第8話 パワーアップしたモンスター
あれからどのくらい経っただろうか。
「クチャァ……」「クチャ、クチャァ……」
「コホオオオオオ」
楽だ。俺はただ下水道の最奥で寝そべって、時々やってくるスライムを毒霧で取り込むだけ。まるでお正月、コタツの上の餅やみかんに手を伸ばしながら、ひたすらまどろんでいるような。手を伸ばせばそこにスライム、そして俺パワーアップ。ホーム最高。
(……)(……)(……)
俺の中で不満を撒き散らしていたモンスターたちも、もはやおとなしいものだ。抵抗を諦めたのか、それとも慣れたのか。まあ、抵抗したって既に取り込まれた後だ。時すでにお寿司。そして俺が他のモンスターの思考を読んでいるように、向こうにも俺の意思は伝わっている。親の元に帰りたいと泣いていた幼児モンスターも、毒霧や吸収で理不尽に狩られたモンスターも、このゲームの世知辛さやマスターの酷薄さを知って泣き言を言わなくなった。そうだ、俺たちは人間に都合のいい世界観の中で、人間に都合よく使役される身。絆だの愛だの、上っ面は綺麗にラッピングされてはいるものの、俺たちモンスター側からすればいい迷惑だ。
となれば、俺たちのやることは一つ。再びマスターどもに支配されず、また討伐もされず、粛々と生き延びるのみ。俺だって、よりによってワメーバの中で前世の自我なんか取り戻したくなかったが、もうこうなっちゃったもんは仕方ない。俺たちは運命共同体だ。仲良くやろうぜ相棒たち。
しかし利害が一致したからといって、俺たちが仲良くなるわけじゃない。それぞれの人格は依然として俺の中に残っているし、それぞれが「なんで俺がこんな目に」ってジリジリと悪態をついている。しかも下水の中で生まれるスライムたちは、みんな人間の洗い流したネガティブな感情を凝縮した奴らだ。怒り、悲しみ、強欲に嫉妬。どんどんダークサイドに堕ちていく。自分で言うのもなんだが、病んだ多重人格ってヤバくねぇか。
だけどなぁ。病んで引きこもるって、なんだかんだ居心地良くね? 人々が幸せに暮らす街の下で、延々と怨嗟を吐きつつパワーアップする俺。きっとこの上では陽キャのリア充たちがキラキラと映える生活をし、ラブラブして、人生を謳歌しているに違いない。一方俺は下水の魔物。なにそれ超ウケる。琵琶湖の水じゃねぇけど、仮に俺がここで下水道止めてみ? お前ら大惨事だぜ?
「コホオオオオオ(ククッ、いい気味だぜぇ)」
そうしてどのくらい寝正月していたのか。不意に近づいてくる足音を察知して、俺は目覚めた。
モンスターの時間感覚は曖昧だ。海底でロックイワをしていた時も、森でトレントーをしていた時もそうだった。ネズミやスズメは一晩で飽きたが、寿命の長いモンスターをやっていると、気がついたら数ヶ月とか経っていたりする。
俺はいつの間にか、下水道を塞ぐほどの巨体になっていた。そして思い出した。序盤に討伐しなかったワメーバは、終盤になってより強力な個体となって主人公たちに立ちはだかる。今の俺は、まさにそのボスの姿をしていた。
ちょっと待って。俺、いつの間にかボスに進化してた? そんで誰か討伐しに来ちゃった? だけど俺、初期で一回討伐されてるんだけど? あとボス戦前の黒い人影事件も起こしてないんだけど?
勝てそうならやっちゃおう。勝てなさそうならネズミにでも化けて逃げよう。俺は息を潜めて足音に耳を澄ませた。




