追放-1
朝起きて、冷たい川の水で顔を洗った。
食卓には、麦のご飯、きのこのお吸い物、煮豆、葉野菜の漬物が並んだ。
妹のルミが漬けた漬物が、ちょうど良い塩辛さで気持ち良く目が覚める。
食事を終えると、ルミと一緒に、村の墓地でお父さんとお母さんに挨拶をした。
「今日は宴会の準備がんばろうね」
「うん。あたしは漁網を仕上げるから、また、夕方にね」
数週間ぶりに村の漁師たちが帰ってくる日だ。
彼らを労わるために、村の集会所で宴会が行われる。
確か五十人くらい。村中の人たちが集まるから、準備が大変だ。
僕は、漬けていた梅酒や葡萄酒を集会所まで運び、掃除や副菜づくりを手伝った。
ルミは、村の女性たちと新しい漁網や、衣類を仕立てに行った。
今回の漁は大漁だった。
タイやカジキなどの海鮮料理から、貝料理が振舞われた。
山奥に位置するこの村で、海の幸は滅多にないご馳走だ。
ルミは給仕がてら、僕の茶碗に大盛りの白米をよそった。
「僕だけこんなに食べるわけにいかないよ」
「もうよそっちゃったもん」
茶碗を返そうとしたが、ルミは頑なに拒んだ。
「お米は貴重なんだよ。僕は大丈夫だから……」
「お兄ちゃん、いつもそう言ってお芋ばかり食べてるじゃない。
お米だって、あたしに多く分けてくれてるの知ってるんだからね。
今日はお兄ちゃんが食べる日」
「……分かった。ありがとう」
僕が観念したように言うと、ルミは悪戯っぽく舌を出して笑った。
ルミの小さな手は、水仕事や針仕事の後で赤くなっていた。
女性陣が、麻糸でできた漁網と、衣類を贈ると歓声が上がった。
お酒も入り、宴はさらに盛り上がっていく。
「おう、シオじゃねえか。いつもありがとうなぁ」
漁師の一人が、ちょっと痛いくらいに僕の肩を叩いた。
「いえ、僕なんていつもみんなに助けられてばかりで」
「ルミちゃんも小さいのに、本当に立派だよ」
他にも雑談に花を咲かせたが、ルミが褒められたことがとりわけ嬉しかった。
ルミは、僕と三つ離れているのに、大人に混じってお酌や配膳をこなしている。
いつも笑っていて、よく話し、さっきみたいに細かいことに気付いてくれる。
誰からも愛される、自慢の妹だった。
歌って、騒いで、大漁を祝う賑やかな宴は、夜更けまで続いた。
明くる日の朝、ルミと山菜を採りに山へ行くことにした。
ついでに薬草や薪を集めて、肉や米と交換してもらおうと思った。
木に囲まれながら、僕はふうっと息を吐いた。
いつもの日常が帰ってきた。
宴会も好きだけど、僕にはこっちの方が合っている気がする。
毎日同じような会話をして、同じようなものを食べる。
今日だって、いつもと同じような一日を送るはずだった――のに。
今日は思うように山菜が見つからなかった。
「つくしでも生えていれば、お浸しにできるのに」
ルミは頬を膨らますと、山奥の方で何かを見つけたようだった。
「あそこ、野イチゴがあるかも」
そう言うと、小走りで山奥の方へと駆けて行った。
野イチゴなら、そのまま食べても良いし、砂糖漬けにして配れば喜ばれそうだ。
僕も後を追うように山奥へと足を踏み入れた。
そこは水はけが悪く、一月前の雨が残したぬかるみが潜んでいることなど、
僕たちは気付きもしなかった。
ぐらり、ルミは足を滑らせ、小さな身体が大きく傾いた。
「ルミ、危な――――」
咄嗟に手を握ったが、泥と落ち葉が混ざり、足場ごと崩れた。
視界には、僕を見つめるルミの顔と、急斜面。
身体が一瞬宙に浮いて――転げ落ちた。




