼間に行動するから夜は寝てしまうし、土日も天狗居住地には時間的に行けないので休みをとれた気がしないのだ。しかし修学旅行中の五日間休めるのなら里帰りはもちろん、お買い物だってできてしまう。何をしようか考え出すとニヤケが止まらない。
とりあえずミソツキさんに抱きついておいた。
「ありがとうございます! 大好きです!!」
「調子いいんだから」
そんなミソツキさんの言葉も半分くらいしか入ってこなかった私が雀のことなんて気にするわけもなく、感じた違和感なんてすっかり忘れてしまっていた。
「ねえねえ、知ってる?」
何を? と言ってしまいたくなるような話題の切り出し方はしかし噂話としてはセオリーだ。この場合もそれに違わないようでウサギリボンをした彼女は卵焼きを口の中に放り込んで楽しそうに話し始めた。
「今度の先生女の人らしいってことまでは知ってたよね」
先週、社会科の先生が修行の旅とやらに行くとかで学校を辞めてしまった。もともと長期休暇の間などに中東に旅行に行くような人ではあったのだがそれを差し引いてもどうして許可してしまったのかすら解らないような理由と時期だ。私たちも怪しんで調べてみたりしたのだが特に変わった点は見られなかった。しいて言うなら今年パスポートが切れて申請し直していたていたことくらいだろうか。申請したついでにどこだかに行ってしまおうとか思っちゃったのかもしれない。とにかく辞めてしまったことは確かなので代わりの先生が来ることになったのだ。
もっとも、このことはすべてサクラがどこからか仕入れてきた噂話だから信用しすぎてはいけない、らしい。らしいというのはこう言っているのがサクラ本人で、その噂が間違っていたことなんてなかったからだ。まだ辞めたことすら公になっていないなかでどうやって後任のことまで聞いてこれるのかは情報収集能力が問われる職種に就いていることをヌキにしてもとても気になることなのだがサクラに聞いてみてもいつも秘密の二文字ではぐらかされてしまう。
そんなサクラは続報よ、と前置きしてほうれん草をつまんだ。
「どうしてもどうにもならないとかでさらに男の先生追加だって」
担任などの重要職は残りの先生で引き継げても授業までは人手が足りないので急遽募集することになったんだそうだ。しかしさすがに年度途中から毎日出勤できる人はいなかったのだろう。
納得したような空気が広がるとサクラはなぜか興奮したように机を叩いた。
「さらに、さらにですよ!」
目をキラキラさせてためるサクラにみんなの視線が集中する。それを待ってから話しだすあたり彼女は役者だと私は常々思う。
「校長(男)が頭抱えちゃったくらいカッコイイ! らしい!」
言いながら私の机を連打。案外力の強い彼女に耐えきれるか少々不安になってくる。
それからおおー、と周囲から漏れるざわめきに満足したのか彼女はお弁当をしまうと立ち上がった。見上げた私に口の動きだけで「彼がいた」と伝えてくる。
他の子たちが新しい先生について妄想を膨らませる声を背に踵を返す彼女はどことなく楽しそうで、がらにもなく羨ましいとか思ってしまうのは天狗人間関係なく女の子として正常な反応だろうと本日三回目のため息をついた。