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元社畜令嬢、辺境で無自覚に冷徹公爵を魔導具依存に落とす  作者: 綾瀬蒼
2章

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第11話 冷徹公爵様、今度はリゼット特製「湯上がりパジャマ」に依存する

「……リゼット。これは、いったい何を着せた」


 湯気をまとったまま離れのリビングに入ってきたジークフリート様が、自分の袖口をつまんで固まっていた。

 濡れた銀髪をタオルで拭きながら、信じられないものを見る顔で、何度も布を指で撫でている。


 彼の身に着けているのは、私が昨夜のうちに仕上げた試作品――湯上がり用の新作パジャマ。

 ふかふか、なのに熱がこもらず、肌に張り付かない。着た瞬間に「はぁ……」と息が抜けるように、布の側で勝手に温度と湿度を整える仕様だ。


「魔法ですか?」

「いや……魔法だろう。着た瞬間、肩の力が抜けた。……体が、戦う理由を忘れた気がする」


(戦う理由を忘れた、って言い方が物騒すぎる)


「ただのパジャマです。まあ、布の繊維に【水気を逃がす付与】と【体温の揺れを抑える付与】は入れてありますけど」

「……付与が“入っている”という規模ではない」


 ジークフリート様は渋い顔のまま、ゆっくりとソファに沈んだ。

 沈んだ、というより落ちた。重力に負けた。


 かつて戦場で恐れられた冷徹公爵は今、パジャマに敗北している。


「そんなに良かったですか」

「あぁ。王都の献上品の絹も、最上級の毛皮も……今となってはただの硬い布だ。……君は俺の感覚を壊す」

「壊してません。整えてます。休息の質って大事なんですよ」


 私は冷静に言い切った。

 前世で散々壊された私の睡眠が、そう言っている。


「旦那様は働きすぎです。ちゃんと休んで、明日も元気に……いえ、ほどほどに働いてください。ホワイトな運用は、まず寝具と部屋着から始まります」

「……君の“ほどほど”は信用ならない」

「それは私も同意します」


 自分で言っておいて悲しくなる。

 でも実際、私の“ほどほど”はだいたい行き過ぎる。付与が強く出るから。


 ジークフリート様は、ソファから体を起こし――次の瞬間、私の腰を抱えて引き寄せた。

 抵抗する暇もなく、私は彼の膝の上に座らされる。


「ちょっと」

「座れ」


 命令の形をしているのに、声はやけに低くて、弱い。

 そして彼は、私の肩口に顔を埋めて深く息を吸った。


「……落ち着く」

「匂いを確認しないでください」


 返したのに、彼は止めない。

 むしろ、さらに抱く腕が強くなる。


「君の匂いと、この布の感触……これが俺の安全圏だ」

「安全圏って言い方が重いです」


 私が軽く身を捩ると、ジークフリート様の指がパジャマの袖を撫でる。


「……もう一つ確認がある」

「何ですか」


 彼は真顔で言った。


「これを、他の者に作るな」

「えっ」


「俺だけだ」


 冗談の温度ではない。

 目が、本気で独占している。


「いやでも、量産できたら公爵領の名産に――」

「却下」

「即答が早い」

「許さない」


(うわあ、ガチ)


 私は頭の中で計算を始めた。

 パジャマの量産は確かに儲かる。労働環境改善にもなる。

 ただし、旦那様の機嫌が終わる。


(利益と平穏、どっちを取るか……)


 答えは出ている。平穏だ。私は引きこもりだから。


「分かりました。じゃあ“完全版”は旦那様専用。一般向けはスペックを落とします」

「一般向け?」

「肌触りは良いけど、温度調節と癒しの付与は弱め。依存を生まない健全仕様です」

「……健全」


 ジークフリート様が納得しかけた顔を、途中で止めた。


「誰が着る」

「料理人さんとか、夜勤の使用人さんとか。眠れないと困りますし」

「……」


 沈黙。

 彼は“良いことだ”と理解しているのに、“嫌だ”が勝っている顔をしている。面倒な人だ。


 私はため息をつき、最終調整を入れた。


「じゃあ、使用人には付与前の布だけ。裁縫だけ頼んで、付与は私が最後にします。これなら“私の魔力が入った完成品”は管理できます」

「……それでいい」


 即答。

 結局、管理という言葉で落ち着くあたり、領主気質が抜けない。


 そこへ、ミレイユが控えめにやって来た。

 一礼してから、視線がジークフリート様のパジャマに吸い込まれている。


「……公爵様、そのお召し物は」

「夫人の作だ」

「……なるほど」


 ミレイユは何かを悟った顔で、私に小声で言った。


「奥様、本館の皆が、朝から騒然としております。公爵様が“ずっと柔らかい”と……」

「言ってない」

「言ってます」


 私が即答すると、ジークフリート様が咳払いをした。

 否定しない。つまり言った。


 私は視線を逸らし、仕事モードに切り替える。


「それで、何か用ですか?」

「はい……隣国の皇太子殿下の件で」


 その単語が出た瞬間、ジークフリート様の腕が硬くなる。

 空気の温度が、ほんの少し下がる。


「殿下が本日、『昨日見た空調魔石について詳しく説明を』と、強く求めております」

「断れ」

「すでに断っておりますが……『国賓としての視察』を理由に、引き下がりません」


 引き下がらない。

 私は心の中で「ほらね」と呟いた。


 ジークフリート様は私の頬に指先を当て、低い声で言った。


「君は出るな。視線に触れさせない」

「分かってます。私はここで芋を揚げます」


「……芋はいい」

「良くないです。重要です」


 私が真顔で返すと、ジークフリート様がほんの少しだけ口角を上げた。

 そして、私の耳元に顔を寄せる。


「今夜もこれを着る。……確認が必要だ」

「何の確認ですか」

「君が作ったものが、どこまで俺を駄目にするか」


(やめて、言い方が危険)


 私は思わず、社畜の反射で言ってしまった。


「……それ、定時退社できないやつですか」

「定時などない」

「あります。私の睡眠が定時です」


 言い合いながらも、彼の指が私の指を絡め取る。

 離さない、という意思が伝わってくる。


 その瞬間、扉の外から再びミレイユの声がした。今度は少し急いでいる。


「公爵様。皇太子殿下が、『夫人にも直接礼を述べたい』と……離れの位置を尋ねております」


 空気が、凍る。


 ジークフリート様の目が細くなり、声音が一段低く落ちた。


「……近づけるな」


 私は毛布ではなく、パジャマの袖をぎゅっと握った。

 旦那様が依存したのは布だけじゃない。

 その依存を嗅ぎ取る相手が来たら、面倒が増える。


(次、絶対に“説得”しに来る)


 私は心の中で、迷惑客フィルタの更新手順を組み立て始めた。

 外交用。国賓対応版。

 そして、何より――私とこのパジャマを守るための、最小で最大の防御。


 隣でジークフリート様が、私の肩に額を寄せて短く囁く。


「俺のものだ」


「布です」


「君だ」


 即答が、怖いほど真っ直ぐだった。


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