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元社畜令嬢、辺境で無自覚に冷徹公爵を魔導具依存に落とす  作者: 綾瀬蒼
2章

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第16話 隣国の王が土下座で謝罪。ついでに魔導具の「ライセンス契約」で大儲け

 翌朝。

 公爵領の敷地外――ゴミ集積所で、朝露に濡れながらピカピカに磨き上げられたエドワード皇太子が発見された。


 顔面だけが、やけに輝いている。

 黄金の髪は乱れ、外套は泥だらけ。

 なのに頬だけつるん。まるで新しい皮膚。


 護衛たちの悲鳴が、辺境の朝に響いた。


「殿下……! なぜ、こんなところに……!」

「……ゴ……ゴミでは……ない……」


 その言葉が、さらに地獄だった。


 当然、この知らせは隣国へ飛ぶ。

 そして数日後――血相を変えた隣国の王、エドワードの父が、自ら公爵邸へ押しかけてきた。


 国際紛争の火種になりかねない。

 普通なら会談室は緊張で張り詰めるはずだ。

 だが現実は違った。


 応接室の空気は、一方的だった。


 なぜなら――ジークフリート様が、黙って座っているだけで、室温が二度ほど下がっていたからだ。


「こ、この度は……我が愚息が、多大なるご迷惑を……ッ!」


 隣国の国王は、部屋に入るなり土下座した。

 しかも深い。額が床にめり込みそうな勢いだ。

 王の威厳が消し飛び、父の生存本能だけが残っている。


 隣には顔面だけ艶々の皇太子が立たされている。

 本人は涙目で、終始目を逸らしていた。

 たぶん、床の円盤が怖いのだろう。


 ジークフリート様は無表情のまま言った。


「謝罪で済む問題ではないな」


 声が低い。

 冷たい。

 領都の冬より冷たい。


「我が妻の精神的苦痛。私邸への不法侵入。外交の名を借りた脅迫。……高くつく」


 国王が、さらに平べったくなった。


「ま、誠に……! 賠償は――いかほどでも……!」


 その瞬間、私はスッと前へ出た。

 ジークフリート様の前に出るのは、正直怖い。

 でも、ここで怖がっても、交渉は進まない。


(交渉が進まない=長引く=会議が増える=残業)


 残業は嫌だ。

 だから私は、現実主義の社畜である。


「旦那様。怖がらせると、話がまとまりません」


 ジークフリート様が私を見た。

 目が一瞬だけ柔らかくなる。

 そして、すぐに冷えへ戻る。切り替えが速い。


「……分かった。君が進めろ」


 許可が出た。

 私は国王へ向き直り、机の上へ一枚の書類を置いた。


「国王様。こちらをご覧ください」


「こ、これは……?」


 国王が恐る恐る手に取る。

 紙の厚み。封蝋。条項の多さ。

 読み慣れている人ほど、量で圧倒される仕様にしてある。


 タイトルはこうだ。


『魔導具技術供与及びライセンス契約書(暫定)』


 皇太子が、ぴくっと反応した。

 たぶん“兵器化”の夢が蘇ったのだろうが、違う。もっと現実的で、もっと嫌な形だ。


 私は営業スマイルを起動した。


「殿下は、私の魔導具を兵器に転用したいと仰っていました」


 皇太子が口を開きかける。


「そ、それは――」

「黙れ」


 ジークフリート様の一言で止まった。

 よし。うちの上司は強い。


 私は続ける。


「ですが兵器はコストがかかる割に、使えば恨みを買います。維持費も高い。効率が悪い」


 国王が頷く。

 この人、政治家の顔になっている。


「そこで提案です。兵器ではなく、“生活インフラ”として展開しませんか」


 私は指を折って、商品名を並べた。


「全自動エアコン魔石。吸湿速乾・温度調整パジャマ。全自動茶葉抽出機。お掃除ゴーレム。……これらを貴国で正規に製造・販売する」


 国王の目が、さらに鋭くなる。

 経済の目だ。


「ただし特許は我が公爵領。貴国は製造販売ライセンスを購入。売上の三割をロイヤリティとして納めていただきます。加えて、技術保守契約。定期監査。違法改造禁止条項」


 国王の口が、わずかに開いた。


「三割……!」


「安いですよ」


 私は即答した。


「戦争を起こすより、よほど安い。しかも貴国の国民は快適になります。税収も増える。医療費も下がる。寝不足と寒暖差が減れば、労働効率が上がります」


 国王が、ゴクリと喉を鳴らす。


 私は最後の一押しを入れた。


「それに――皇太子殿下の不祥事も、“極秘の技術交流”に書き換えられます」


 沈黙。

 国王の目が、完全に“採用”を決めた政治家の目になる。


「……採用だ」


 即答だった。


「今すぐ署名する。必要なら条項追加も――」


「ありがとうございます。追加します」


 私は何の遠慮もなく、次の紙を差し出した。


『お掃除ゴーレム保守点検費(侵入者搬送時の消耗品含む)』

『ルンバちゃん一号の運用マニュアル』

『不法侵入判定基準(国賓を含む)』


 皇太子が青ざめた。

 国王が、皇太子の頭を踏みつける勢いでさらに深く頭を下げた。


「愚息は……即座に更生施設へ送る! 二度と貴国に近づけない!」

「それは助かります。搬送コストが減るので」


 私はにこやかに頷いた。

 搬送コストは重要だ。人件費が増える。


 署名が終わり、国王が立ち上がる。

 空気が少し軽くなった。

 ジークフリート様の冷気が弱まったからだ。


 国王が最後に言った。


「……公爵夫人。あなたは、恐ろしいお方だ」


「いえ。私はただ、働きたくないだけです」


 国王が引きつった笑いを浮かべる。

 理解できないのだろう。

 でも結果は理解できたはずだ。金が動く。


 隣国の一行が逃げるように去った後、応接室には私とジークフリート様だけが残った。


 ジークフリート様が、呆れたように私を見た。


「リゼット……君というやつは。また一つ、巨大な不労所得の源泉を作り出したな」


「はい。これで私は一生働かなくてもいい“究極のホワイト生活”に一歩近づきました」


 私は胸を張った。

 勝利だ。

 対外交トラブルを、超大型の収益構造へ変換した。


 しかし勝利の余韻を破壊するように、ジークフリート様が私の腰を引き寄せた。

 距離がゼロになる。


「……良い」


「何がですか」


「君が、ここにいることが」


 低い声。

 熱いのに冷たい、危険な声。


 私は咳払いして、話を戻した。


「旦那様、お祝いに今日は豪華ランチにしましょう。究極のキッチンで、焼肉とポテトチップスと――」


「その前に」


 ジークフリート様が、私の耳元で低く笑った。


「ライセンス契約の“独占権”が、俺にあることを改めて教えておかなくてはな」


(独占権って、何に使うんですか)


 私は嫌な予感しかしなかった。

 巨万の富を得てもなお、最大の「過密スケジュール(溺愛)」からは逃げられそうにない。


 そして私は、心の中で次の設計を始めた。


(溺愛を“定時内”に収める運用)

(これは難案件だ)


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