第9話 下水道への侵入者
コツ、コツ、コツ。
足音は一つだ。もしかして元マスターか? それとも下水点検のモブなのか。
メタ的な話になるが、一つの世界に俺は一体だけ。プレイヤーの数だけパラレルワールドがあって、俺とエンカウントできるのは元マスターだけだ。稀に他のプレイヤーがこの世界に現れるが、あれは通信モードのおかげ。彼らがこのマップに侵入することはできない。
しかし元マスターが、わざわざここに来るだろうか? 対戦で使えないと放逐した俺を。しかもワメーバ討伐イベントは初期と終盤とあって、初期で討伐された場合、その後俺は出現しない。ネタバレストーリーが流れるのみだ。もしかして、話の裏では再び討伐されているのか? いやしかし、マスターが終盤までワメーバを所持している場合はどうなる。
そんなことを考えているうちに、足音はすぐそこまで迫っていた。どうする俺。戦うか、退くか。人型スライムの俺には喉はないが、固唾を飲んで待ち構えていた。そしてついに、曲がり角から懐中電灯の光が伸び、こちらに向けられ――
「やはりお主、ここにおったか」
そこに立っていたのは、研究所にいるはずの白衣の老人だった。
「どうしてここに、という様子じゃな」
「……」
「いや、例の少女がお主を手放したと知ってな」
「……」
俺はひたすら沈黙を守り、老人の独り言に耳を傾けた。返事をしようにも、俺は「コンゴトモヨロシク」か、もしくは相手の言葉を繰り返すことしかできない。そういう仕様だからな。
「ワシは気づいておった。お主、ある時から人語を解するようになったじゃろう」
「?!」
「やはりそうじゃな。そういうことなら話は早い。お主、ここを出てワシについて来るのじゃ。悪い話ではない」
ちょっと待て。展開が早くて追いつかない。コイツは俺を捕獲しに来たのか?
「まあ、お主に取れる選択肢は多くあるまいよ。もしここでワシに危害を加えれば、やがてキュブモン討伐隊が編成されてお主は討伐されるであろう。もしくは逃亡という手も取れぬでもないが、その場合はワシが今後ここをずっと監視することになるじゃろう。お主にとっては、安住の地を失うことになろうのう」
老人はニィッと嗤った。
俺にとって、別に下水道は安住の地と言うわけではない。ただこれから先を生き延びるために、できるだけパワーアップしておいた方が良さそうだという判断で引きこもっていただけだ。だから今後この街の下水道に戻れなくとも、俺的には問題ない。既に十分なパワーアップを済ませたことだし、なんなら他の都市の下水道でだって生きていけるだろう。
だが、逃亡は老人の手の内を知ってからでも遅くないだろう。おそらく彼は、俺が既に取り込んだモンスターに化けられることを知らない。俺も知らなかった。だってゲームでは、対戦中に対戦した相手をミミックする描写しかなかったからだ。自分がワメーバになって初めて、自分の中には取り込んだモンスターの意識が残っていて、彼らを前面に押し出すことで姿を変えられると自覚したのだ。だから俺が本気で逃げようと思えば、小動物なり虫なりに変化して、いつでも逃げられるのだ。
よし。こうなれば堂々と敵地に乗り込んでやろうじゃないか。俺は腹を括った。




