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元社畜令嬢、辺境で無自覚に冷徹公爵を魔導具依存に落とす  作者: 綾瀬蒼
1章

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第5話 魔導具への依存が、いつの間にか私へのヤバすぎる執着に変わっていた件

 結論から言うと、私の「段階的撤退計画」は初日で破綻した。


 原因は、公爵様が想像以上に頑固だったから――ではない。

 もっと厄介で、もっと根が深い理由だった。


 私は公爵様のために、二つ目の【安眠マットレス】を作った。

 材料も付与も、前回より丁寧に。公爵様の体格に合わせて反発を強め、呪いで冷えやすい末端を温める調整も入れてある。ついでに、呼吸が浅くなった時にだけ胸郭をゆるめる微弱な補助まで入れた。過保護? いいえ、これは“出禁”のための投資だ。


「完成しました。これで公爵様は、ご自分のお部屋で眠れます」


 私は離れの隣室――元々物置だった部屋を整えて、そこに公爵様用の寝床一式を設置した。

 空調魔石も、湯のシステムも、同等のものを「公爵様用」に増設。費用? 知らない。公爵様が許可証をくれたので、私は合法的に文明を増殖させているだけだ。


 夜。鈴が鳴る。

 いつものように現れた銀髪の公爵に、私は胸を張って案内した。


「こちらです。どうぞ。今日からここが公爵様の快眠ルームです」


 ジークフリート様は扉の前で立ち止まり、部屋の中を一瞥した。

 寝具の質、空気の温度、湿度、照明の暗さ。全部、完璧のはず。私が作ったのだから。


 なのに彼は、眉一つ動かさずに言った。


「嫌だ」


「即答!?」


「ここは、君の部屋ではない」


「はい。公爵様の部屋です」


「君がいない」


 その一言が、妙に重く響いた。


 私の脳は一瞬フリーズし、次の瞬間、全力で合理化を始めた。


(あっ、なるほど。魔導具って、使用者の魔力に馴染むまでタイムラグがあるやつだ)


 あり得る。私はそういう設定を“なんとなく”で作ってしまいがちだ。

 便利を追求すると、たまに初期不良が混ざる。前世でもよくあった。


「分かりました。初期設定ですね。では私が――」


 そう言って部屋に入ろうとした瞬間、手首が掴まれた。


 熱い手。

 公爵様の手は剣を握る人の硬さがあるのに、今は不思議と震えていた。


「君は、ここに来なくていい」


「え、でも初期設定が」


「いらない」


 公爵様は私の手首を離さないまま、まっすぐ私を見る。

 視線が、寝具を求める飢えではない。もっと別の、もっと個人的な渇きだ。


「……君が、あっちの部屋にいるのが嫌だ」


 私の喉が、こくりと鳴った。


(え? これ、魔導具の話じゃない?)


 いや、待て。落ち着け。これはきっと、極度の睡眠不足がもたらす“環境依存”だ。人は回復すると、慣れた場所でしか眠れなくなることがある。

 ここは公爵様にとって、回復できた唯一の場所。だから――


「では、こちらに戻りましょう。いつもの部屋で」


 私は穏便に収束させようとした。

 すると公爵様の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……あぁ」


 安堵が混じった声。

 その反応の速度が、もうアウトの匂いしかしない。


 いつものようにベッドへ向かう公爵様。

 いつものように横になり――る直前で、彼が私を見た。


「リゼット」


「はい」


「そこにいろ」


「……そこ?」


 私は椅子を指差したのかと思い、素直に机の椅子へ座った。

 公爵様はベッドに横たわる。呼吸が整い始める――はずだった。


 整わない。


 彼は目を閉じているのに、眉間に皺が寄る。

 指先がシーツを掴み、離す。掴み、離す。落ち着かない人の癖だ。


(え、初期設定いるじゃん)


 私は椅子から立ち上がり、ベッドの脇へ寄った。


「何か調整しますか? 反発が強すぎました? 温度が」


「違う」


 公爵様は目を開けた。

 そして、私の指先を掴む。


「近い」


「え?」


「もっと」


 短い命令。

 冷徹公爵の“仕事モード”の口調なのに、内容が子どもみたいだった。


 私は一瞬、完全に理解できず――次に、あり得ない推測に辿り着いた。


(あっ。筋肉緩和の付与、接触距離で効きが変わるのかも)


 私の付与魔法は私自身の魔力を基準にしている。なら「私が近いほど効く」という仕様でも、まあ、あり得る。

 仕様なら仕方ない。私は仕様には従う。前世からそうだ。


「分かりました。近くにいますね」


 私はベッドの端に腰掛けた。

 その瞬間、公爵様の呼吸がすっと深くなった。


(やっぱり仕様だ)


 私は一人で納得する。

 しかし、公爵様はそこで満足しなかった。


 次の瞬間、強い腕が私の腰を引き寄せた。


「わっ」


 私は抵抗する暇もなく、彼の膝の上に座らされる。

 背中が胸板に当たり、熱が伝わる。心臓の音が、やけに近い。


「こ、公爵様? あの、寝るだけって」


「寝る」


「……膝の上で?」


「君の体温が必要だ」


 必要。

 その言葉が怖いくらい真っ直ぐで、私は言い返せなくなった。


(体温調整の付与が、公爵様の呪いに対して足りないのかも……)


 私は全力で合理化し、仕事として受け止めることにした。

 そうしないと、頬が熱くなる理由を説明できなかったから。


 公爵様は私の肩に顎を乗せ、目を閉じた。

 さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけていく。


「……落ち着く」


 低い声。

 氷みたいだったはずの人が、焚き火の前で溶けていく音がした。


「よかったです。仕様通りに動いてますね」


「仕様?」


「魔導具……というか、付与の」


 私が言うと、公爵様が小さく息を吐いた。

 笑った、のだと思う。ほんの微かに。


「……君は、本当にそう思っているのか」


「え?」


「いや、いい」


 いい、で済ませないでほしい。

 でも彼の腕は緩まない。むしろ、指が私の手を絡め取る。


 その夜、公爵様は私を膝に乗せたまま眠りに落ちた。

 私は動けなくなり、結果として“寝るだけ”という条件が、別の意味で守られた。


(私の平穏、どこ行った)


 そして問題は、それが一晩で終わらなかったことだ。


 翌日も。翌々日も。

 公爵様は「寝に来る」だけのはずなのに、私が部屋にいないと機嫌が悪くなる。

 私が浴室へ行こうとすると腕を掴む。

 私が机に向かうと背後から覗き込む。

 ミレイユが食事を運んでくると、なぜか無言で視線を刺す。


「公爵様、侍女さんを睨まないでください。業務委託先です」


「……君に触れるな」


「触れてません。配膳です」


「……近い」


「配膳は近いです」


 論理で殴っても通じない類のやつだ。

 私はじわじわと危機感を覚え始めていた。


 しかも彼は、どんどん甘くなる。


「リゼット、寒くないか」

「リゼット、これを飲め」

「リゼット、今日は外に出るな。風が強い」

「リゼット、髪が……ほどけている」


 名前を呼ぶ回数が増え、距離が勝手に縮まり、気づけば私は毎晩、公爵様の腕の中で“回復補助装置”みたいな扱いをされている。

 冷徹公爵の面影が、寝室(というか私の部屋)限定で消失していた。


(……これ、依存の方向がズレてきてない?)


 魔導具への依存のはずが、いつの間にか私そのものへ――という可能性が、頭をよぎる。

 だが、私はすぐに打ち消した。


(いやいや。まさか。公爵様が私に執着するわけない)


 私は加護なし。実家では無能扱い。

 それに、恋愛に自信がある人生を送っていない。前世は会社、今世は実家。いずれも“使われる側”だった。

 だから私は、もっと安全な答えに逃げる。


(たぶん、私の付与魔法が“私に近いほど効く”仕様になってるだけ。うん)


 そう結論づけた私に、公爵様は追い打ちをかけるように、あるものを差し出した。


 銀の鍵。

 そして、重みのある小さな印章。


「これを持て」


「……鍵?」


「屋敷のどこへでも入れる。倉庫も工房も、俺の執務室もだ。印章は、俺の名で命令を通せる」


「え、そんな権限、私に渡して大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


「どうして?」


 私が尋ねた瞬間、公爵様は迷わず言った。


「君の快適さは、俺の命に直結する」


 真顔。

 あまりに真顔で、冗談にできなかった。


(えっ、ここまで?)


 鍵と印章を握った手が、妙に熱く感じる。

 公爵様は私の手の甲に口づける――ような動きをして、寸前で止めた。代わりに、指先でそっと撫でる。


「……俺は、君がいないと眠れない」


 依存宣言。

 寝具ではなく、私に対する。


 私の脳は結論を出せず、ただ現実逃避の一言を口にした。


「よかったです。仕様……じゃなくて、効果が出てますね」


 公爵様の目が細まる。

 その笑みは優しくて、でもどこか危うかった。


「リゼット」


「はい」


「分からないままでいい。今は」


 何が“今は”なのか。

 怖いのに、なぜか逃げられない。


 その時、離れの入口の鈴が鳴った。

 夜の訪問者ではない。昼間の、きちんとしたノック。


「奥様。お手紙が届いております」


 ミレイユの声。

 差し出された封筒には、見慣れた家紋が押されていた。


 オズボーン伯爵家。


 私の背中を抱く公爵様の腕が、ぴくりと固くなる。

 そして、封筒を見た瞬間――彼の笑みが、音もなく消えた。


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