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元社畜令嬢、辺境で無自覚に冷徹公爵を魔導具依存に落とす  作者: 綾瀬蒼
2章

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第15話 皇太子vs公爵。最新鋭の【お掃除ゴーレム】が皇太子の顔を磨き上げる

 その日の深夜。

 ジークフリート様の「浄化(という名の過剰抱擁)」からようやく解放され、私は離れで泥のように眠っていた。


 ――カチャリ。


 不穏な音がして、窓の留め具が外れる。

 夜風が一筋、部屋へ忍び込んだ。


(うるさい……風……)


 私は毛布の中で丸まり、現実を拒否する。

 だが現実は、拒否しても侵入してくるタイプだった。


「……フン。警備の薄い離れに一人で寝るとは無用心な女だ」


 低い男の声。

 自信満々に忍び込む声。


「今のうちに拉致し、我が国で『魔法兵器』を量産させてやる。夫ごと抱えればいいと言ったが……女だけで十分だ」


(最悪の単語セット)


 しかし私は起きない。

 起きて対応するのは残業だ。

 残業は嫌だ。


 だから私は、前日に仕込んでおいた。


 侵入者対応の、最新鋭“家事時短”デバイスを。


 ベッドの下――正確には、床板の隙間に収納した円盤型の小型ゴーレム。

 名称:【自律型お掃除ゴーレム・ルンバちゃん一号(試作型)】。


 開発動機:掃除が面倒くさい。

 追加要件:迷惑客も面倒くさい。

 結果:防犯仕様にアップデート。


 侵入者が一歩踏み込むと、床に刻んだ簡易結界が反応して起動する――はず。


 そして、起動した。


 ――キュイーン。


 静かなはずの寝室に、家電感のある機械音が鳴り響く。


「な、なんだ!? 何の音だ!」


 皇太子の声が裏返った。

 暗闇の中、床を滑るように円盤が走る。小さな光点が二つ、ぴかぴかと点滅した。


「……ピピッ。不浄なゴミ、および大型不法投棄物を検知」


 合成音声が、冷静に告げた。


「排除・および洗浄モードを開始します」


「ご、ゴミだと!? 私は皇太子――」


 言い終える前に、ルンバちゃん一号が皇太子の足元へ突進した。

 底部から“超強力粘着マジックハンド”が展開し、ぺたり、と足首に張り付く。


「うわっ!? 離せ、この――!」


 皇太子が足を引こうとした瞬間、円盤が逆回転した。

 引っ張る力ではなく、重心を崩す角度で引く。

 前世で言うところの、転倒誘発アルゴリズム。


「ぐえっ!」


 皇太子が床に転がった。

 同時にルンバちゃん一号が、勝ち誇るようにピピ、と鳴く。


「対象、床面へ固定。洗浄工程に移行します」


 ――シュッシュッ。


 どこから出したのか、霧状の“洗浄液”が噴きつけられる。

 洗浄液という名の、私特製の“低刺激だけど絶対落ちる”やつだ。


「ぶはっ!? 鼻に……鼻に何かが!? 目が、目がぁぁっ!」


 皇太子がのたうつ。

 そして、ルンバちゃん一号の回転ブラシが唸りを上げた。


 ぶおおおおん、と、情け容赦のない音。

 ブラシには【研磨】の付与。対象が“汚れ”と判定されている以上、丁寧さは存在しない。


「や、やめろ! 髪が! 私の自慢の――」


 黄金の髪が、ばさばさと乱れる。

 顔面が、磨かれる。

 プライドも、削れていく気配がする。


「洗浄中。洗浄中。汚れ、しつこい。追加研磨」


「追加するなぁぁぁ!」


 私は毛布の中で、うっすらと意識が浮上した。


(……うるさい……誰……)


 視界の端で、何かが転がっている。

 声がうるさい。

 でも私は眠い。眠いのが最優先だ。


 そこへ、さらに扉が開く音。


 ばたん。


 冷たい気配が一気に流れ込み、室内の空気が引き締まった。

 ジークフリート様だ。

 パジャマの上に外套だけ羽織った姿で、目が完全に起きている。


 彼は床を見下ろし、静かに言った。


「……リゼット」


「んん……」


「この不法投棄物の処理はどうする」


 不法投棄物。

 旦那様、ワード選びが冷徹公爵に戻ってます。


 私は半目で答えた。


「……ゴミなら、ルンバちゃんが外の集積所まで運びますよ……」


 言い終えた瞬間、ルンバちゃん一号がピピッと鳴いた。


「了解。搬送モードに移行」


「えっ、待て! 誰が了解した! 私は皇太――」


 皇太子の叫びは、ルンバちゃん一号の実行力に潰された。


 粘着マジックハンドが、今度は襟首にぺたり。

 円盤がぐい、と引く。

 そして――窓へ。


「うわっ!? やめろ! 窓だぞ!? ここは二階――!」


 ルンバちゃん一号は迷わない。

 ゴミは屋外へ出す。基本中の基本。


 窓が開いているのは、侵入者が開けたからだ。

 つまり、退路は既に整っている。


「排除開始。安全搬送――対象の安全は考慮外」


「考慮しろぉぉぉ!」


 次の瞬間、皇太子が窓から放り出された。


「ぎゃああああああ!」


 ――ただし死なないよう、私が一応【衝撃緩和】は床下に仕込んである。

 掃除道具が“人を壊す”のは後味が悪い。私は平穏主義だ。


 ルンバちゃん一号は、皇太子を引きずりながら廊下へ出ていく。

 高速回転しながら。

 なぜ高速回転かというと、搬送効率が上がるからだ。私は効率厨。


「あぁぁぁ! 離せ! 私はゴミじゃない! 皇太――ぶべらっ!」


 廊下の角で、壁に軽く当たった音がした。

 ゴミ箱にぶつかったみたいな音。


 私は毛布の中で、小さく満足した。


(よし。防犯、機能した)


 ジークフリート様が私のベッドの端に座り、毛布の上から私を包むように腕を回した。

 さっきまでの殺気は、完全に“安堵”に変わっている。


「……君が無事で良かった」


「……うるさかったです……」


「すまない」


 ジークフリート様は素直に謝り、ぽつりと言った。


「……あのお掃除ゴーレム、寝室にも一台欲しい」


「いいですよ……でも、旦那様はゴミじゃないから磨かれないように気をつけてくださいね……」


「磨かれるのは嫌だ」


「じゃあ侵入しないでください」


「侵入しない」


 当たり前の誓いを真顔で交わす夫婦、どうかしている。


 私はそのまま、また眠りへ沈んだ。

 意識の底で、ルンバちゃん一号の機械音だけが遠ざかっていく。


 ――翌朝。


 本館の裏手、敷地外の「ゴミ集積所」で。


 髪も顔もピカピカに磨き上げられ、頬にうっすらと“ツヤ”まで出た皇太子が、護衛たちに発見された。


「殿下……! なぜ、こんなところに……!」


「……ゴ、ゴミでは……ない……」


 皇太子の声は掠れていた。

 人生で初めて、“掃除”に負けた顔だった。


 そして私は――その時まだ知らなかった。


 この屈辱が、隣国全体を動かす謝罪と交渉に繋がり、結果として私の資産が“国家予算レベル”に膨れ上がることを。


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