海底のピアニスト-2
港町は浜辺から歩いてすぐに見つかった。
町と呼んで良いのか、民家と思えるものは五、六軒しか見当たらない。
小さな桟橋に船が一艘着けられているが、漁が盛んというわけでもなさそうだ。
ただ、この辺の家は真っ白に塗られていて、四角い窓が可愛らしい。
「レイラさん、いますか?」
町の案内所で教えてもらった住所を訪ねると、椅子に座った女性がぼんやりと白い壁を見つめていた。
靴や、食器が二つずつある。一つはニコルさんの分だったのかもしれない。
部屋は綺麗に整えられているが、どことなく生きていない感じがする。
「何の用?」
彼女は、気怠そうに僕を見た。
櫛を入れたくなるような長髪、やつれた頬、薄手のワンピースが余っているように見える。
「ニコルさんから手紙を預かったんです」
「悪戯なら帰って」
レイラさんは鋭く目つきを尖らせた。
「悪戯じゃありません。ニコルさんから預かった手紙です」
「……なんなのよ、もう」
手紙を渡すと、レイラさんは警戒しながらも受け取ってくれた。
しばらくは不機嫌そうに文字を追っていたが、うそ、と呟くと、口の前に手を置いた。次第に表情を変え、手紙を握る力が強くなる。
「あ……あああ……!! ニコル……、ニコル……ッ!!」
読み終えると、胸で手紙を抱きしめ、全てを吐き出すように激しく泣き叫んだ。
「これからもずっと、彼はいますよ。貴女のためにピアノを弾いています」
僕はそれだけ言い残して、レイラさんの家を出ようとした。
「待って! あなたのことも書いてあったわ。あなたが良ければ、ニコルの服を持って行ってほしいの。その服じゃ長旅には向かないわ」
確かに、今着ている洋服は繊維が毛羽立ち、擦り切れ、何より胸を刺したときの穴と、黒く乾いた血の痕が残っていた。これでは、みすぼらしいを通り越して不審者だ。
レイラさんは、落ち着かない呼吸のまま箪笥を開いた。
「サイズ、少し大きいかもしれないけどね……」
そう言って、新品のように真っ白なシャツを二、三枚持たせてくれた。
いつニコルさんが戻ってきても良いように、綺麗にしていたのだろう。
「あなたの旅がどのようなものになるかは分からないけど……、少なくとも、あなたのおかげで私はニコルからの手紙を、幸せを貰えたわ。本当にありがとう」
レイラさんは、泣きはらした瞳で微笑んだ。
波の音が聞こえる。
ニコルさんの元に戻ろうかとも考えた。
手紙は渡したし、僕の好きなことなんて全て思い出の中にしかないのだから。
彼は、一緒に旅はしてくれないけど、僕が傍にいることは拒まないだろう。
時に語らい、ピアノを聴く生活。
楽しそうだなぁ。
波打ち際に足をかけて、踵を返した。
ニコルさんはさ迷うだけだった僕に、旅の目的をくれた。
もう少しだけ『僕』の旅を続けてみようかな。
「こんなことがあったんだよ」って胸を張って言えるように。
……その時に、手紙を届けたことも伝えよう。




