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政略結婚なのに、包容力マシマシな辺境伯の溺愛が過保護過ぎて小鳥令嬢は困ってます!  作者: 宮野夏樹
番外編

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04.小説家になろう累計13,000PV突破記念SS 『半月ぶりの、甘やかし時間』


 西部の厳しい冬を越え、春の気配が少しずつ濃くなってきた頃。


 ウエストヴェイル辺境伯邸の玄関ホールに、パタパタと少し慌ただしい足音が響いていた。


「奥様、そんなに急がれなくても……!」

「べ、別に急いでなんかいないわよリリー! たまたま足が勝手に早く動いているだけなんだから!」


 白銀の髪を揺らしながら階段を駆け下りてきたエナは、侍女のリリーに言い返しつつも、玄関扉の前でぴったりと足を止めた。


 領主であるアシュレイ・ウエストヴェイルが、領内巡回と隣接村との調整のため屋敷を空けてから、今日でちょうど半月。毎日のように短い手紙は届いていたものの、直接顔を合わせるのは久しぶりだった。


(別に……寂しかったわけじゃないわ。ただ、屋敷の主が不在だと締まらないから……)


 そんな言い訳を胸の中で反芻していたその時、重厚な木製の大扉がゆっくりと開いた。


「ただいま」


 落ち着いた、少しだけ疲労の混じった低い声。


 長旅の埃を被った外套を脱ぎかけたアシュレイが、エナの姿に気づいて灰青色の瞳を細める。


「……エナ。出迎えてくれたのかい?」

「……」


 いつもなら。 『帰ってくるのが遅いのよ』とか『別に待ってたわけじゃないわ』とか、何かしらツンと突っぱねる毒舌が出るはずだった。だが、半月ぶりに見る夫の姿を目にした瞬間、エナの頭の中の「強がり回路」が完全にショートした。


「……アシュレイ」


 とことこと迷いのない足取りで近付き───ぎゅっと、その胸元に飛び込んだ。


「……!?」


 アシュレイが驚きに目を見開く。だが次の瞬間、愛おしさに満ちた苦笑みを浮かべると、旅の埃も気にせずエナの身体を優しく抱き返した。


「ただいま、エナ」

「……おかえりなさい。……遅い」

「ふふ、ごめんね。会いたかったよ」

「……私も」


 消え入りそうな声で溢された本音に、後ろ控えていた侍女のリリーと専属騎士のセリアとティナたちは「あのツンデレ毒舌な奥様が……!?」と驚愕の表情で見交わすのだった。




 その日の午後。湯浴みと軽い食事を済ませたアシュレイは、エナの私室を訪れていた。


 ふかふかのソファに二人並んで座る。普段なら「近すぎるわよ」と拳一つ分は距離を空けるエナだったが、今日はぴたりと肩が触れ合う距離を保ったままだ。


「……」

「ふふ」


 アシュレイが楽しそうに目を細め、エナの白銀の柔らかい髪に手を入れる。指先で撫で降ろすと、エナはうっとりと目を細めた。


「嫌なら言ってね」

「……嫌じゃないわよ。……もっと撫でて」

「可愛いね。今日のエナは本当に素直だ」

「な、なに言ってるのよ! 別にいつも素直でしょ!?」

「そうかな? 普段なら『髪が痛むから触らないで』とか言いそうだけど」

「うっ……そ、それは……」


 返す言葉を失ったエナは、照れ隠しにアシュレイの腕をぐっと引っ張り、自分の膝の上に引き寄せた。


「半月も放置されたんだから、これくらい当然よ!」

「そうだね。寂しい思いをさせて悪かったと思っているよ。……だから、おいで」


 アシュレイは自分の膝をぽんと叩いた。


「なっ……! こ、子供じゃないんだから!」

「断ってもいいんだよ?」

「……」


 意地悪く微笑むアシュレイ。エナは一瞬悔しそうに唇を噛んだが、結局のところ、恋しさに勝てるはずもなかった。


「……少しだけよ」


 観念してそっと身体を預けると、アシュレイの強い腕がひょいとエナの腰を抱え上げ、自分の膝の上に乗せてしまった。


「……っ、重くない?」

「全然。むしろもう少し太ってもいいくらいだよ。……ちゃんとご飯は食べていたかい?」

「食べてたわよ! リリーが見張ってたもの!」

「なら安心した」


 アシュレイはエナの腰をしっかり抱きしめ、首筋に顔を埋めた。ふわりと甘いエナの体香が鼻腔をくすぐる。


「……はぁ。疲れていたけれど、一気に吹き飛んだよ」

「な、変な声を吐かないでよ……照れるじゃない……」


 エナは真っ赤になりながら、アシュレイの胸に額を押し付けた。彼の鼓動が、トントンと心地よいリズムで耳に伝わってくる。


「……ねえ、アシュレイ」

「なんだい?」

「半月って……すごく長いのね」

「そうだね。私も、君が恋しくて仕合わなかった」


 さらりと恥ずかしいことを言う夫に、エナは胸をぽかと叩いた。


「ずるい……そういうこと簡単に言う……」

「本音だからね」




 しばらく二人で無言のまま温もりを分かち合っていると、アシュレイがローテーブルの上の皿へ手を伸ばした。


「エナ、お菓子を食べるかい?」

「いらない。今は動きたくない……」

「じゃあ、はい。あーん」


 一口サイズの焼き菓子が、エナの唇の前に差し出される。


「……何やってるの?」

「あーんだよ。君が動きたくないと言うから」

「自分で食べられるわよ! 私をいくつだと思ってるの!」

「遠慮しないで。ほら」


 にっこりと微笑むアシュレイの圧に押され、エナは引きつった顔で菓子を見つめた。


(む、無理……! あーんなんて恥ずかしすぎる……! でも、ここで断ったら冷たいって思われるかしら……!?)


 葛藤の末、エナは諦めて小さな口を開けた。


「……ん」

「はい」


 ぱくっ、と食いつく。モグモグと頬を膨らませる姿は、まるで木の実を食べる小鳥そのものだ。


「……おいしい」

「ふふ、よかった。じゃあ次も」

「……ちょっと、私をペットか何かと思ってない!?」

「まさか。可愛い愛妻に甘えてもらっているだけだよ」


 言いながら、二個目、三個目と口に運ばれる。最初は文句を言っていたエナだったが、途中から「もうどうにでもなれ」と開き直り、おとなしくアシュレイの手からお菓子をはむはむと食べ進めた。


「……もういらない」

「お腹いっぱいになったかい?」

「……うん。あと、ちょっと眠い……」

「横になるといい。膝の上でよければ、このままでも」

「……このままがいい」


 エナはすっかり毒気を抜かれた顔で、アシュレイの胸元に頬をすり寄せた。


「半月もいなかったんだから……今日は好きなだけ甘えるんだからね」

「うん、好きなだけ甘えて」

「明日になったら、またいつもの私に戻るから……今日だけよ」

「今日だけと言わず、明日も明後日も甘えてくれていいんだよ?」

「……うるさい。もう喋らないで、撫でて」

「はいはい」


 アシュレイは苦笑しながら、再びエナの白銀の髪を優しく撫で始めた。


 一定のリズムで伝わる愛おしい体温。安心感に包まれたエナの瞼が、ゆっくりと重くなっていく。


「……だいすき、アシュレイ……」


 聞こえるか聞こえないかほどの小さな寝言を残し、エナはすーすーと規則正しい寝息を立て始めた。


 アシュレイの手が止まる。 灰青色の瞳を和ませ、眠ってしまった妻の額にそっと唇を寄せた。


「私もだよ、エナ」


 膝の上の小さな温もりを、落とさないようにもう一度優しく抱きしめる。 夕暮れの柔らかな光が差し込む部屋で、二人の甘い甘い時間は、静かに、そしてゆっくりと流れていった。

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