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蟻の女王

 ゆらゆらと、どこかに運ばれていく。

 旅の途中、深い霧に包まれた。と、思った矢先。

 僕の身長をゆうに超える巨大な蟻に取り囲まれ――巣まで運ばれている。


 蟻ってこんなに大きかったっけ?

 蟻の背に揺られながら、記憶の中の蟻の姿を手繰っていた。


「女王様、大き餌が」


 昔、蟻の巣に悪戯した罰でも当たったのかな。

 子どもの頃、蟻の巣に悪戯したことがない人はいないと、僕は勝手に信じてる。

 ……とか考えている内に、巣穴の最深部に到達した。


 いつかと同じような土の中だけど、周囲の様子はぼんやり見える。

 蟻が話す言葉が分かるのも、土の中で目が効くことも、偶然か、身体の異変か、あまり考えないようにしている。

 最深部では、他の蟻よりもひと際大きな蟻が待ち構えていた。

 当たり前だが、女王蟻もやっぱり蟻だ。それも巨大な。


「ごきげんよう」

 大きく、おぞましい外見の蟻から、女性の声が出てきた。

 その気品に、周囲の蟻たちと一緒に僕も背筋を伸ばしてしまった。


「この個体は食べられません。他のものを」

 女王蟻は困ったように息を吐いた。

 僕を連れて来た蟻たちは肩を落として、再び外へと走って行った。


 僕たちは二人きりになった。

「あの……どうしてですか?」

 僕は尋ねてみた。

 単に人間より強い蟻がいるのなら、人間を食べない筈がない。

「本来、ここは貴方のような生き物は入って来られない場所なのです」

「え?」

「私達の領域に貴方のような個体の群衆がいれば、すぐに絶滅しますから」

 女王はさらりと言った。

 確かに、こんな蟻が近所に住んでたら人間は格好の餌食だ。


「世界には、その世界で生きられる個体しかいない……。

 貴方は何かの手違いで迷い込んでしまったのでしょうね。

 とはいえ、なんてかわいらしいこと」

 女王蟻は、僕の頭を抱えて頬ずりをした。毛が生えていて、ちょっと痛い。


 女王が言うには、僕は違う世界に迷い込んでいるらしい。

 地続きでありながら空間ごと断絶されているような――、

認識すらできない世界がいくつも存在しているという。

 とにかく、難しいことを色々話していた。


「それでは、旅の方。お詫びとは言ってはなんですが、食事でもどうぞ」

 女王蟻は、土の中の分岐から、琥珀色の蜜の塊を取り出した。

「樹液を集めて固めたものです。貴方の舌にも合うでしょう」

 言われたままに齧ってみると、じんわりと甘い蜜の味が身体中に広がった。

「あ……おいしいです!」

 べっ甲飴に近いけど、もっと質量というか、“食べた”感じがある。


「本当はすぐに貴方を返して差し上げたいのですが、頼みたいことがあるのです。

 聞いてもらえますか?」

「ぼ、僕にできることでしたら……」

 女王蟻はくすりと笑い、すぐに一呼吸置くと、覚悟を決めたように告げた。


「今晩、わたくしと共に夜を過ごしてほしいのです」

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