第11話 キュブモン一筋三百年
「それでは始めるぞい」
いつしか俺は、合成ポッドの中にいた。こっちはポッドA、あっちはポッドB。Aの中にBを取り込むというスタイルだ。ジジイ、本当に俺に取り込まれていいんかよ。
「気にするでない。オリジナルはワシじゃが、稼働中のクローンは800体、予備は200体ほど用意してある」
「?!」
やっぱあの全国にいるジジイ、クローンだったのか? てかオリジナル消失ってマズくね?
「ほっほ。お主、なかなか真面目な性格じゃの。ますます気に入ったわい!」
「……」
そんな会話をしている間にも、ポッドは溶解液にじわじわと満たされていく。
「さあいざ行かん! 目くるめく桃源郷へ!!」
果たしてワメーバに取り込まれることが桃源郷なのか。俺は黙って溶液に呑まれた。
フシュウ、という音とともに筒が上昇する。力が漲っている。合成ポッドから解放された俺は、テイマーもいないのに跪く。
「コンゴトモヨロシク」
(おお、成功しよったわい! むほおお、なるほどこんな感覚か!)
(元気だな、ジジイ)
(おっほ! お主がワメーバか! 思ったより口が悪いのう!)
ワメーバの俺は、ポッドの床の上に跪いたまま。だが心中は、やたら騒がしくなった。
(シャキイイン(ダレダ コノニンゲンワ))
(チュピ!(ぼくしってる! たまごのせわをしていたおじいさんだよ!))
(ヂュッ(マスター ハゲジジイ いってた))
(ゴロゴロ〜ン(イワ タベタイ))
(ふむ、どれどれ。同化したとはいえ、お主の思考は読めぬか。しかしお主とてワシの思考が全て読めるわけではなさそうじゃの。かと思えば、モンスター同士の意思疎通は可能とな。これは興味深い!)
(よく喋るジジイだな)
(まあそう言うでないわ。なんせ三百年越しの夢が叶ったんじゃからな! それよりお主の稀有なる変身能力、それを見せてもらいたいんじゃが)
「おお! まさかまたこの姿に戻れようとは!」
ジジイは興奮して自分が映ったモニターを凝視している。今の俺の姿は、さっきまでポッドBに入っていた彼そのものだった。服装や眼窩に嵌まったレンズまで忠実に再現されている。素材は汚泥でできたスライムだがな。
「むほぉ、これならこれまで通り研究を続けながらモンスター生活も満喫できるわい!」
(おいちょっと待てジジイ。このボディの主人は俺だ。今はお前に貸してやってるだけだからな)
「わかっておる、わかっておる。じゃがワシの姿を使えば、お主は問題なく人の世で生きていけるじゃろう。もう下水道に身を隠す必要もなし。悪い話ではなかろう?」
(……)
確かに、そこはジジイの言う通りだ。これからこの世界で生き延びるのも、どこかに旅をするのも自由自在。それどころか、ジジイはキュブモンの権威。キュブモンに対して誰よりも詳しく、また途方もない権力財力を持ち合わせている。このジジイを取り込んだのは、かなりのアドバンテージかもしれない。
「むほっ、理解したようじゃの。ワシとお主は、文字通り一蓮托生じゃ。よろしゅうのう!」
(こちらこそよろしく頼む)
俺たちは心の中でガッチリと握手した。
「というわけで早速じゃが。お主、自分の取り込んだ者だけでなく、相対した敵の姿に変化できるんじゃろ?」
(まぁ、一時的だがな)
そう。他のキュブモンと決定的に違う能力がそれ。相手のキュブモンマスターが繰り出したモンスターと同じモンスターに化け、同じ技を使う。しかしこっちは腐っても中ボス、そこらのキュブモンよりHPもMPもずっと高い。強いモンスターで挑めば手強くなり、弱いモンスターで挑めば歯応えがある。自分で言うのもなんだが、俺って結構いいボスだと思う。まあ、先日のアプデで絆システムに大幅強化がかかり、絆のバフのない俺は、単なる雑魚に成り果てたわけだが。
「そういうわけなら話は早い! お主、この娘に化けられんかの?」
(?!)
ジジイがモニターに映したのは、ピンクの髪の可憐な女性。JASIN研究所の受付嬢、略してJKお姉さんだ。「お預かりしたキュブモンはみんな元気になりましたよ!」とか決まったセリフしか言わないが、プレイヤーからは常に人気がある。
モンスターではなく、人に化けるのは初めてだ。モニターの画像に意識を集めると、俺は苦もなく彼女の姿となった。えっちょっと待って。どゆこと? これまで考えたこともなかったけど、人に化ければ普通に人間社会に溶け込めたってこと?
「ジジイと合体、要らなかったじゃん……」
(むほおおお! まさしくこれはJKお姉さん! ムチムチプリプリ、キュートボディじゃぞい!)
人格の奥に引っ込んだはずのジジイが大興奮している。確かに、キュブモンがどんな人物にでも化けられるなら興奮もするだろう。俺もちょっと動揺している。
これまでマスターに隷属していた間は、命令されるがままに相手のモンスターに化けることしかしなかった。だから、人間に化けるという発想がなかったのは仕方ない。現に、終盤まで討伐されずに下水に残っていたワメーバは、たびたび人型のスライムの姿で街に現れ、人々を恐怖に陥れるというストーリーだった。俺はそういう仕様で作られたモンスターなんだ。決して俺が間抜けなわけじゃない。俺悪くない。
しかしこれはいい発見だったな。これなら生き延びるためにジジイに化け、ジジイの人格を前面に出さずとも、好きな人間に化けることができる。バトルとは違うので、果たしてどれだけの時間化けていられるかはわからないが、そこは要検証だ。ヤバいな、選択肢が一気に広がった。
(お、おほッ。どれ、このプリプリおっぱいをちょこっと……)
「は?」
気がつけば、俺の右手がじわじわと胸部に迫っていた。ジジイ、主人格の俺を押し退けて右手を支配してやがる。
「させるかよ!」
(ギャーッ!)
俺は意識下でジジイに電撃を食らわせた。思わずイメージしたことだが、ちゃんと効いたようだ。これも新しい発見。外側からは、自分の胸に手を伸ばそうとした受付嬢がフリーズしたようにしか見えないが。
(うう……年寄りイジメじゃ。これではなんのためにワメーバに取り込まれたのか……!)
ちょっとジジイ。まさかお前、セクハラのためにオリジナルを放棄したのか……?!




