第16話 隣国の王が土下座で謝罪。ついでに魔導具の「ライセンス契約」で大儲け
翌朝。
公爵領の敷地外――ゴミ集積所で、朝露に濡れながらピカピカに磨き上げられたエドワード皇太子が発見された。
顔面だけが、やけに輝いている。
黄金の髪は乱れ、外套は泥だらけ。
なのに頬だけつるん。まるで新しい皮膚。
護衛たちの悲鳴が、辺境の朝に響いた。
「殿下……! なぜ、こんなところに……!」
「……ゴ……ゴミでは……ない……」
その言葉が、さらに地獄だった。
当然、この知らせは隣国へ飛ぶ。
そして数日後――血相を変えた隣国の王、エドワードの父が、自ら公爵邸へ押しかけてきた。
国際紛争の火種になりかねない。
普通なら会談室は緊張で張り詰めるはずだ。
だが現実は違った。
応接室の空気は、一方的だった。
なぜなら――ジークフリート様が、黙って座っているだけで、室温が二度ほど下がっていたからだ。
「こ、この度は……我が愚息が、多大なるご迷惑を……ッ!」
隣国の国王は、部屋に入るなり土下座した。
しかも深い。額が床にめり込みそうな勢いだ。
王の威厳が消し飛び、父の生存本能だけが残っている。
隣には顔面だけ艶々の皇太子が立たされている。
本人は涙目で、終始目を逸らしていた。
たぶん、床の円盤が怖いのだろう。
ジークフリート様は無表情のまま言った。
「謝罪で済む問題ではないな」
声が低い。
冷たい。
領都の冬より冷たい。
「我が妻の精神的苦痛。私邸への不法侵入。外交の名を借りた脅迫。……高くつく」
国王が、さらに平べったくなった。
「ま、誠に……! 賠償は――いかほどでも……!」
その瞬間、私はスッと前へ出た。
ジークフリート様の前に出るのは、正直怖い。
でも、ここで怖がっても、交渉は進まない。
(交渉が進まない=長引く=会議が増える=残業)
残業は嫌だ。
だから私は、現実主義の社畜である。
「旦那様。怖がらせると、話がまとまりません」
ジークフリート様が私を見た。
目が一瞬だけ柔らかくなる。
そして、すぐに冷えへ戻る。切り替えが速い。
「……分かった。君が進めろ」
許可が出た。
私は国王へ向き直り、机の上へ一枚の書類を置いた。
「国王様。こちらをご覧ください」
「こ、これは……?」
国王が恐る恐る手に取る。
紙の厚み。封蝋。条項の多さ。
読み慣れている人ほど、量で圧倒される仕様にしてある。
タイトルはこうだ。
『魔導具技術供与及びライセンス契約書(暫定)』
皇太子が、ぴくっと反応した。
たぶん“兵器化”の夢が蘇ったのだろうが、違う。もっと現実的で、もっと嫌な形だ。
私は営業スマイルを起動した。
「殿下は、私の魔導具を兵器に転用したいと仰っていました」
皇太子が口を開きかける。
「そ、それは――」
「黙れ」
ジークフリート様の一言で止まった。
よし。うちの上司は強い。
私は続ける。
「ですが兵器はコストがかかる割に、使えば恨みを買います。維持費も高い。効率が悪い」
国王が頷く。
この人、政治家の顔になっている。
「そこで提案です。兵器ではなく、“生活インフラ”として展開しませんか」
私は指を折って、商品名を並べた。
「全自動エアコン魔石。吸湿速乾・温度調整パジャマ。全自動茶葉抽出機。お掃除ゴーレム。……これらを貴国で正規に製造・販売する」
国王の目が、さらに鋭くなる。
経済の目だ。
「ただし特許は我が公爵領。貴国は製造販売ライセンスを購入。売上の三割をロイヤリティとして納めていただきます。加えて、技術保守契約。定期監査。違法改造禁止条項」
国王の口が、わずかに開いた。
「三割……!」
「安いですよ」
私は即答した。
「戦争を起こすより、よほど安い。しかも貴国の国民は快適になります。税収も増える。医療費も下がる。寝不足と寒暖差が減れば、労働効率が上がります」
国王が、ゴクリと喉を鳴らす。
私は最後の一押しを入れた。
「それに――皇太子殿下の不祥事も、“極秘の技術交流”に書き換えられます」
沈黙。
国王の目が、完全に“採用”を決めた政治家の目になる。
「……採用だ」
即答だった。
「今すぐ署名する。必要なら条項追加も――」
「ありがとうございます。追加します」
私は何の遠慮もなく、次の紙を差し出した。
『お掃除ゴーレム保守点検費(侵入者搬送時の消耗品含む)』
『ルンバちゃん一号の運用マニュアル』
『不法侵入判定基準(国賓を含む)』
皇太子が青ざめた。
国王が、皇太子の頭を踏みつける勢いでさらに深く頭を下げた。
「愚息は……即座に更生施設へ送る! 二度と貴国に近づけない!」
「それは助かります。搬送コストが減るので」
私はにこやかに頷いた。
搬送コストは重要だ。人件費が増える。
署名が終わり、国王が立ち上がる。
空気が少し軽くなった。
ジークフリート様の冷気が弱まったからだ。
国王が最後に言った。
「……公爵夫人。あなたは、恐ろしいお方だ」
「いえ。私はただ、働きたくないだけです」
国王が引きつった笑いを浮かべる。
理解できないのだろう。
でも結果は理解できたはずだ。金が動く。
隣国の一行が逃げるように去った後、応接室には私とジークフリート様だけが残った。
ジークフリート様が、呆れたように私を見た。
「リゼット……君というやつは。また一つ、巨大な不労所得の源泉を作り出したな」
「はい。これで私は一生働かなくてもいい“究極のホワイト生活”に一歩近づきました」
私は胸を張った。
勝利だ。
対外交トラブルを、超大型の収益構造へ変換した。
しかし勝利の余韻を破壊するように、ジークフリート様が私の腰を引き寄せた。
距離がゼロになる。
「……良い」
「何がですか」
「君が、ここにいることが」
低い声。
熱いのに冷たい、危険な声。
私は咳払いして、話を戻した。
「旦那様、お祝いに今日は豪華ランチにしましょう。究極のキッチンで、焼肉とポテトチップスと――」
「その前に」
ジークフリート様が、私の耳元で低く笑った。
「ライセンス契約の“独占権”が、俺にあることを改めて教えておかなくてはな」
(独占権って、何に使うんですか)
私は嫌な予感しかしなかった。
巨万の富を得てもなお、最大の「過密スケジュール(溺愛)」からは逃げられそうにない。
そして私は、心の中で次の設計を始めた。
(溺愛を“定時内”に収める運用)
(これは難案件だ)




